第5話
御供朔夜は僕の従姉にあたる人だ。同い年で、誕生月も四月で一緒だけど、朔夜の方が四日ほど早い。そのため、何かにつけて歳上面をしてくる。
父親同士でも兄弟間でライバル意識が強く、普段は温厚な父さんも弟が相手になると豹変する。
まあ、仲が悪いわけではないんだけど…。
どうにも、朔夜の方がそんな父達の姿を見て育ったらしく、幼い頃から会うたびに僕を挑発してくる。
まあ、可愛いところもあるからそこまで気にしてはいないけど…。
「流石に、今回ばかりは不味いよなあ…」
今の僕は女の子だ。いや、認めたくはないんだけど…。
そのことが朔夜にバレたら間違いなく絡まれる…。流石に、周囲に暴露することはしないと思うけど、暴露されない分何をされることか…。
そんなことを考えながら歩いている内に職員室についたみたいだった。
「失礼します。本日試験を受けた佐倉翼と申しますが」
試験は無事に、合格だった。
普通ならば、それから採寸して制服を作る必要があるので、一週間程は今までの制服を代用するらしい。しかし、僕の場合はなぜか既に制服が家にあるので、明後日からその制服で登校することになった。
入寮は明日のお昼に済ませることになり、寮監との顔合わせも明日に行うらしい。
帰路の途中、着替えたくて仕方がなかったが、服が無いものはどうしようもないので、大人しく女装のまま帰ることにした。
「あら、翼おかえりなさい」
「なんでいるんですか…」
いや、いても問題ないんですけど…。
家に帰ると、なぜか彩葉様が我が家にいた。
従者は住む家を渚家の私有地から無償で借りている。とは言っても、社宅のようなもので、家庭ごとに一室借りることができる。
僕は契約上、父さんの扶養から外れないようにお給金をもらっているが、扶養から外れれば僕も一部屋借りることができるらしい。母さんは扶養から外れているけど三人で暮らしているし、その辺りは自由が利くようだ。
「それよりも、翼。もう目覚めたの?」
「目覚めてません!…て、あっ!」
しまった、女装したまま帰ってきてしまった。
いつもお屋敷で着替えているから、私服も仕事着も向こうに置いたままだ…。
こんな姿を両親に見られたら、間違いなく引き籠る気がする。
「あら、翼。帰ってきた…の?」
時すでに遅し。キッチンから顔を出した母さんと目が合った。
彩葉様のお世話係になってから、僕の男の部分が傷付けられすぎな気がする。
「あらあら、翼ったら。彩葉ちゃんに見せてもらった写真よりも何倍も可愛いじゃない!私、娘も欲しかったのよ。だから、今日はお休みもらっちゃって。実は、彩葉ちゃんとお買い物してきたのよ」
僕の前で『ねー』と言い合う彩葉様と母さん。
え、何。知ってるの?
「大丈夫よ、湊くんには教えていないから。あの人、今日は夜勤で帰ってこないし、翼はお仕事でしばらく留守にするって言ったら信じていたわ」
母さんがなけなしのフォローをしてくれる。
まあ、同じ男の父さんに見られるよりはましだった、と思うことにしよう。
「で、買い物って、なにをしてきたんですか?」
「何って、それはもちろん」
「服に決まってるじゃない。翼、あなた女の子用の服なんて持ってないでしょう。明日には入寮なんだから、ある程度の服は必要でしょう」
彩葉様と母さんが答える。
まあ、確かに男物の服しか持っていないし、見られたら疑われるもんね。
ただ、なんでこんなに不安なんだろう。
「ふふっ。なあに、翼。そんなに気になるの?大丈夫よ、後で全部着せてあげるから」
「お写真は任せておいてね。湊くんのカメラ借りているから」
ニヤニヤと嬉しそうな、彩葉様と母さん。
これは、嫌な予感が的中しそうだ…。
「母さん、今日は僕がご飯作るよ」
「あらあら。それじゃあお願いしようかしら」
明日から僕は家にはいない。
帰らないってことはないけど、当分は会えなくなる。
父さんがいない、という意味では残念___いや、女装バレしないのはよかった___だけど、小さいけど親孝行はするに越したことはないからね。
「彩葉様も食べて行くんですか?」
「ええ、もちろんよ。家のご飯より美味しくないと許さないからね」
彩葉様の無茶振りを適当にあしらって、キッチンに入る。
「ご馳走様でした。美味しかったわ、ありがとう、翼」
なんとか及第点はもらえたようでよかった。
両親とも渚家で働いているのもあり、幼い頃は渚家の人たちにお世話になっていた。彩葉様と遊ぶこともあれば、使用人の方々のお手伝いをしていたので、家事に関してはそこそこ出来ると思っている。
「さて、翼。ご飯も食べたし、これからはお着替えの時間よ。湊くんに借りたカメラもちゃんと使わないとね」
「え、ほんとにやるの!?」
「当たり前じゃない。せっかく春華さんが選んでくれたんだから見せてあげないと失礼でしょう」
