第七話 増長! くたびれた冒険者は噂話にご満悦
耳に届く噂話に、カケルはニヤニヤと笑った。
「おい、聞いたかあの話?」
「ざっくりしすぎて何のことかわかんねえって」
「ばっか決まってんだろ! 黒い鎧のことだよ!」
「ああ、『マギア』だっけ? 今度はどうしたって?」
女将と看板娘が切り盛りする宿屋の食堂で、まだ若い冒険者が興奮した様子で仲間と話している。
「ほう、街道に現れた盗賊から乗合馬車を守ったのですか」
「ええ。ですがこの話には続きがありまして……『マギア』という冒険者は存在しないそうなんです」
「なんと、名をあげる機会を利用しないと。身分を明かせない立場の者ということでしょうかねえ」
「はは、どうでしょうか。ともかく、この街はマギアの噂で持ちきりですよ」
食堂にいた行商人も、ちょうどその話をしていたようだ。
正体不明で恐ろしく強く、人助けをする。
突如現れた『マギア』は、ダンジョン『不死の樹海』に近いこの街の人々の話題になっていた。
ある者は「よその街から来たSランク冒険者じゃないか」と推測し、またある者は「身元を明かせないお貴族様、もしかしたらウチの領主様かも」などとわかった風に話す。
ある者は「内密にやってきた『王家の剣』で、目的が違うから身分を明かさないんだ」と憶測を膨らませ、またある者は「知性あるモンスターの突然変異」などと根も葉もない考えを語る。
中には「超古代文明のマジックアイテム、もしかしたらゴーレムかも」と、ほぼ正解を言い当ててる者もいた。
「ね、カケルはどう思う? 『マギア』って何者なんだろう」
「さあなあ、俺にはぜんぜんわかんねえよ」
二十二年もお世話になってきた看板娘に聞かれても、カケルは「それは自分だ」と明かさなかった。
正体を隠して人助けをして悦に浸っている、わけではない。
四十を迎えて引退を考えていたEランク冒険者だったカケルが、超古代文明のマジックアイテム一つで強くなった。
もし知られたら、カケルは
うだつの上がらない冒険者生活で溜まった鬱憤を晴らして、満足したら冒険者も人助けも引退して、後々お金に困ったら
それが、いまのカケルが思い描く未来だった。
(なぜ秘密にするのですか?)
(あん?
(常時、機能解放すればいいのでは?)
(おい、人間にゃメシを食う時間も寝る時間も必要なんだよ。あの格好じゃやりづらくてしょうがねえだろ)
「カケル? ちょっと、話聞いてる?」
「ああ、すまねえすまねえ、疲れてんのかな、ぼーっとしてたみたいだ」
「もう歳なんだから無理しないでね?」
「おいおい誰が歳だって? 俺は四十だけどまだ中身も体も若いから」
(人間の四十歳は若くはないと理解しています)
(うっせ。人の会話にいちいち入ってくんな、アルカ)
カケルの頭の中に
カケルが見つけた
つまり機能解放——変身しなければ、冒険者であるカケルが常時身につけていてもおかしくない。
幸いなことにカケルの元の装備は目立たない黒系だったため、黒を基調にした
(それにしても……おまえ、アルカって名前つけてから人格が生まれてねえか? 最初はもっと無機質だったような、それにこのイメージは)
(理解不能です。私はアルカです)
(そういうとこだぞ。まあ名前が気に入ったんならいいけどよ)
「ちょっと、カケル? ホントに大丈夫?」
「大丈夫だって。マジで、最近調子いいしな」
「稼いでるみたいねー。調子いいのはいいけど、調子に乗らないようにね?」
「ははっ、大丈夫大丈夫」
(いえ。
(ひっでえなおい)
カケルと
いつもと違うカケルの様子に、宿屋兼食事処の看板娘が不審がるのも当然だろう。
「そう……防具も新調したみたいだけど、ほんと気をつけるんだよ? 身の丈に合わない道具に振り回されたら大変なんだから」
「あー、そうだな、気を付けねえと。まあ『生き恥』の名にふさわしく、意地汚く生き残るさ」
(この娘は慧眼です。賢者でしょうか。このような者に発見されていれば私は)
(おいどういうことだアルカ。俺に冷たすぎるだろ)
(
(……は? いやアルカは俺のモノだろ?)
(
(おいおい初耳だぞ。どうやれば
(借り物の力で調子に乗る
「あの、カケル? 食事は運んでくから、今日は部屋で休んだら?」
カケルと
つまり、看板娘がカケルに話しかけているのに、聞き流してぼーっとして、時おり反応して返事をしている状態だ。
優しい看板娘が心配するのも当然かもしれない。
「すまん、ちょっといろいろあってな、そうさせてもらうわ」
「うん、あんまり思い詰めないでね? 装備を新くしてお金が心配なんだったら、ウチは少しは待てるから」
「あー、それは、それだけは大丈夫だから。いやほんと」
看板娘の言葉を遮ってカケルが立ち上がって部屋に向かう。
いつもなら「もったいない」と必ず飲み干されるワインもそのままだ。
ひらひら手を振るカケルの背中を、看板娘は心配そうに見つめていた。
常連客と従業員として二十二年もの時が経つのに、初めて見るカケルの姿を。
四十を迎えてカケルが最後のダンジョンアタックに向かった日から、偶然
「帰還か引退か」と決めてかかったのに、カケルはいまも冒険者を続けている。
冒険者として過ごすだけではない。
これまで打ちのめされてきた現実から逃避するかのように、カケルは、まるで幼い頃に憧れたