第73話アジトへ

 桜と合流してから西に進むこと三日。俺達はリアンナ奴隷解放戦線のアジトに向かう。

 強い日差しがジリジリと体力を奪っていく…… 

 キリンのムニンには俺とチシャが。フギンには桜とノアが乗っている。


 前に座るチシャには極北の冒険者のマントを着せているので俺達よりは涼しいはずだが…… 

 背中が汗でしっとり濡れている。


「暑いか?」

「ううん! 平気!」


 こっちを振り向いて笑顔で答えてくれるのだが…… 

 その顔は汗で濡れている。辛いに決まってるだろうに。


「チシャ、フィーネを助けたらみんなでお風呂に入ろうな」

「うん! 楽しみにしてるね!」


 桜とノアも辛そうに……していない。


「それじゃノアは好きな人はいないの?」

「今はね! 少なくとも私より強い男じゃないとダメ! はぁ…… でもそんな人中々いないんだよね。いたとしても先客がいるし…… あーあ、どっかにいい男いないかなー」


 恋バナか。はは、相変わらず話題が尽きないようで何よりだ。

 だがそろそろアジトに到着するだろう。


「ノア! もう三日経つがこの近くなのか!?」

「うん! 目の前に大岩があるだろ! あそこまでいけばアジトに続く地下洞があるよ!」


 よかった…… 手持ちの水は尽きかけている。

 体力もかなり消耗してるからな。とりあえずチシャを休ませないと。 



 ヒュンッ ボスッ



 風切り音と共に矢が地面に突き刺さる! 

 敵襲か!? 急ぎスナイパーライフルを創造し構える! 

 スコープを覗くと……


「ライト様! ちょっと待って! おーい! 私だー! ノアだ! 撃つな!」


 ノアがキリンを降りて両手を上げながら前進する。

 一応警戒しておくか。スナイパーライフルからハンドキャノンに持ち替える。

 とっさの戦闘ならこっちの方が対応しやすい。


 ゆっくり進むノア…… 

 すると、岩陰から獣人達が顔を出す。

 八…… 九…… 十人ってとこか。その中の一人がノアに近づいてくる。


「お姉ちゃん!」

「ノア! 無事だったんだね!? もう…… 死んだかと思ったよ…… よかった……」


 お姉ちゃん? ノアの姉妹か。

 そういえばノアはコドーの町で火あぶりにされそうになったときお姉ちゃん助けてって言ってた気がする。

 二人は抱き合いながら何か話してるな。

 その後こちらに寄ってくる。


「話は聞きました。私はアーニャ。リアンナ奴隷解放戦線の副官をしています。ようこそ聖女様方。隊長に話を通しますが、今は旅の疲れを癒してください。こちらに……」


 ノアの姉であるアーニャに案内されて洞窟の中に入る。

 中はひんやりとしてるな。洞窟の先からピチャンピチャンという水が滴る音が。

 飲み水も確保出来そうだ。


「お父さん、涼しいね」

「そうだな。チシャは少し休んでていいからな」


「お父さんはどこに行くの?」

「俺はここのお偉いさんとお話があるからね。お留守番出来るか?」


「うん!」

 