結局、全部着せられて、写真まで撮られた。
なんで全部、膝上丈のスカートなんですか…。
「こんなに可愛いくて足も綺麗なんだから、ちゃんと見せないとね」
娘になってしまった息子を見てうっとりとしている母さん。
息子が娘になってそんなに嬉しいかな…。
「気に入らないのなら、今度から自分で服を買うことね。レディースしか認めないけど」
彩葉様がニヤニヤしながら、話しかけてくる。この人は僕が自分で服を買えないとでも思っているのだろう。
いつも負けっぱなしは癪なので、たまには言い返してみよう。
「分かりましたよ!これからは自分で買います!」
「あら、そんなに長く女装するつもりなんだ。やっぱり目覚めちゃった?」
「なっ…!謀りましたね!」
「基本的には制服なんだから、そんなに服はいらないわよ。まあ、そんなに可愛い自分が好きになっちゃったのなら仕方ないけどね」
彩葉様がニヤニヤしている。やっぱりまだ、彩葉さんには勝てなかった。ちょっと考えてみたら分かることなのに…。
これからはもう少し自分の言動に注意しないと…。女装のことも、どこからバレるか分からないしね。
「さて。たくさん遊んだことだし、私は帰るわ。翼も明日の用意をしなさいな」
僕の女装ファッションショーからさらに数時間、時刻は十時を回っていた。
流石に泊まらせるわけにもいかないので、彩葉様をお送りするために立ち上がる。
「お送りしますよ」
「大丈夫よ。迎えは呼んでいるから」
それでも、下までお送りしますと言うと、彩葉様も頷いてくれた。
「あ、そうだ。なんだったら、あなたのバイクで送ってくれてもいいのよ?取ったのでしょう、免許」
「初心者期間ですし、未成年なのでまだ駄目です。そもそも、そんな格好で乗っていいものじゃないんですからね」
普通二輪免許は16歳から取得でき、両親の勧めもあって、僕はバイクの免許証を取得し、自分のバイクも持っている。
そういえば、バイクって持っていってもいいのかな。聞いておけば良かった。後で確認しておこう。
「それじゃ、翼。また明日ね」
「はい。おやすみなさい、彩葉様」
「あ、そうそう。明日は私も学校だから、学園には一人で行くのよ。もちろん、女の子の格好でね」
彩葉様から明日の予定をお聞きし、別れる。
わざわざ、女の子って強調しなくてもいいのに…。
とりあえず、明日は朝から一人で行動するみたいだし、お風呂に入ってからゆっくり準備しようかな。
入浴後、部屋に戻った僕は早速バイクの所持について、校則を確認するために学生手帳を探していた。
「え、と…学生手帳は、と。あ、あった」
早速学生手帳に書いている校則を読んでいく。基本的なのだと、染髪の禁止とか、携帯電話について。
なかなかバイク関連のは無かったが、途中に数行だけ書かれていた。
『自動車、自動二輪車の免許取得は本校に届け出のもと、受理する』
『自動車、自動二輪車は登下校時の使用は禁止するが、その他の使用は禁止しない』
『自動車、自動二輪車は寮に届け出のもと、定められた場所に駐車をすること』
よかった。とくに問題はないみたいだ。これで、免許の取得も禁止されていたらどうなるんだろう…。
「あれ、でも届け出って…免許証はいらないのかな…」
普通に考えれば、いる。
流石に確認しないわけにもいかないだろうし…。え、どうしよう…。
「ん?電話…彩葉様から?」
不思議に思いながら電話をとる。もう家に帰ったのだろうか、気の抜けたような彩葉様の声が聞こえてきた。
「あ、翼ー?言い忘れていたんだけど。バイク、乗って大丈夫よ。届け出は先にやっておいたから」
「え、あ、ありがとうございます。今ちょうどそのことを考えていて。助かりました」
「気にしなくていいわ。流石に免許証を見せるわけにはいかないものね」
それから、彩葉様は入浴されるとのことなので、もう一度お礼をしてから電話を切った。
考えてみると、彩葉様のお世話係になってから、助けられてばかりな気がする。もちろん、ある程度困らされてもいるけれど。
さて、準備をしないと。
服や日用品を頑張って押し込んだ結果、なんとかシートバッグとバックパックに収まった。
女の子の服って嵩張るなあ…。
あとは、バイクに乗るとき用の服と、プロテクター、ヘルメットを確認して…。
「よし、終わったあ」
やっぱり、準備って疲れるよね…。今回の場合、三年分の荷物を持って行くわけだし。
まあ、忘れ物があったらまた戻って来れる距離だし、今回はこれだけでいいかな。
その日は、準備を終えてすぐに寝ることにした。
普段は寝る時間じゃないけど、明日からは新しい生活が始まる。
まあ、実際は女装なんだけどね…。
恋咲く庭に想いを添えて 葵 七瀬 @aoi_nanase
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