第80話報告

「んむぅ…… んふふ……」


 フィーネが俺に抱きつきながら眠っている。

 表情は…… 言うまでもないな。いい笑顔だ。

 夢でも見てるんだろうな。フィーネを起こさないようにそーっとベッドを出る。

 服を着て部屋を出ると……


「あ…… ラ、ライト様……」


 ノアだ。ドアの前にノアが立っていた。なんか顔が赤いな。


「どうした?」

「いや!? あのその…… そ、そうだ! クロン隊長がお呼びでしゅ!? いや、お呼びです……」


 しどろもどろだな。もしかして……


「おま…… まさか聞いてたんじゃ……?」

「そそそ、そんなことは……! と、とにかく伝えましたから!」


 ノアは俺から逃げるように去っていく…… 

 人の情事を盗み聞きするとは…… まぁノアは十七とか言ってたしな。

 あれに興味を持っている年頃なのだろう。

 許してやるか。それに俺も悪いしな。

 部屋の中とはいえ、ここは居候という形で宛がわれた部屋だ。

 そんな部屋の中でするのもな。


 ははは、それにしてもノアのあの顔。初心うぶだな。

 歳を取れば取るほど性に対するハードルが下がる。

 もちろん誰彼構わずは問題だが気持ちの通じる相手であれば性交渉は生活の一部に過ぎなくなる。

 俺はそう思っている。もちろん行為に愛は必要だがね。


 それにしてもクロンが呼んでいるのか。

 ルチアーニの首を取って来れなかったから怒ってるのかもしれないな。

 そういえばフィーネを助けてからずっと部屋に籠りっきりだったから報告をしてなかった。

 いかんな。仕事において一番重要な報連相を俺が忘れるなんて…… 

 社会人失格だな。


 反省しつつクロンを訪ねる。

 クロンはいつも通り会議室らしき部屋の円卓に腰をかけて俺を待っていた。

 その横にはアーニャと…… 目を合わせてくれないノアがいる。

 俺も腰をかけて……


「報告が遅れて申し訳ない」


 頭を下げる。なんとなくだがクロンは俺を格上だと思ってるのだろう。

 なのであえて敬語を使わず接してきたわけだが。

 しかし、ここの責任者である以上彼を立てねば。


「頭を上げてください! 報告は頂けませんでしたが、アーニャとノアから聞いておりますので! 素晴らしい戦果です! ナタールは半分を焼失し、機能を失っています! 聖堂騎士団は壊滅状態です! 我らをあれだけ苦しめた騎士団を一日で…… さすがは聖女様の御父上です……」


 クロンは尻尾を千切れそうな程振っている。嬉しいんだな。

 戦果か…… フィーネを助けることに集中していたので気にしてなかったな。

 それにこいつらがやっているのはテロ行為だ。

 いかなる理由があってもそれは許されないもの。

 まぁそれを利用した俺も同罪なんだけどね…… 

 そういえばクロンはルチアーニのことを知ってるのだろうか?


「ルチアーニのことだが……」

「はい…… お呼びしたのはその件です。やつはどうなりましたか?」


 知らなかったか。それじゃ一から話してやるかな。



◇◆◇



「……というわけだ」


 クロンの表情は硬い。

 そりゃ奥さんと娘さんの仇がまだ生きてるって知ったらそうなるだろうな。


「そうですか…… 不味いですね…… もしかしたら復讐として奴隷がもっと酷い目に会うかも……」


 この場にいる全員の表情が暗くなる。

 とはいってもクロンは獣型の獣人なので耳と尻尾で判断しただけなのだが。

 確かにルチアーニの首は取れなかったが…… 

 こいつらが明るくなる話をしてやるかな。


「その心配は無い。もう二日経ったから…… 俺は五日後にまたナタールへ行く。桜を連れてな」

「聖女殿を? 何をなさるおつもりですか?」


「ルチアーニを治してやるつもりだ」


 その言葉を聞いてその場の空気が張り詰めるのを感じる。

 獣人ってのは分かりやすいな。

 ノア、アーニャは人族タイプだが猫獣人だ。

 猫がシャーってするみたいに髪の毛を逆立てている。

 ノアが俺に詰め寄ってきて…… 胸倉を掴まれた。


「ちょっとあんた! 何考えてんのよ! あの極悪人を治してやるなんて! 私の父さんと母さんはあいつに頭を下げなかっただけで火あぶりにされたんだよ!? これは天罰なんだ! あいつはこれから先芋虫みたいに生きていくのがお似合いなのよ!」

「ノア! 落ち着きなさい!」


 アーニャもやってきてノアを引き離してくれる。

 が…… 俺をめっちゃ睨んでいる。

 ノアと違い大人の女性って感じはするが、ルチアーニのことは同じように憎んでるんだろうな。


「ライト様…… お考えがあってのことなんですよね?」

「もちろんだ」


「教えてください」


 ここでこの話をしてもいいのだが…… 

 俺はこいつらも反省するべきだと思う。

 暴を以て暴を征す。こんな馬鹿な話は無い。

 気持ちは分かるよ。俺だってフィーネにされたことを目の当たりにしてキレてしまったぐらいだ。

 手にかけた兵士は何人いることか。


 だが自己弁護させてもらうなら俺は無差別には殺さなかった。向かってくる相手だけだ。

 だがこいつらは地球でいうところのテロリスト。無差別に人を殺す。殺した相手には女子供もいたはずだ。


 俺が思ってることは綺麗ごとに過ぎないのは分かってる。

 だがここは俺の我を押し通す。


「すまんがここで言うことは何も無い。とにかく俺に任せろ。悪いようにはしない」

「な……!?」

 

