第23話お風呂

 フィーネちゃんが帰ってきた。

 でもその顔はがっかりとニコニコが混じったなんとも複雑な表情だ。

 この宿では二つの部屋を取ってある。前回はパパと私。

 そしてフィーネちゃんが一人部屋だったけど、今回は男女で別の部屋を取ることにした。


 フィーネちゃんがうっとりした表情で私に話しかける。


「サクラ…… ありがとね、気を遣ってくれて……」

「ううん、別に構わないよ。でさ! 何か進展あった!?」

「うん! ライトさんね! 私の手を握ってくれたんだよ!」


 手を握るか…… 

 全く、中学生じゃないんだから。 


「でもさ…… パパって多分フィーネちゃんの気持ちに全く気付いてないよね?」

「う……!? サクラもそう思う?」


 そう、言うに及ばずフィーネちゃんはパパが好きなのだ。

 でもパパは娘の私が呆れるほどに鈍感だ。

 ママも言ってたな。あの人には心の機微が伝わらないって。

 でもママはそんなパパが大好きだったんだよね。


 私がフィーネちゃんの気持ちに気づいたのは最初の日の夜。

 パパにラーメンを貰ってそれを食べてる時だった。

 パパに箸の使い方を教えてもらってる時のフィーネちゃんの顔…… 

 恋する乙女の顔だった。


 その後も私はフィーネちゃんを見ていた。

 彼女の一挙手一投足がパパに向けられてる物と分かった。

 そして私は思いついたんだ。二人をくっつけちゃおうってね。

 

 パパは私の幸せを一番に考えてくれている。

 自分のことを後回しにして全て私が最優先。

 愛されてるってのは分かる。とても嬉しい。

 でもね…… 私もパパを愛してるんだよ。

 私だってパパを幸せにしてあげたい。


 口に出さないけど、パパはしばらく恋愛はするつもりはないはずだ。

 言わなくたって伝わってる。

 でもね、そんなパパを好きだって人が現れたとしたらその人を応援したくもなるじゃない? 

 きっとフィーネちゃんはパパを幸せにしてくれる。

 それは私では出来ないこと。


 もちろん私達は日本に帰ることが目的だ。

 でもその間だけでも、二人がくっついてくれたら……なんて思っちゃったんだ。


 だから私はフィーネちゃんと話すことにした。

 あれはダンジョンに泊まってた時だったね。

 パパが一人で寝ちゃった後、私とフィーネちゃんは二人でテントを抜け出して話したんだよね……



◇◆◇



『ねぇフィーネちゃん。パパのこと好きでしょ?』

『ふぁっ!? なんで知ってるの!?』


『いや…… 見てれば分かるわよ……』

『ご、ごめんなさいね…… ライトさんには娘のあなたがいるのに…… 大丈夫よ、ライトさんのことは諦めるから……』


『なんで諦めるの? 私はむしろフィーネちゃんにがんばってほしいの。パパって割りとかっこいいでしょ? やさしいし。でもね、パパはしばらく誰も好きにならないって決めてるはずなの。でもそれは娘の私にとって少し辛くって…… だからフィーネちゃんにはパパを助けてあげて欲しい。このままパパのことを好きでいてね……』

『サクラ…… 本当にいいの?』


『もちろんよ。でもさ、パパってかなり手ごわいよ。私から見てもかなり鈍感だし』

『ふふ、そうね。それは私も思った』



◇◆◇


 

 こんな感じで私達は協力体制を作ったけど…… 

 中々上手く先に進まないものだね。


 当のフィーネちゃんは手を握れたことですっごく嬉しそうにしてるけど…… 

 多分パパはフィーネちゃんの気持ちに全く気付いてないからね。


「でさ、これからどういう作戦で行くの?」

「さ、作戦? ごめんね…… 何も考え付かない…… だって私、誰かを好きになるなんて初めてで……」


 むぅ…… フィーネちゃんって何気にヘタレよね。

 しょうがない。ここは私が一つ肌を脱ぎましょう! 


「フィーネちゃん! 行くわよ!」

「行くってどこに…… わわっ!?」


 私はフィーネちゃんの手を取って宿の受付に。

 宿のご主人にとある物を作る許可を取るつもりなんだ。

 受付には宿のご主人らしき人が帳簿を付けている。 

 私はご主人に向かい交渉を始める!


「おじさん! お願いがあるの!」

「ん? 君はライトさんの娘さんかい? お願いってなにかな?」


「え……? おじさんパパのこと知ってるの?」

「はは、いいお父さんだよね。あの人に色々話を聞いてね。ライトさんって商売人かい? 最近店の利益が落ちてきてね。どうするか悩んでたらライトさんが相談に乗ってくれたんだよ。食材の原価計算を見直したら利益が上がってね。彼には感謝してるよ」


 そんなことがあったんだ…… 

 そういえばパパって会社ではそこそこ上の立場なんだよね。

 私が知らない知識をいっぱい持ってるんだよね。

 でもパパはママが死んでから私と一緒にいたいって昇進の話とかは全部断ったんだ。

 これ以上偉くなったら二人の時間が取れなくなるって。


「そうですか…… あ、そうだ。おじさん! お金は払います! 宿の裏庭を少しの間貸してくれませんか!?」

「え? 裏庭を? でも…… それはもうライトさんに貸してしまってるんだよね……」


 え? どういうこと? 