 いい子だ。チシャの頭を撫でると…… 

 アーニャが不思議そうな顔で俺を見ている。


「ノアに聞いた通りですね…… 奴隷の子が人族を父をして慕うなど、信じられません……」

「そうでもないさ。この子の将来を考えて動いた結果さ」


「そ、そうですか…… 詳しい話は後で聞きます。こちらに……」


 着いた先は八畳一間ほどの空間。簡素なベッドが置かれている。

 そこにチシャを降ろしてっと……


「隊長さんだっけ? ここのトップとはいつ話せる?」

「少しお時間を頂けますか? ノアが無事だったのは嬉しいですが、まさか聖女様方をお連れするとは思ってもみなかったので…… 用意が出来次第お迎えにあがります」


 そう言ってアーニャとノアは下がっていった。

 それじゃ少し休ませてもらおうかな。

 ベッドに横になろ…… って、既に桜がベッドを占領してた。


「桜…… もうちょっと向こうに行って……」

「ぐー……」「むにゃむにゃ……」


 あかん。桜もチシャも熟睡モードだ。しょうがないので床に寝っ転がる。

 いいんだ…… ごつごつしてるけどひんやりしてて気持ちいいから…… 

 ぐすん。



◇◆◇



 コンコン


 ん…… いつの間にか寝てたか。

 気怠さと覚える体に鞭打って起き上がる。

 ドアを開けるとアーニャがいた。ノアによく似た美人さんだ。

 ノアをそのまま大人にしたって感じだな。


「お迎えに上がりました。隊長がお会いになります。聖女様は……?」

「疲れてるんだ。すまんが、そのまま寝かせてやってくれ。どうせ桜には難しいことは分からんだろうしな。俺が話せば問題無いだろ」


「そうですか…… ではこちらに」


 アーニャの先導のもと、地下深くに続く通路を進む。

 すごいな。鍾乳洞だ。こんな見事な鍾乳洞は…… 

 昔、静岡県で見たことがあるな。名前は忘れたが。 

 アーニャが足を止める。その先にはひと際大きな扉が。

 それを開けて中に入ると…… 

 円卓が置かれており、老齢の犬獣人とノア、男の猫獣人が座っていた。


 アーニャも席に着いたところで犬獣人が俺に話しかける。


「ようこそ聖女の父上殿。私はリアンナ奴隷解放戦線の責任者、クロンと申します。この度は我が同胞を救ってくださったこと深くお礼申し上げます」

「気にしないでくれ。助けたのには理由があったからな」


「それは我々に接触するためですな?」

「あぁ。それはノアから話を聞いているだろう。俺は捕らわれた仲間を助けたいんだが…… 協力してくれないか?」


 犬獣人、クロンとか言ったな。

 クロンは腕を組み考えている……


「協力ですか? 内容によりますな……」

「その前に、ちょっと話したいんだがいいか?」


 俺もある程度しかこの国のことを知らない。

 クロイツに話を聞いたり、住民から情報を得たりと知っていることは極一部なのだ。


「俺達はこの国では魔女扱いされてるのは分かった。でも他国から来た一介の旅人である俺達を捕えようなんてさ、濡れ衣もいいとこじゃないか?」

「ルチアーニの仕業ですな。恐らくですが、次の選挙に勝つために手柄を立てておきたいのでしょう」


 選挙? この国は選挙で代表を決めてるのか。


「ルチアーニはこの国の法皇を三期連続で勤めています。ですが、私達が各地で反乱を起こし、それを未だ止めることが出来ないルチアーニに対し、国民の支持率は下がっているのです。そこにアズゥホルツで聖女が再臨したと噂が立ったのですよ。

 ライト様もご存じでしょうが、この国ではリアンナ様は魔女として知られています。未だリアンナ様はこの国では憎しみの対象です。それを捕え、国民感情を平定させるのが狙いでしょう」

「なるほどね。俺達をどうするかは知らんがプロパガンダとして利用しようってことか」


「プロパガンダ? 何ですかそれは?」

「簡単に言えば特定の世論、意識、行動へ誘導するための行為ってことさ。なんとなく俺達を狙った理由が分かったよ。例えば…… 桜を魔女として捕え、国民の前で死刑にすればルチアーニの株は上がるよな? これで支持率が上がれば次の選挙も勝てるってわけだろ」


「そういうことです。恐らくはそれがルチアーニの狙いでしょう」


 まったく…… 

 自分の権力のために俺達を利用しようとしてたって訳か。

 許せんな。


「話してくれてありがとう。で、あんたらは俺に協力してくれるのか?」

「あなたに協力したら我々にどういったメリットがありますか? あなた方が聖女として大いなる力を持っているのは知っています。その力を我々のために使ってくれるのですか?」

 

 なるほど。交換条件ってことか。この犬、ちゃっかりしてるぜ。

 正直俺はこいつらが正しいことをしてるとは思えない。

 こいつらと一緒に人族の町を襲うのなんかごめんだ。

 まぁ戦いに参加せずにやれることは……


「桜を広告塔としてしばらく働かせる。これでどうだ?」

「広告塔? どういうことですか?」


 これはカウンタープロパガンダと呼ばれる手法だ。

 敵のプロパガンダに対抗するためのプロパガンダ。つまり……


「聖女が再びこの国にやってきたことを宣伝して回るのさ。そうするだけでも奴隷は希望を持てるだろ? お前らに与する奴隷も出てくるだろう。これだけでも俺に協力する価値はあると思うぜ? 少なくともちまちまと町を襲うよりは効果的なはずだ」


 俺の言葉を聞いてこの場にいる全員が考え込む。

 ん? ノアが俺の顔をじっと見てるが……


「どうした?」

「い、いや…… ライト様って意外と悪人なんだね…… 驚いたよ」


「善人だなんて思っちゃいないさ。大切な人を救うためなら悪にだってなれる。人間なんてそんなもんだろ? どうだ? そっちにとっても悪い話じゃないだろ?」


 クロンは笑いながら話し始める。

 お? 好感触ってことかな?


「ははははは! これは一本取られましたな! その条件で結構です! あなたに協力しましょう! して、我々はどうあなたに協力すればよろしいのですかな?」


 よっしゃ。それでは交渉開始と行きますか!

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