第38話フィーネの気持ち

「よし次! 前に出ろ!」


 俺の前には怪我から完全に回復していない獣人が列を作っている。

 そして獣人達はものすごく嫌そうな顔をしている。 

 一人のおっさん犬獣人が俺の前に。


「あの…… ライトさんや聖女様には感謝してるが、これは毎回やらなくちゃいけないのか……?」


「あのな…… 俺だって嫌だよ! でもな、しょうがないだろうが! 俺のキスには状態異常回復効果があるんだよ! 感染症を防ぐためだ! いいからさっさとおでこを出せ!」


「うえ~……」


 俺も半ばやけくそだ。

 何が悲しくておっさんにキスをしなくてはいかんのだ。

 嫌そうな顔をするおっさんのステータスを確認する。



名前:カーライル

種族:犬獣人族

年齢:48

レベル:14

HP:187/443 MP:87 STR:103 INT:77

付与効果:来人のキス(状態異常回復)



 よかった。ちゃんと付与効果は付いてるみたいだな。


「よし次!」


 今度は二足歩行の雄猫が俺の前に…… 

 獣タイプのおっさん猫獣人か。

 毛が口に入りそうだな。

 その後ろには三十人ほど並んでる……



 なんか…… 鬱です……



 こうして俺は役目を終える。

 ふー、疲れたな。でも患者はかなり減ったな。

 あと数日もすれば怪我人はいなくなるだろ。

 これも桜のおかげだな。


 なんか桜はいつの間にか新しい能力を手に入れていた。慈愛という能力だ。

 これは回復に使うMPを抑えることが出来る。

 これで効率良く怪我人を癒すことが出来た訳だ。


 さて、俺の仕事は終わりだ。

 これからどうするかな。

 フィーネは現場復帰した男衆と森にパトロールに出かけている。

 実は初日以降オークは出ていない。多分全部倒しちゃったんだな。

 数日は戦わなくちゃいけないと思っていたのだが。まあ結果オーライだろう。

 だが油断は禁物ということで、フィーネは周辺警戒の役目を買って出たのだ。


 桜はご自慢の回復魔法で治療を続けている。

 今では一日十回はエクストラヒールを使えるようになった。

 この町が元通りになるのはそう遠くないだろうな。

 ちなみに桜は聖女の再来として町民から崇められている。

 はは、我が娘が聖女様か。なんか変な気分だ。


 一応俺も働いているのだが、怪我人からあまり感謝されていない。

 まぁおでこにキスをするだけだからな。

 状態異常回復という中々すごい効果を持っているのだが、桜のヒールに比べて地味なので、効果が見えづらいというのも理解出来る。

 だが患者の中には俺がキスをしたいだけの変態と思っているヤツもいるようだ。

 失礼しちゃうぜ。


 さてと、今日も朝早くから働いた。

 うー、疲れたな…… 

 少し休ませてもらうか。

 しばらく厄介になっている町長のアイシャの家に戻る。

 アイシャはいるかな? 


 彼女も多忙だ。町の再建計画だったり、復興支援の要請を王都に送ったりと忙しく動き回っている。

 仕事が出来る大人の女性って感じがして素敵なんだ。


 家に入るとアイシャがリビングでお茶を飲んでいる。


「あら、ライト様。お帰りなさい」

「あぁ、アイシャ。いたんだな。仕事は?」


 いつの間にかアイシャと呼ぶようになってたな。

 先日、彼女と話す機会があったんだが、その席でアイシャと呼んでくれと…… 

 特に拒む理由は無いので名を呼ぶようになったんだ。


「はい、一通りやることは終わったので…… 今日は一日ゆっくりさせてもらいますね」


 そう言って伸びをする。胸を張るアイシャ。

 お? Eはあるな。巨乳ちゃんだ。

 昼間から良いものを拝ませていただいた。


「ん? どうしました?」

「い、いや、何でもないよ。すまんが少し休ませてもらうよ……」


「お昼寝ですか? ふふ、お休みなさい」


 リビングを出て、寝室へ。

 ベッドに横になるが、先程のアイシャの胸が目に焼き付いて……

 はは、何考えてんだ俺は。

 さてそんなことよりお昼寝だ。

 たまにはさぼるのもいいよな。

 では夢の世界に旅立ちますか……











 チュッ

 


 ん…… なんか体に当たるぞ? 

 なんだよ、俺は眠いんだ。邪魔しないで……? 


 手が触れる。これは…… 

 この柔らかい感触…… 

 温かくて、すべすべしてて……


 今度は顔に柔らかい物が触れる。

 それは俺のおでこに…… 頬に…… そして唇に……


 ゆっくりと目を開ける。そこには下着姿のアイシャがいた……


 目が合った……


「ライト様……」



 チュッ



 アイシャがキスをしてくる? 