 もうパパが裏庭を借りてるって……?


「ほら、君も行ってごらん。しばらく作業させてもらうって言ってたから」


 私とフィーネちゃんは宿の裏手に回る。

 そこは周りを壁で囲まれており、物置として使っているみたいだった。

 でもそこには…… 



 ザクッ ザクッ



 パパがいた。

 パパはスコップで穴を掘っている。

 もしかして…… 私は恐る恐るパパに声をかける。


「パパ…… 何やってるの……?」

「あぁ桜か。はは、見つかっちゃったか。残念。お前をビックリさせたかったのに」


「今でも充分ビックリしてるわよ…… ねぇパパ…… もしかしてお風呂作ってない?」

「はは、ばれたか。もうすぐ完成だ。待ってろよ」


 掘った穴からパパは抜け出す。

 そして目を閉じて集中してる……


 オドを練ってるんだ。


 パパは目を開くと両手を高く掲げる。

 すると……



 ゴゴゴ……



 掘った穴の周りがツルツルになっていくのが分かる。

 これは浴槽だ…… 

 その横には見慣れない機械のようなものが。


「パパ…… これって何……?」

「あぁ、これは給湯機だよ。燃料は無限ガソリンからだけど、ガソリンは揮発性が高くて扱いが難しいからね。オドを調整してガソリンを灯油に変化させたんだ」


 えーっと、何を言ってるのか分からないけど…… 

 とにかく私がしようとしてたことをパパは先にしてしまったようだ。

 パパはフィーネちゃんに話しかける。


「フィーネ、すまないが水魔法でこの浴槽に水を張ってくれないか?」

「み、水ですか? 分かりました……」


 フィーネちゃんは魔法を発動。

 みるみる内に浴槽に水が溜まっていく。

 パパはその様子を見ながら給湯器に火をいれる。

 ボッという音を立てて給湯器が稼働する……


「お湯が沸くまで時間がかかる。ほら部屋に戻って着替えを持っておいで」


 あはは…… パパには敵わないな。

 フィーネちゃんと二人で部屋に戻る。

 フィーネちゃんはこれから起こることを理解出来てないみたい。


「ね、ねぇサクラ。もしかしてあれがオフロっていうの? すごく気持ちいいって言ってたやつでしょ?」

「そうよ! あ…… でもなんか流れ的に皆でお風呂に入るのよね…… 私はいいとしてもフィーネちゃんは……」


 そうよね。いくらパパのことが好きでもいきなり混浴はね…… 

 ほんとはお風呂を作ってパパに入ってもらい、フィーネちゃんに背中を流させようと考えてたんだけど。

 流石に一緒にお風呂に入るのはねぇ…… 


「私がんばるわ! ライトさんに振り向いてもらえるなら恥ずかしくても我慢する! 裸を見られても平気だもん!」


 いや、そこまで頑張らないでよ!? 

 恋愛には順番ってものがあってね! 

 まぁ私も彼氏とかいないし、そこまでアドバイスは出来ないんだよね…… 


 私達は着替えを持って裏庭に戻る。

 湯船からはもうもうと湯気が立ち上がる。

 パパは湯船に手を入れて一言。


「いい湯加減だ。桜、フィーネ、入るぞ」


 パパは上着を脱いで大きめのタオルを腰に巻く。

 私達のタオルも準備してくれてたみたいだ。

 パパは後ろを振り向く。


「大丈夫。見ないから入る準備して」


 あはは…… まさか異世界最初のお風呂はパパと入ることになるとはね。

 思いもしなかったよ。


 私とフィーネちゃんは服を脱いでタオルを巻く。

 うわ、フィーネちゃんスタイルいいな。

 おっぱいも大きいし。羨ましい……


「桜、フィーネにお風呂の入り方を教えてあげな」


 そうか、フィーネちゃんはお風呂初めてなんだよね。

 用意されたタライでフィーネちゃんの背中にお湯をかける。


「きゃっ! 熱い! でも…… 気持ちいい……」


 簡単には体を洗い、泡を流す。

 パパは先に体を洗い終わり湯船の中に。


「ほら、二人も入んな。気持ちいいぞ」


 パパに促され、フィーネちゃんと二人で湯船に入る。



 チャプンッ……



 湯加減はちょうどいい…… 

 指先にじんわり熱が伝わってくる。


 久し振りのお風呂。

 こんなに気持ちいいものだったんだね。


 フィーネちゃんは…… 

 あはは。聞くまでもないね。うっとりした顔してる。


「気持ちいい…… こんなに気持ちいいものがあったなんて……」

「はは、フィーネはお風呂が気に入ったみたいだね。でも風呂に入るにはフィーネの水魔法が必要だ。俺もこれから毎日風呂に入りたいんだ。悪いけど協力してくれるかな?」


「え!? これから毎日ですか!? むしろこちらからお願いします!」

「ちょっ!? フィーネ! 前! はだけてるって!?」


 あはは。フィーネちゃんのバスタオルがずれておっぱい丸見えだ。

 よかったねパパ。いいものが見れて。


 それにしてもお風呂か。これから毎日入れるんだね。

 もっと辛い旅になると思ってたのに。

 あまり日本にいる時と変わらないね。

 いや、日本より楽しいかも?


 私は久し振りのお湯を楽しみながら、恥ずかしそうにうつ向く二人を見て笑う。

 ふふ。早く二人が恋人同士になればいいのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る