第60話入国

 朝早くにバイクをかっ飛ばして8時間。

 俺達は恐らくアスファル聖国の領土に入っているはずだ。

 特に国境というものはなく、誰でも簡単に入国出来るみたいだな。


 それにしても…… 

 緯度は昨日までいたアズゥホルツと変わりないはずなのに、目に入る景色が全く違う。


 目に映るのは砂漠だ。砂の大地が広がっている。

 バイクに乗っているから体感温度は僅かに下がるが…… 

 太陽からの放射熱がジリジリと皮膚を焼くのを感じる。

 この国ってどこもこんな感じなのかな?


「フィーネ! アスファル聖国ってのは砂漠の国なのか!? 前にも来たんだろ!?」

「ごめんなさい! よく覚えてないんです! 私、ヴィルジホルツから逃げる時に行商人のキャラバンの馬車に乗せてもらってたから! ずっと隠れてたのでこの国はあまり詳しくないんです!」


 そうか、フィーネが国を出たのは子供の時だって言ってたしな。

 力無い者が生きるために必死で逃げてきたんだ。覚えてないのも無理はない。


 更にバイクを走らせること一時間。



 クラッ……



 あれ? 少し目が霞む。頭も痛くなって…… 

 ヤバイな。俺は砂の丘の影にバイクを停める。


「少し休もう。フィーネ、水を頼む」

「はい……」


 フィーネも俺と同じ症状みたいだな。

 桜もだ。いや、桜はもっと顔色が悪い。


「桜、砂糖と塩を出しておいてくれ。フィーネはレモンも頼む」


 二人から材料を受け取り、一定の分量を水に入れて軽く混ぜる。

 これを二人に渡して……


「パパ…… これって何?」

「経口補水液だ。多分俺達は熱中症にかかる寸前だ。これを飲んで少し休もう」


 各々経口補水液に口をつけるが……


「ん…… あんまり美味しくないね」

「ははは、市販の物のようにはいかないさ。でも我慢して飲むんだ」


 経口補水液を飲み終え、三人で日陰に座る。

 少し日が落ちないと移動は出来ないだろうな…… 


 そうだ、一応二人に付与効果を付けておこう。

 気だるそうに座る二人のおでこにキスをする。



 チュッ チュッ



「何すんのよ……」

「ひゃあん……」


 フィーネはいつも通りだが、桜は機嫌が悪い。そんな怒るなよ。

 俺のキスは状態異常回復効果があるんだから。


 さてと。俺も地面に座って地図を広げる。恐らくここから一番近い町は…… 

 西に百キロほど進んだところにコドーっていう町がある。

 しょうがない、そこに行くか。


 俺はこの国では、どの町にも由らずにヴィルジホルツを目指すつもりだった。

 この国は人族至上主義の国。

 フィーネのような人種は差別の対象になってるそうだ。


 町に寄ってフィーネが辛い思いをするなら…… 

 だがそうも言ってられないな。宿に泊まって休息を取らないと。


「フィーネ、日が落ちたらコドーっていう町に行く。だけど……」

「ふふ…… 大丈夫ですよ…… これを用意しておきましたから……」


 フィーネはそう言って亜空間から鉢金を取り出して頭に巻く。

 なるほど、これでアルブ特有の長い耳を隠すわけか。


「自慢の耳を隠すのは癪ですけど…… そうも言ってられないみたいですからね……」

「そうか。それじゃ日が落ちるまで休もう」

 

 日陰の中、ただ時が過ぎるのを待つ。それにしてもこの熱気。

 何もしてないのに汗が出てくるよ…… 



◇◆◇



 四時間が過ぎ辺りは夕闇に包まれ始める。少し涼しくなってきたな。

 さて、そろそろ行くとしますかね。


 俺の横でグースカ眠っている桜とフィーネを起こす。


「ほら、起きな。そろそろ出るぞ」

「んあ? ふあぁ…… おはよパパ」


 よかった。熱中症にはかからなかったみたいだな。顔色がいい。

 これなら後百キロ程度の移動は問題無いだろう。


「んむぅ…… ライトさん、おはようございます……」


 フィーネも大丈夫そうだな。

 では三人でバイクに跨がって、エンジンスタート!



 ドッドッドッドッドッ



 いつものエンジン音が響く。アクセルを回すが…… 

 くそ、やはり砂にタイヤが取られるな。

 そもそもビックスクーターは悪路走行には全く向いてないし。

 こんなことならオフロード車を買っとくべきだったよ。 


 思うようにスピードを出せぬままバイクを走らせること二時間。

 ようやく地平線の彼方に町の灯りが見えてきた。

 

 ん? 町の灯りが何だかユラユラと揺れてるような? 

 灯りもずいぶんと赤い……って火事か!?


「桜! フィーネ! 飛ばすぞ!」

「えっ!?」「きゃっ! は、速すぎです!」


 すまんな! 俺は何も答えることなくアクセルを全開に回す! 


 町の灯りが近づいてくる頃には…… 


 町が業火に包まれているのが、はっきり分かった。


 聞こえてくる悲鳴。


 必死で消火活動に勤しむ住民。


 一体何が起こった?


「た、助け……! ぎゃぁー!」


 今度は何だよ! 後ろを振り向くと火事の明りに赤く照らされる二つの影。

 その下では男が一人血だらけで倒れている。


 呆然とその光景を見ていると、その影がゆっくり近づいてくる。

 魔物ではない。人だ。顔は…… フードを被っていてよく見えない。

 多分女だ。線の細さ、長い髪から判断しただけだけどな。


 分かるのはその目が明らかに殺気を纏っているということだけだ。

 だって手には剣を持ってるし…… 剣をぎらつかせ俺達の方に寄ってくる。


 こいつら…… 殺る気だな。


「桜、フィーネ…… 構えろ」

「はい……」「えっ? 何なの!?」


 桜は状況を呑み込めてないみたいだがフィーネは違う。

 流石はいくつもの危険を潜り抜けてきた冒険者だな。

 さてどう戦うか? 相手は二人。

 なるべく戦力を分散させたほうがいいだろう。なら……


「フィーネ。桜とツーマンセルで動いてくれ。桜は無属性の魔道弓でフィーネを援護。やれるな? それと…… 可能なら生かして捕えたい」

「生かして? どういうことですか?」


「まぁあいつらがこの火事に関わってると思ってさ。殺してしまったら情報を聞き出せないだろ?」

「なるほど…… 分かりました」


 フィーネは剣を抜くが、峰を相手に向ける。すまんな、無理を言って。

 それじゃ戦う前にこいつらのステータスでも確認しとくか。


 目にオドを込める。


 分析アナライズを発動…… どれどれ?



名前:???

年齢:???

種族:???

Lv:65

DPS:142

HP:1458 MP:524 STR:1231 INT:245

能力:剣術4 影足(相手に気づかれることなく移動可能、回避率向上) 暗殺 (背後からの一撃はステータス、レベルに関係無く致死攻撃を与える)



 うぉ!? ステータスは低いが能力が…… 完全に殺し屋の能力だな。

 油断は出来ない。


「桜、フィーネ…… 気をつけろよ。こいつらかなりできるぞ」

「はい…… ライトさんもお気をつけて……」


 俺はフィーネ達と距離を取る。

 それを察してか、賊の片割れも俺に視線を移しジリジリと近寄ってくる。


 さてと。まずは牽制の一発だ。ハンドキャノンを創造し構える。

 狙うは頭。込めてある弾丸は硬質ゴム製の暴徒鎮圧弾だ。

 これなら遠慮無くヘッドショットを狙える。

 やっぱり本物の人間を殺すのはまだ躊躇しててね。  

 頭を狙い…… 発砲。



 ドンッ



 聞きなれた発砲音が響く……が、賊は頭をひょいっと横にずらして弾を避ける!

 まじか!? この距離で弾丸を避けるなんて! 



 ドンッ ドンッ ドンッ



 次は三連射。だがこれもことごとく避けられる。

 賊が動きを止め、腰に履いている二本の双剣を抜く。

 ゆっくりと近づいてくる……


「ふふ、単調な攻撃…… 確かに速いけど、腕と指の動きを見てれば避けるのは簡単……」


 やば…… これはまずいな。

 且つてはまっていたFPSでもいたんだよな、こういうやつが。

 明らかに初期装備、低レベルなのにPVPで他を圧倒する対人戦に特化した奴が。

 先日相手にしたルカとは大違いだ。こいつは強い…… 

 さらに賊は距離を詰めてくる。ならこいつはどうだ! 


