第59話海水浴 其の三
楽しい時間は過ぎ、辺りは暗くなってきた。
獣人家族は家に帰るようなので、私達は彼らに手を振って見送ってあげる。
別れる前に子供達はライトさんに抱っこを求めてきた。
ライトさんは快く子供達を抱きしめる。
「おじさん! また遊んでね!」
「おう! またな!」
彼らが見えなくなる頃にはとっぷりと日が暮れていた。
グ~ キュルキュル……
あ、サクラのお腹が鳴ってる。
あはは、そういえば私もお腹空いちゃった。
「パパー、ごはんにしようよー」
「そうだな。今日は何が食べたい?」
「バーベキュー! せっかく海に来たんだからさ! ザ!アウトドアっていうごはんが食べたい!」
「アウトドアなら毎回してるじゃん。何を今更……」
「でもさ、外で食べるごはんでもいつも日本で食べてたのとあんまり変わらないじゃない? ごはんがあって、みそ汁があって。どこの世界にアウトドアで豚カツを食べる人がいるのよ」
「はは、違いない。それじゃバーベキューにするかね。フィーネ。野菜と肉を適当に出しておいてくれ」
ライトさんに言われるままに適量の肉と野菜を取り出す。
バーベキューってどんな料理なんだろ?
みんなで野菜を洗って、肉を一口大に切って…… え? もうお終い?
「よし。それじゃ……」
ライトさんは目を閉じてオドを練る。
目を開くと地面から金属で出来た……
あれ? これ見たことがある。
アズゥホルツに入る前にこれを使って魚を焼いたんだっけ。
確かコンロって言ってたかな?
「桜、今から米を炊くのは面倒だ。おにぎりを頼む」
サクラがおにぎりを出す。私も手伝おうかな?
「何かすることはありますか?」
「いいや、後は野菜と肉が焼けるのを待つだけだ。そうだ、少しならお酒を飲んでもいいよ」
やった! 実はこの中でお酒を飲めるのは私だけだから遠慮してたんだよね。
私は先日テッサリトで買ったお酒を取り出す。
でもライトさんが酒瓶を奪い取り…… お酌をしてくれた。
「ほら、前にして欲しいって言ってたからさ」
「え? 私そんなこと言ってましたか?」
「ははは、覚えてないか。王都での飲み会でさ。フィーネが俺の隣に座って酌をしてくれって言ってさ」
そんなことがあったんだ!?
確か私すごく酔ったみたいであんまり覚えてないんだ。
うぅ、私のバカ…… ライトさんになんてこと言ってるのよ……
恥ずかしい想いの中、辺りにいい匂いが漂い始める。
「そろそろいいか。ほら、これはフィーネの分な。まだいっぱいあるからどんどん食べろよ」
ライトさんは焼けたお肉と野菜を器に盛って渡してくれた。
いい匂い。ただ肉と野菜を焼いただけなのに……
「おいしー! パパ! これこそアウトドア料理の醍醐味だよね!」
「お前は何食べても美味いっていうよな。ははは、それはそれで作り甲斐があるけど。いっぱい食べろよ?」
「うん!」
二人を見て思う。いい親子だな。
もしも私が二人の家族になれるなら……
ライトさんは言った。旅は続ける。サクラを元の世界に帰すために。
ライトさんはサクラを愛している。
サクラを一人、元の世界に帰すという選択肢は取らないだろうな。
じゃあ私がライトさんの世界に行く?
私はアルブの民。元々アルブは住みやすい世界を求め異界を渡り歩く一族。
じゃあ私がライトさんについて行っても問題無いよね?
ふふ、それもいいかもね。
幸せな未来を想像して笑う。そんな私を見たライトさんは……
「フィーネ。お皿が空じゃないか。ほら、お代わりな」
ライトさんはどかっと私のお皿にお肉を乗せる。
あはは、こんなに食べられないよ。
お腹いっぱいになるまでバーベキューを楽しむ。
食事が終わり、みんなでお風呂に入って後は寝るだけ。
明日は朝早くにアスファル聖国に向けてここを出なくちゃ。
テントに戻る。あれ? ライトさんがいない。
先にお風呂は出たはずなのにな。
「フィーネちゃん、パパと話したいんじゃない? いいよ、行ってきて。どうせどこかでタバコでも吸ってるんでしょ。ほんとにもう…… タバコは止めてって言ってるのに」
「いいの? いつも悪いね……」
「あはは、気にしないで。フィーネちゃんありがとね…… パパは何も言ってこないけど、フィーネちゃんに気持ちを伝えられたことをすごく喜んでるはずだよ」
「ほんと? でもライトさんはテッサリトを出た後もあんまり変わって無くてさ…… ちょっと不安だったんだ」
「パパは変なところ口下手だからね。はっきり言うとこはズバっと言うくせにさ。ほら行った行った。早くしないとパパ帰ってきちゃうよ」
サクラは私をテントから追い出す。
ふふ、ありがとね。お言葉に甘えて…… ライトさん、どこにいるのかな?
星明りの中、ライトさんを探す。
あ、いた。浜辺で一人座ってる。私はライトさんに近づいて……
「フィーネか。ごめんな。煙いだろ」
ライトさんはタバコを吸っていた。
この匂い…… 実は苦手なんだけど、ライトさんの匂いっていうか……
嫌いだけど好き。なんだかよく分からない。
「隣いいですか?」
「もちろん」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えちゃいます」
私はライトさんの前に。隣じゃなくてね。
背中を抱いてもらえるように座る。
「隣じゃないじゃん……」
「いいんです!」
テッサリトを思い出すな。
ライトさんは背中を抱きしめてくれてから私をフィオナって呼んでくれたんだ。
そして耳も噛んでくれた…… 嬉しかった……
前と同じようにライトさんは背中から手を回して私を抱きしめてくれる。
「なぁフィーネ……」
「なんですか?」
ライトさんはちょっと元気が無いみたい。どうしたのかな?
「俺さ…… 少し迷ってるんだ。フィーネには前向きに考えろなんて言ったけど、どうすればいいのか分からない…… このままじゃ……」
意外だった。ライトさんも悩んでる。
とっても強くていつも私を導いてくれるこの人が……
ううん、ライトさんだって一人の人間だもの。完璧じゃない。
悩むことだってあるよね。それにすごく嬉しかった。
だってライトさんは私と別れるのが辛いから悩んでるんだもん。
「ライトさん…… 私がライトさんの世界に行くのは駄目なんですか?」
「…………」
何も言わない。少し強めに抱きしめられた。
「あのな…… それは出来ないよ。俺達の世界ってさ。人族しかいないんだ。もし、フィーネのような人種がいるって分かったら、俺は君を守りきれないだろう。俺の世界ってさ、情報が出回るのが凄く早いんだよ。ネット社会の弊害ってやつだな……」
よく分からない言葉が出てきたけど……
ライトさんは私を連れていく気は無いことは分かった。こんなのはどうかな?
「もしサクラがこの世界を気に入って、ずっとこの世界に住みたいと言ったらどう思いますか?」
「…………」
再びの沈黙。この質問はしないほうが良かったかな……?
「はぁ…… これはフィーネには言いたくなかったけど…… それでも俺は日本に帰る。けじめをつけなくちゃいけないからな」
「けじめ?」
「あぁそうだ。俺の世界…… 日本にはかみさんの墓があるからな。凪に謝らなくちゃいけないんだ」
「奥さんにですか? 謝るって?」
「君以外の人を好きになってごめんってな。そして許可も取らなくちゃ。フィーネと付き合ってもいいかってさ」
「…………」
今度は私が言葉を失う。
そうか…… この人、本当に奥さんのことが好きなんだね……
ふふ、妬けちゃうな。でもライトさんの本当の気持ちが分かった。
この人は絶対に元の世界に帰るつもりだ。
でもそれはサクラだけではなく、私のことも思ってのことだったんだ。
嬉しいよ……
私は振り向いてライトさんにキスをする。
ライトさん…… 大好きです…… でも……
「ひどいですよ。そんな大事なこと言ってくれないなんて。それに……」
「それに?」
「不安だったんですから…… だってテッサリトを出てから私達、あんまり関係が変わってない気がして……」
ライトさんの表情が困った顔に変わる。
でもいいの。今は言いたいことを言おう。
「ライトさんは私のことどう思ってるんですか?」
「そ、そりゃ好きだぞ……」
「どのくらい?」
「カレーぐらい」
「もう! そういうことじゃなくて!」
「ご、ごめん…… でもほんとの俺の気持ちを知ったら多分フィーネは引くぞ!?」
引く? 私が引くぐらいってこと?
聞いてみたい……
「言ってください……」
「ほんとに言うの……?」
「はい。絶対に引きませんから」
「…………」
沈黙の後、ライトさんは口を開く。
出てきた言葉は……
「お前を抱きたい。めちゃくちゃにしたい」
「…………」
「ほら! 引いたじゃん! だから言いたくなかったんだよ! もうそれぐらい好きってことだ! でもな! この旅が終わって俺達が別れることになるかもしれないだろ! もしそうなったらお互い辛い想いをする! だから! フィーネとはこれ以上深い関係になりたくないんだよ! 分かった!?」
「…………」
私は沈黙を保ったまま。
ううん。引いてるんじゃないんだよ……
嬉しいの…… だって私のことをそんなに想ってくれてるんだもん……
嬉しすぎて言葉に出来なかっただけなんだよ……
「すまん…… 今のは忘れてくれ。ほら、もう戻ろ」
「…………」
二人でテントに戻っていく。サクラは私を見て心配そうな顔をしてたけど……
ふふ、後で報告しなくちゃ。
「ほら! 明日は早いんだ! もう寝るよ!」
「はーい。それじゃお休みね。フィーネちゃん、パパの隣で寝る?」
「……うん」
私はライトさんの隣で横になる。
言葉には出来ないけど…… サクラが眠ったあとライトさんに甘えちゃった。
ライトさんは不思議そうな顔をしてたけど優しくキスを返してくれた。
ありがとね。ライトさん、大好きだよ……
◇◆◇
夜明け前。ライトさんに起こされる。ふぁあ。まだ眠い……
でも今日はアスファル聖国に旅立つ日だ。
テントを出ると干潟は海から顔を出してる。
これなら今日中にアスファル聖国に到着するだろうね。
「よし! 二人とも乗ってくれ!」
「うん!」「はい!」
三人でバイクに跨る。
「行くぞ! 今日はかなり飛ばすからな! しっかり掴まってろ!」
バイクが走りだす! キャー! ほんと速い!
思わずライトさんの背中に抱きついてしまう……
あ…… ライトさんが私の手を撫でてくれてる……
ふふ。ありがとうございます。私はもう大丈夫ですよ。
あなたの気持ちが分かりましたから。
きっと…… きっとあるはずなんです。私達みんなが幸せになれる道が。
ライトさん、サクラ。その道をみんなで見つけましょうね。
バイクはアスファル聖国に向けて走る。そこでは何が待ってるんだろう。
でも…… ライトさんとなら何だって乗り越えてみせるよ。
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