 ノアは納得いってないみたいだが。

 クロンとアーニャは諦めたように笑う。


「ははは…… しょうがないですな。あなたの考えてることは分かります。我らを信用はしてらっしゃらないのでしょう?」

「そうだ」


「理由は聞かないでも分かります。ですが…… あなたの力を考えればお任せするのが一番のように思えます。一人で聖堂騎士団を壊滅させるその力…… 私はライト殿を信じます。不本意ですがね」

「それでいい。それじゃ話は終わりだな。俺は五日後に発つ。桜も連れてくからよろしくな」


 そう言って部屋を出る。

 あと五日後か。少し時間があるな。

 何して時間を潰すかな。部屋に戻ると…… 


「お、お帰りなさい……」


 フィーネが起きていた。ベッドに座り、シーツで胸を隠して。


「起きたか。もう…… 大丈夫そうだな」

「はい……」


 ん? 目を合わせてくれないのだが。

 俺はフィーネの横に座る。



 プイッ



 今度は顔を逸らさせた。


「どうした?」

「…………」


 答えないな。

 そうか! お腹が空いてるんだな!? 

 そういえば何か作る前にもう一戦始めてしまったし。


「カレーだな! よし、待ってろ!」

「ち、ちがうの! ちょっと待ってください!」


「なんだ? カレーじゃなくてラーメンの気分か?」

「それも食べたいけど…… もう!」



 ガバッ チュッ チュッ チュッ チュッ チュッ チュッ チュッ



 うわ! フィーネに押し倒される! 

 そして顔中にチュッチュされるのだが。


「な、なに?」

「私、初めてだったんですよ! もう少し甘えたかったのに…… 起きたらライトさんいなくなってるんだもん……」


 そんなもんか? いや、俺だってそうだったもんな。

 初めてことを致し、朝を迎えた時なんか…… 

 ははは、二十年以上前だからな。そんな感覚すっかり忘れてた。

 フィーネを抱きしめて……


「ごめんな……」

「ううん…… いいんです…… でももう少しこのままで……」


 抱きつくフィーネの胸が当たる。

 ある程度は見慣れた体だがこうして見るといい体をしている。

 むぅ…… いかんな。興奮してしまうではないか。

 落ち着け俺。二十代じゃないんだから。ここは一つ大人の余裕をだな。

 そうは思っていても体は正直だ。

 フィーネを仰向けに寝かす。手で胸を隠すが…… 


「恥ずかしい……」

「綺麗だよ……」


 手を退かす。申し訳程度の抵抗をされて…… 

 両の手を繋ぎ、口づけを交わす。


「ん……」


 フィーネの舌が物欲しそうに俺の舌に絡まってくる。

 俺も服を脱ぎ……



 トントン



 ん!? ドアをノックする音が! やばい!


「入ってまーす!」


 いかん! 思わずトイレに入っているみたいな感じで言ってしまう! 

 何言ってんだ俺は!? とりあえず急いで裸のフィーネにシーツをかける!


「フィーネ! 寝たふり!」

「は、はい!?」


 フィーネが横になったのを確認! 

 俺も急いで上着を着る! 間に合うか!?


「フィーネちゃん!」

「お姉ちゃん!」


 桜とチシャが部屋に飛び込んでくる! 

 俺は二人を落ちつくよう促す!


「しー! こら、フィーネは寝てるんだから!」

「え? でもさっきは部屋から音が聞こえたけど?」


「音? 気のせいじゃないか?」

「そうかなー? なんかギシギシいう音だったんだけど…… 気のせいかもね」


 はう!? あの独特のギシギシ音が聞こえていたか!

 っていうか桜、あの時に部屋の近くにいたんだ…… 

 危なかった……


 そうだ、今のうちに桜に話しておくか。


「桜、ちょっといいか?」

「なに?」


 桜を部屋の外に連れ出す。さてと……


「俺は五日後にナタールに行く。お前にも来てもらいたい」

「いいけど…… 私は何をすればいいの?」


 壁に耳ありだ。

 別に聞かれてもいいが、クロン達を驚かせてあげたいからな。いい意味で。

 桜の耳元で……


「……というわけだ。どうだ?」

「うわ…… パパってすごいこと考えるね。でも面白そう! やろうよ!」


 桜も俺の案に乗ってくれたか。五日後が楽しみだ! 


「それじゃ部屋に戻っててくれ。俺はもう少しフィーネを見てるよ」

「うん! 待ってるね! あ、そうだ。チシャちゃんを連れてこなくちゃ」


 桜は部屋にいるチシャを連れて自室に戻るのだが…… 

 チシャが不思議そうな顔で桜に話しかけている。


「あのね、あのね、フィーネお姉ちゃんね、なんか裸だったよ。暑かったのかな?」

「…………」


 桜が立ち止まって俺の顔をじっと見る…… 

 いや、判断するのは早い。

 桜はまだ子供だしさ、赤ちゃんはキャベツから生まれるとか思ってるかもしれないしさ。

 大丈夫。きっとばれてない。



「すけべ…… チシャちゃん! 行こ!」



 あかん。ばれてた。

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