 寝起きなので体が上手く動かせない。

 抵抗出来ずに唇を奪われ、アイシャの舌が俺の舌に絡まってくる……


 思わずアイシャを押し倒そうとしてしまった。

 恋愛はしばらくしないと決めた俺だが性欲は一人前にある。

 しかも目の前にいるのは俺好みの大人の女性。


 据え膳を食わない手は無いが…… 

 少し強引にアイシャを引き離す。


「アイシャ、説明してくれるか?」

「ライト様…… お慕いしております…… それ以上の説明はありません」


 お慕いね…… 

 うーむ。ここでアイシャを拒むのは彼女に恥を掻かせてしまうことになるかもしれないが……

 お断りしておこう。

 アイシャのおでこにキスをする。


「ごめんな。これで最後にしてくれ。君は魅力的だ。俺の理性が吹っ飛ぶぐらいに。でもさ、俺はまだ誰も好きになってはいけないんだ」

「どういうことですか?」


「願掛けみたいなものかな? 娘の…… 桜が一人前になるまでは恋愛はしない、誰も抱くことは無いって決めたんだ。死んだかみさんにも言われたからね。桜を頼んだよって。くだらないかもしれないが、決めたことなんだ。だから…… ごめんな」


 アイシャは少し悲しそうな顔をする。

 すまないな。やはり君に恥を掻かせてしまったか。


「いいえ…… あなたの気持ちを考えずに我を押し通してしまい…… 申し訳ございません…… ふふ、フラれちゃった」

「いや、フッた訳じゃ…… 桜が一人前になってて、その時に俺が独身だったら是非お願いしたいぐらいだよ」


「ふふ、慰めは結構ですよ。ライト様は優しいのですね。でも最後に我がままを聞いてください…… 一度だけキスをしてくれませんか?」


 キスか…… 凪、ごめんな。

 アイシャに恋愛感情は無い。

 でもあまり彼女を傷付けたくない。

 キスで俺のことを忘れてくれるなら……


 軽くアイシャにキスをする。


「あ……」


 ん? なんか部屋の外から声がする。

 目を開けると…… 


「…………!?」


 フィーネがいた。

 目が合ったが彼女は……


 ポロポロと涙を流していた。



 ダッ バタンッ



 フィーネは俺の視界から消え、ドアを閉める大きな音が。

 家を飛び出したんだ。


「追ってあげてください……」


 追って? 

 そうだな…… 行くべきなんだろうな。


「すまない……」


 そう言って俺も家を出る。

 辺りを探すがフィーネはいない。

 どこに行ったんだ? 会って何を話す? 

 フィーネとは旅の仲間。それ以上でもそれ以下でもない。

 いや…… そんなことはないか。

 フィーネに対する俺の気持ち…… 

 実は俺自身も理解出来ていない。

 でも会って話さないといけない気がするんだ。


 フィーネ…… どこだ……?


「パパー。何してんのー?」


 振り向くと、桜がいる。


「桜、フィーネを見なかったか?」

「フィーネちゃん? ううん、見なかったよ。どうしたの? けんかでもした?」


「いや違うんだが……」


 そうだ、桜はフィーネと仲がいい。

 だがこんなこと実の娘に聞くことだろうか……? 

 いや、実の娘だからこそ聞いてもらった方がいいかもしれん。


「すまん、少し話を聞いてくれないか……?」

「え? いいけど…… それじゃ場所を変えようか」


 桜に連れられ、救護テントの中に。

 今は患者は風呂に入っているので中には誰もいない。

 話すにはちょうどいいな。


「さてと。で、どうしたの?」


 俺は事の顛末を話し始める。

 驚いたような、恥ずかしそうな顔で桜は俺の話に聞き入っている。


「そ、そうなんだ。で、パパはアイシャさんとは……?」

「何もないぞ。別に好きでも無いし」


「でもキスしたんでしょ?」

「あぁ。だが誓ってそれ以上はしていないぞ。誰ともする気も無い」


「それはそれで問題が…… い、いやそれはいいや。で、フィーネちゃんがパパ達を見て泣き出したんでしょ?」

「そうなんだ…… 桜、その、なんだ…… あの…… その……」


「はっきり言いなよ! 聞いてあげるから!」

「そ、そうか。もしかしたらなんだが…… もしかしたらフィーネは俺のことが好きなのかもしれん」

「今更気付くか! この鈍感!」


 ん!? 桜は知ってたのか!?


「桜はフィーネの気持ち……」

「分かるに決まってるでしょ! むしろフィーネちゃんの気持ちに気づかないパパがおかしいのよ!」


「いつからだ……?」

「出会った時からフィーネちゃんはパパのこと好きだったんだよ!」


「で、でもフィーネは俺のこと好きだなんて一言も言って無いぞ……?」

「だ~か~ら~! パパは言葉にしなくちゃ伝わらないの!? 普通分かるでしょ!」


「い、いや桜はそんなこと言ってるが、本当にさっき気づいたんだ。だってさ、フィーネはまだ若いし、俺みたいなおっさんを好きになる理由なんてないだろ?」

「もういい! パパはフィーネちゃんのことどう思ってるのさ!?」


 俺の気持ち…… 

 それは……


「話してきた方がいいよな……?」

「当たり前だよ! さっさとフィーネちゃんと探してこい!」


 テントを追い出される! 

 すごい怒られた!

 桜ってあんなに怖かったんだな……


 フィーネを探し、アバルサの町を歩きまわる。

 町の隅から隅まで歩き回る。


 太陽が西に傾いて、夕日が町を朱に染める頃。


 フィーネが城壁の上に座ってた。


 顔が見えないように体育座りをしている。


 背中が小刻みに震えてる。


 泣いてるんだな……


 行くべきだろうか。


 会って何を話せばいい? 


 その前に俺の気持ちって一体なんだ? 


 気持ちを整理出来ないまま。


 フィーネのもとへ。


 隣に座る。


「フィーネ?」

「…………」


 返事は無い。アイシャとの一件を話すか? 

 なんか言い訳っぽいな。止めておこう。


 今言えることは……


「少し時間をくれないか?」

「…………?」


 言葉も無くフィーネは俺を見つめる。

 彼女の顔にはくっきりと涙の跡が。

 ごめんな、辛い想いをさせて。


「俺は死んだかみさんを愛し続けている。まだ俺の心はかみさん…… 凪でいっぱいなんだ。でも最近思うんだ。少しずつ他の人を受け入れられるようになってきたかもって。誰かを好きになってもいいかもって。

 でも俺ってさ、無駄にこだわっちゃうんだよね。別にこだわりを捨てても誰も怒らないのにね。一度決めたルール。桜を一人前にするまで誰も好きにならない。ははは、今思うとくだらないよね。

 でもこのルールがまだ俺の心を縛っている。今はまだ前に進めないんだ」

「…………」


「フィーネは俺にとって大事な人だ。命の恩人だ。君がいなかったら俺達はここにいないだろう」

「…………」


「フィーネに対する俺の気持ち…… これが何なのか自分でも分かってないんだ。大事な人には違わないんだけどね」

「…………」


「だから少し時間をくれ。俺の気持ちを整理する時間をね……」

「…………」


 言葉も無くフィーネが俺に寄ってくる。

 頭を俺の肩に乗せる。

 かわいいつむじにキスをしておいた。


「……ふふ」

「あ、笑った」

「笑ってない……」


 はは、いつものフィーネに戻ってきたな。


「ほら、そろそろ帰ろうか。お腹空いてない?」

「はい…… ライトさん、一つお願いがあるの。私のことフィオナって呼んでくれませんか……?」


 フィオナ? たしかフィーネのセカンドネームだったかな? 

 フィーネの本名は確か…… 

 フィーネ・フィオナ・アルブ・ビアンコだろ? 

 もしかしてフィーネが苗字でフィオナが名前だったとか? 


「フィオナ?」

「ふふ……」


 フィーネは嬉しそうに笑ってから……



 ガジッ……



 突然俺の耳を優しく噛んでくる?


「お返しなんです……」


 お返し……? 

 そういえばヴェレンにいた時に寝ぼけてフィーネの耳を噛んだことがあったんだよな。

 そのお返し? どういうことだろ?


 フィーネは涙を拭いてから立ち上がって……


「ライトさん、帰りましょ! いっぱい泣いたらお腹空いちゃいました! ラーメンが食べたいです!」

「あぁ! 今日は何でも作るぞ! 何味がいい!?」


「味噌!」


 はは、いいともさ! 

 二人で帰路に着く。道中フィーネが手を握ってくる。

 俺はその手を離すことなく家まで歩き続ける。

 その姿を桜に見られてからかわれることになるけどね。



 その五日後……


 全ての人の治療は終わり、アバルサ近辺の魔物はほとんど倒しきってしまった。

 この町でやることは無くなったな。

 そろそろ次の目的地を目指すとしますか!


 町を出る日、町中の人が俺達を見送ってくれる。

 代表としてアイシャが感謝の言葉を述べる。


「ライト様、聖女様、フィーネさん。この町を…… 私達を救っていただき、感謝の言葉もありません……」

「いいさ。俺達に出来ることをしただけなんだから」


「ふふ、謙虚ですね。普通だったら謝礼を要求してもいいのですよ?」

「ははは、そんなつもりで助けたわけじゃないさ。それじゃ先を急ぐから…… そろそろ行くよ」


「あ…… ライト様、お待ちを……」

「なんだ? ん……?」


 アイシャがキスをしてきた…… 

 町民から歓声とやっかみの声が上がる。

 少し長いキスが終わる。


「あれが最後って言ってなかったっけ?」

「ふふ、これがほんとの最後。ライト様、道中お気をつけて……」


「あぁ! 達者でな!」


 三人でバイクに跨る。キーを差し込みスターターを起動する。

 さぁ次の進路は南! 王都ティシュラだ!


 アクセルを回し、街道を走る!



 ドルンッ ブロロロロッ

 ギュウゥゥゥゥッ



 ってゆうかフィーネ! そんな尻をつねるな! 

 痛くて運転に集中出来ないだろ! 


 こうして第二の町、アバルサを発つ。次は王都か。

 何が待ってるんだろうな。楽しみだ!

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