第101話チシャに……

「んふふ……」


 フィーネが薄笑いを浮かべながら眠っている。裸でだ。


 昨夜、フィーネに憑依していた聖女リアンナの亡霊が成仏してくれたので、久しぶりに燃え上がってしまった。

 普段ならフィーネから誘ってくるのだが、昨日は俺から求めてしまった。

 フィーネが助かったのが嬉しくてね…… 

 だがいつまでもごろごろしてる訳にはいかん。

 今日はルチアーニに会いに行って金をもらわないといけないのだ。


「フィーネ、起きな」

「ん…… ライトさん……」


 おや? 寝ぼけながらもキスをしてくる。深めなやつ。


「ん…… こら、もう朝だぞ?」

「だめ…… もう一回……」


 おう…… なんだかそのまま戦いが始まってしまった。

 しょうがない、お付き合いするとしますか。



◇◆◇



 さて朝の戦いが終わり、俺はベッドを出て準備を始める。

 フィーネは…… うつ伏せになって俺のことを見ている。


「ほら、フィーネも準備して」

「はーい…… でも腰が抜けちゃって…… もう、ライトさん激しすぎですよ……」


 なんだ、フィーネが誘ったくせに。

 ヨロヨロしながらもベッドを抜け出し、服を着替え始める。


 さて準備も出来たし、行くとしますか。


 宿の主人に簡単な挨拶を済ませて外に出る。今日もいい天気だ。

 大聖堂までここから歩いて十分ほど。

 ん? フィーネが手を握ってきた。


「ふふ、手を繋いでもいいですか?」

「もう繋いでるじゃん…… いいよ。このまま行こうか」


 二人でナタールの町を歩く。

 そうだ、フィーネに言っておかないと。


「今からルチアーニに会いに行く。フィーネは直接会うのは初めてだよな?」


 俺の言葉を聞いたフィーネの手の力が強くなる。

 奴に対しての憎しみはまだ消えてないのだろう。仕方ないことだが……


「気持ちは分かるが、暴れたりしちゃ駄目だぞ? 奴隷を解放するには奴に生きていてもらわないといけないんだ」

「分かってます…… 話はライトさんが進めて下さい。私は黙って見てますから……」


「そうか…… ありがとな」


 俺もフィーネの手を強く握り返す。そのまま言葉もなく大聖堂に到着。

 話は通ってるのだろう。門番の兵士は軽く会釈をして俺達を通してくれた。


 三階に上がりルチアーニの私室に入る。

 そこにはルチアーニと昨日会った財務担当のアウインが待っていた。


「お待ちしておりました!」

「おう。金は用意出来たか?」


 悪役っぽいセリフを吐きつつソファーに座る。

 俺の前にあるのは大きな革袋が置かれている。


「はい! 金貨で七千二百枚! 七十二億オレンあります!」

「誤魔化してないよな? もし一オレンでも足りなかったら……」


「ひっ!? も、もちろんです! 何卒命だけはっ!」


 ルチアーニは自分の体の中に時限式のグレネードが入っていると思い込んでいる。

 俺が脅したんだよな。でもそれはグレネードではなく、ただの筒なんだよね。


 まぁ、これが偽金だったり、数が足りなかったりすればまた来ればいいだけだ。

 全部数えるのもめんどくさい。


 適当に数えるふりをして……


「大丈夫だ…… じゃあ金はもらっていくぞ。これが宝石だ。受け取れ」



 シャララッ ジャラジャラジャラジャラッ



 収納魔法を発動し、宝石全てをばらまく。

 部屋中宝石だらけだ。


「おぉ!? これはすごい…… こら! アウイン! 今懐に入れただろ!」

「い、いえ! 勝手に懐に入っただけです!」


 わちゃわちゃと宝石をかき集める。

 最後まで付き合う必要はない。金も受け取ったしな。


「それじゃ俺は行くよ。じゃあな」


 聞こえてるのか分からんが適当に挨拶をして部屋を出る。

 さてアジトに戻るか。


 ナタールを出てから収納魔法でバイクを取り出す。


「行こうか。乗って」

「はい! んふふ……」


「あれ? ご機嫌じゃないか。ルチアーニと会ったからさ、てっきり機嫌が悪いかと思ったよ」

「最初はそうでしたけど…… ぷっ! あははは! ルチアーニのあの顔! 宝石を必死で集めて! あの人、本当に聖職者ですか!?」


 まぁ生臭坊主だからこそ、俺との交渉に応じてくれたんだろうけどな。

 では帰るとするかね。今は昼前か。

 このままバイクを走らせれば深夜には着くだろうが……


「フィーネ、ゆっくり帰ってもいいか? 少し相談したいことがあるんだ」

「相談? いいですよ。でも何ですか?」


「それは後で話すよ。今日は途中で野宿すると思う。何か食べたいものはあるか?」

「カレーライスが食べたいです!」


 ははは、かしこまりましたとも。


 俺はフィーネを乗せてバイクをアジトに向けて走らせる。


 

