第15話ダンジョンへ 其の六

 俺達は丸一日をかけ、ダンジョンの四十階に到着する。

 前回十階層に到着するまで十数時間かかったので、四十階層まで数日を要すると思っていたのだが。


 なんとフィーネが前回このダンジョンを訪れた時にショートカットを開通しており、かなりの時間を短縮することが出来たのだ。


 ショートカットか…… 

 某ダークな死にゲーみたいだな。

 道中数回戦闘はあったものの、特に身の危険を感じさせることなく、この場にたどり着くことが出来た。


 四十階層も十階層と同じく魔物は出ないようだ。

 ダンジョン内部にも関わらず、だだっ広い空間が広がる。


 フィーネは夜営の準備に取りかかる。

 亜空間からテントを取りだし、慣れた手付きで組み立て始めた。


「ふぅ…… これでよし! じゃあごはんの支度ですね! 今日も私が……」

「フィーネ、今日は俺が作るよ」


 言葉を被せ、フィーネを止める。

 こういう雑務は交代制にした方がいい。

 任せっきりになると不平不満が生じるからだ。


「え……? そうですか。ふふ、ちょっと嬉しい。またライトさんの料理が食べられるんですね」

「あぁ、そんな手の込んだ物は出来ないけどね。フィーネ、何か食べたい物はあるか?」


 一応フィーネに聞いてみるか。

 まぁ聞いたところで異世界の料理なんて知らないんだけどね。


「食べたい物…… そうだ! ライトさんに初めてご馳走になったラーメンが食べたいです!」


 ラーメンか。あれはもう無くなっちゃったんだよね。

 ツーリング後に桜と食べる予定だった五袋入りの袋ラーメンだ。

 そうか、フィーネはラーメンが気に入ったか。


 この世界はパンがある。小麦粉は存在しているだろう。

 小麦粉があれば麺を打てる。

 だが麺を打つとなると時間がかかるし、フィーネもさすがに小麦粉は持ってきてはいないだろう。


「すまんがラーメンは……」

「パパ、それなんだけど……」


 今度は桜が言葉を被せてくる。どうした? 