 即座にショットガンを創造! 

 これで倒そうとは思わない。少しでもダメージを与えるのが目的だ。

 込めた弾はバードショット弾、フィーネには殺すなとは言ったがなりふり構ってはいられない。

 トリガーに指をかける。十発の弾丸が放たれる!



 ドドドドドドドドドドンッ

 ドシュッ



「くっ!?」


 ははは、さすがに全部は避けられないだろ。二千を超える散弾だ。

 とっさに急所をガードしたのだろう。腕からは血が滴り落ちる。

 が、こいつにとってはかすり傷なんだろうな。一応確認……



名前:???

年齢:???

種族:???

Lv:65

DPS:142

HP:1322/1458 MP:524 STR:1231 INT:245

能力:剣術4 影足(相手に気づかれることなく移動可能、回避率向上) 暗殺 (背後からの一撃はステータス、レベルに関係無く致死攻撃を与える)



 よし、少しだがHPは削れたか。

 だがこいつは戦闘慣れしてる。次はショットガンは通用しないかも…… 

 そうだ、久しぶりに作ってみるか。


 思い出す……


 且つてはまったFPSを……


 ダメージは与えられないが敵の動きを一定時間止めることの出来る特殊攻撃……


 チャージが必要で乱発は出来ないが重宝したっけな。


 これは現実世界でも存在する。日本でも警察が使用するところをテレビで見たことがあったっけ。


 イメージする……


 すると、俺の手には掌に収まる程度の大きさのが握られていた。


 よし、これを使って勝負をかけるか。

 ショットガンをしまいハンドキャノンに持ち替える。



 ドンッ



 賊は簡単に俺の攻撃を避ける。


 一歩近づく。



 ドンッ



 さらに近づく。あと三歩だな。



 ドンッ



 銃を発砲しつつ、片手で手に持つソレのピンを抜く。



 ドンッ



 賊は攻撃を避けてから一歩近づく。よし……


 3……


 2……


 1……


 掌のソレを地面に落とす。俺は目を閉じ、更に手で目を覆う。

 こうしないと俺も視界がやられちゃうんだよね。


 地面に落としたソレは……



 カッ



 簡単な炸裂音と共に目が眩むほどの光を放つ! 

 そう、俺が作り出したのはフラッシュグレネードだ。

 しかし、相変わらずすごい光だな。

 目を閉じて、さらに掌で目を覆ってるのに眩しいってどういうことだよ。


 手をどかして目を開けると…… 

 そこには意識がどっかに行っているであろう賊が棒立ちしていた。

 さてと、俺は賊に向けてハンドキャノンを構え……



 ドンッ

 バスッ



「うぁ……」



 ドサッ



 避けることなく一撃を喰らい、賊は地面に倒れこむ。

 よっしゃ、一キルだな。いや、そんな場合ではなかったな。

 まだ桜とフィーネが戦ってるはずだ。加勢に…… 


 俺の視線に気づいた賊の片割れは……


「ノア! ちくしょう……」


 ノア? 俺が倒した賊の名前か? 賊はフィーネと数合打ち合った後…… 

 一人逃げていく。ほっ…… よかった。

 どうやらこちらは無傷の勝利だな。


「フィーネ! 桜! 大丈夫か!?」

「うん! やっぱりフィーネちゃんって強いね! 私が出る幕なんてなかったよ!」


「ううん、そんなことないよ。結構危なかったんだ…… サクラの援護が無かったら…… そういえばさっきすごい光が見えましたけど…… ライトさんの新しい魔法ですか?」

「あぁ。あれ自体に敵を倒す力はないんだけどね。でもあの光をまともに見たらしばらくまともに動けなくなるはずだよ」


 PVPではかなりお世話になった能力だ。

 角待ち野郎に対してよく使ってったっけな。

 ともあれ新しい力でこの戦いを勝利したわけだが…… 


「この町で一体何があったんだろうな?」


 町は未だ火に包まれている。あの賊が二人でやったんだろうか? 

 俺は倒れている賊に近づく。顔でも見てやるかとフードを取ると……


 これは…… 顔の作りは美人の類だが、それはどうでもいい。

 この女…… 頭に大きな獣耳…… 


 獣人だ……

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