◇◆◇



 八時間後……


 西の空に夕日が沈みかける。もうすぐ夜が来るな。

 バイクを停め、夜営の準備に入る。夜営をする時はまず広めに障壁を張る。

 こうすることで魔物の襲撃に備えるのだ。


 次は作成クリエイションの魔法で地下室と地上に調理のためのコンロを作る。

 そうだ、昨日は風呂に入ってないからな。

 湯船と給湯器も作っておいた。


「俺はカレーを作っておくから。フィーネは風呂の準備を頼む」

「はい! 頼まれました!」


 いつも通り米を炊いている間にカレーを作る。

 作るって言っても大した手間はかからない。なのにこの美味しさだ。

 カレーとはなんと偉大な食べ物なのだろうか……


 一時間も煮込むと辺りにいい匂いが漂ってくる。

 米を炊いているかまどからも、もうもう湯気が上がる。

 そろそろだな……


 ごはんを器によそいカレーをかける。それをテーブルに並べて…… 

 さて夕御飯の時間だ。


「わー! 相変わらず美味しそうですね! 食べてもいいですか!?」

「いいぞ! お代わりもあるからな。いっぱい食べろよ」


 俺の言葉を皮切りにフィーネはガツガツとカレーを食べ始める。


 早い! もう一杯目を完食だとぉ!? 

 カレーは飲み物。その言葉を体言するほどの食べっぷりだ。


 その後フィーネは四杯のカレーをお代わりし、満足そうに笑っている。


「ふふ、美味しかったです!」

「そうか、それじゃ風呂の前に食休みだな」


 テーブルを離れ、焚き火の前に二人で並んで座る。

 いつもだったらここでフィーネがキスなどしてくるのだが、今日は少し話さなくてはいけないことがある。


「さっき言った相談事なんだが…… 意見を聞かせて欲しい。一切の主観を抜いて、第三者からの意見として話して欲しい」

「第三者…… 相談事って何ですか?」


 今から話さなくてはいけないこと。とても大切なことだ。

 俺達の次の目的地はヴィルジホルツ。フィーネの産まれ故郷だ。

 旅の最終目的地でもある。


「この国でやることは終わった。後は北上してヴィルジホルツに入る。フィーネがアルブ・ネグロスから狙われてるのは知っている。あのクズ皇子も俺に復讐したいはずだ」

「そうですね…… もし彼等に見つかったら…… 戦いは避けられないでしょう」


 俺達はフィーネの種族、アルブ・ビアンコを助けつつ地球に帰るための転移船を手に入れる必要がある。

 見つからずに達成するなど伝説の傭兵でも無理だろう。


 だからこそ決断する必要がある……


「相談したいのは…… チシャのことなんだ。俺は…… チシャをこの国に置いていこうと思う」

「…………!?」


 フィーネは驚きの表情を見せる。その気持ちは分かる。

 フィーネだってチシャを可愛がってるし、俺がチシャを溺愛してる場面もフィーネは見たことがある。


「で、でも、ライトさんはチシャのこと……」

「もちろん愛してる。自分の娘のようにな。だからこそなんだ。戦う力の無いチシャを戦地に連れて行くなんて…… もしチシャの身に何か起こったらって考えるとな……」


 俺は強い。間違いなく強い。だがそれはあくまで人としての強さ。

 国を相手に戦い、そして弱い者を庇いつつ戦うなんて器用な真似は出来ない。


 かつてはまっていたFPSを思い出す。

 こんな時にゲームのことを思い出すのは不謹慎かな。

 エンドコンテンツと言われたレイドというミッションがあった。

 俺のクランは猛者の集まりだ。攻略不能と言われたレイドも難なくこなす。

 だがその中に初心者が一人混じるだけで戦力は大幅にダウンする。


 猛者とはいえ、弱者を庇いながらプレイするのは至難の業だった。

 護るというのはそれだけ難易度が高いこと。


 しかもこれはゲームではない。失敗出来ない一発勝負。

 俺達の人生にコンテニューは無いんだ。


 だからこそ…… チシャを置いていかなければ……


 愛しているが故に…… 俺はその選択を取ることを考えている……

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