 桜は背負っているカバンの中から、とある物を取り出す。

 それは……


 インスタントでありながら茹でれば生麺のような歯触り。


 完成された塩味のスープ。


 家に必ずストックしてあるインスタントの袋ラーメンがそこにはあった……


「な、なんかね。カバンの中が妙に膨らんでるなーって思ってたらね…… これが入ってたの」

「ツーリングに行く前に買ったやつか?」


「違うよ! 私はお菓子しか持ってきてないし。あ…… あはは…… パパ、これ見て」


 桜はラーメンを差し出す。そこには見慣れた調理手順が書かれている。

 他には…… メーカー名の代わりに見慣れた名前が記入されていた。



【製作者 渋原 凪】



 ははは…… これってかみさんの名前じゃん。

 つまり、新しい加護の能力ってことか。

 無限おにぎりに続き無限ラーメンか。

 凪は愛娘の桜がひもじい想いをしないよう、こんな加護を与えたんだろうな。


 桜からラーメンを受け取り、フィーネに話しかける。


「フィーネ、すまんが野菜を少しもらうぞ。出しておいてくれ」

「は、はい! もしかしてラーメンが食べられるんですか?」


 とても嬉しそうにフィーネは笑う。

 ははは。食い意地張っちゃって。

 フィーネは亜空間から野菜を大量に取り出す。


 色んな種類があるが使うのはこれだな。

 俺はモヤシによく似た野菜を受けとる。

 ラーメンは好きだけど、それだけじゃ物足りないしな。

 野菜の他に加工肉も使うことにした。


 フィーネに水を用意してもらい野菜を茹でる。

 ラーメン自体は数分で出来上がるからな。

 器にラーメンをよそい、茹で上がった大量の野菜を盛り付ける。


 俺が家でよく作るジ○ウ系のラーメンが完成した。


 桜はそれを笑顔で受けとる。


「うはぁ…… 相変わらずパパのラーメンはど迫力だね……」

「はは、そんなこと言っても、桜はいつも完食するじゃん。ほら、これはフィーネの分な」

「わぁ…… 美味しそう……」


 フィーネはうっとりとした表情に。かわいいな。

 フィーネは大人の美人さんという印象だが、中身は19歳の女の子なんだよな。

 はは、まだ子供ってことだ。何だか娘が二人になった気分だ。


「ほら、ラーメンは時間が経つと伸びてしまう。熱い内に食べな」

「は、はい! いただきます!」


 フィーネは箸をぎこちなく使いラーメンを口に運び始める。

 フィーネは終始笑顔でラーメンを啜り続ける。

 はは、ほんと美味しそうに食べるな。


 俺の視線に気が付いたのか、フィーネは箸を止める。


「あれ? 食べないんですか?」


 いかんいかん。フィーネの食べる姿が見事なので見入ってしまったようだ。


「フィーネの食べっぷりがすごいからね。びっくりしちゃったよ」


 フィーネはそれを聞くと恥ずかしそうにうつ向く。


「はは、ごめんごめん。ほら、伸びちゃうぞ。急いで食べな」

「もう! ライトさんの意地悪っ!」


 フィーネはプリプリ怒りながら再びラーメンを啜り始めた。



◇◆◇



 食事を終え、後は寝るだけだ。

 でもその前に言っておかなくてはいけないことがある。


「桜、フィーネ、ちょっと聞いてくれ」


 俺に呼び止められた二人は焚き火の前に座る。


「何ですか?」

「明日から四十階層より下に挑む。確かフィーネは四十階より下に行ったことは無いんだよな?」


「はい…… 以前来た時はちょうどここで食料が尽きてしまって…… やむなく撤退したんです」

「そうか。じゃあ明日から俺達は未知の領域に足を踏み入れることになるな。そこでだ。俺達は各々役割を決めておく必要がある」


「役割? 普通に戦うだけじゃ駄目なの?」

「駄目ってわけじゃない。時には全員が攻撃に回ることも必要だ。だが、持ち味を活かし、効率的に立ち回ることで強力な相手でも組伏せることが出来る」


 これは以前やっていたFPSで学んだ。

 高難度のレイドミッションなどを攻略する際は役割決めが成否を左右する。


「役割ですか……? 確かに重要ですね。私は何をすればいいですか? 二人よりはレベルが高いですし、魔物との戦いも慣れています。ですが、ステータスは私が一番低いですし……」


 フィーネが質問してくる。フィーネは俺達の中で一番レベルが高い。

 彼女の言葉の通り、今のところ一番の戦力はフィーネだろう。

 道中の戦いを見ていたが、剣も魔法も見事なものだった。

 自分の能力を理解し、効率的に魔物を退治する。

 だがステータスは俺達の方が断然高い。

 それを加味して考える。彼女にとってふさわしい役割は……


「フィーネにはアタッカーをやってもらう」

「アタッカーですか? で、でも私は二人よりHPも低いです…… 前衛はライトさんがふさわしいのでは……?」


 ちょっと不安そうにフィーネは呟く。

 その気持ちは分かる。

 普通に考えれば俺が前衛アタッカーになるべきだろう。

 だが俺はフィーネに一つの可能性を感じていた。

 彼女は24時間限定だが俺達の加護や能力の付与効果を得ることが出来るのだ。


「フィーネ、後で試したいことがある。だが今は話を進めさせてもらうよ。次は桜だ。お前には後衛のヒーラーをやってもらう」

「ヒーラー? どんなことをするの?」


「ヒーラーってのはな、一番後ろにいて、仲間が傷ついたら回復してあげる役割を持った者のことを言うんだ」

「えー、なんか地味な役割だね。でも私、回復魔法なんて使えないよ?」


 いやいや、桜にはあれがあるだろ?


「桜、お前の能力。舞を使うんだ」


 桜は踊ることで、様々な効果を対象に付与することが出来る。

 その効果は絶大だ。

 道中の戦闘でフィーネがスケルトンの一撃を食らったのだが、舞の効果、体力自動回復が発動し、傷があっという間に治ってしまったのだ。


「桜はヒーラー兼エンチャンターになってもらう。戦いにおいてはお前の存在が一番重要なものになる。桜、出来るな?」


 桜は黙って頷く。頼んだぞ。


「分かった…… うー…… なんか緊張しちゃうな。でさ、パパはどんな役割をするの?」


 俺か。

 かつてはまっていたFPSで、俺はその中でどんな時もこの役割を担っていた。

 攻略不能と言われたレイドミッションにおいても俺はこの役割で仲間を守ってきた。

 俺がやろうとする役割。それは……


「タンクだ。ディフェンダーとも言うな」

「ディフェンダー? どんなことをするの?」


 俺はディフェンダーについての役割を説明する。

 戦闘においては地味な役回りだが、ディフェンダーがいるといないではパーティの生存率が大きく違ってくるのだ。

 前衛よりも敵の前に出て、ヘイト管理を行う。

 ヘイトが向いている間に仲間は攻撃に集中出来る。


 俺の説明を聞いて桜が心配そうな顔をする。


「でもさ…… 敵の攻撃をパパが全部受けるんでしょ? 駄目だよ、そんな危ないこと……」

「はは、心配してくれてるみたいだな。でも大丈夫だ。実は創造魔法の話を聞いた時に、これを作ろうって決めてたんだ。見てな……」



 俺は立ち上がり二人と距離を取る。


 

 イメージする……



 かつてはまっていたFPSを……



 俺はディフェンダー……



 この能力を使ってクラメンを危機から救ってきた……



 敵の攻撃は阻む絶対障壁……



 俺は両手を広げ……



 創造魔法を発動する!



【障壁!】



 ブゥゥンッ



 丹田からオドが飛び出す! 

 それは球状に俺を包み込む……


 出来た…… 

 俺が作り出したもの。それは所謂バリアーと呼ばれるものだ。


 障壁越しにフィーネと桜が驚いた顔をして俺を見ている。


「ラ、ライトさん、それって何ですか……?」

「これか? 説明するのは難しいな。そうだ! フィーネ、俺に向かって魔法を放ってくれ」


「な! 何を言ってるんですか! そんなこと出来る訳ないじゃないですか!」

「大丈夫、俺を信じろ」


 俺もこの障壁がどの程度の攻撃を弾くのか知りたいしな。

 フィーネが心配そうに話しかける。


「ほんとにいいんですか?」

「あぁ。全力で頼む」


 フィーネは渋々ながら俺の前に立つ。

 目を閉じて詠唱を始める。


「アグニ アグニ アグニス マルス……」


 どんな魔法が来るのか? 

 詠唱を終えフィーネは目を開く。


 覚悟は出来てる。さぁ来い!


「ファイヤーボール!」



 ゴゥンッ



 俺に向かって火の玉が放たれる! 

 でかい! フィーネすごいな! 

 こんな魔法も使えるなんて!



 バシュッ メラメラ……



 俺は業火に包まれる。直撃すれば致命傷は免れないだろう。


 直撃すればね……


 熱さは感じない。

 焔は障壁に絡みつくようにして俺を焼き殺そうとするが…… 

 周りの草花を焼くのみだ。

 はは、相変わらずだな。

 俺はこの能力に何度も助けられてきた。

 まぁゲームの中でだけどね。


 焔が消え、視界が開けたところで障壁を解除。

 桜とフィーネが心配そうに俺のもとにやって来る。


「ラ、ライトさん! 大丈夫ですか?」

「あぁ、なんともないよ。どう? これで信用してもらえたかな?」


 桜は呆れ顔で話しかけてくる。


「パパってすごいよね…… よくこんなこと考えつくね……」

「はは、誉め言葉も受け取っておくよ」


 これで役割は決まったな。

 フィーネの可能性について話したかったのだが…… 

 それは明日だな。


 俺達はくすぶっている地面に水を撒いてからテントに戻る。

 さぁ明日はダンジョンの未知の領域に挑む。


 皆、頑張ろうな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る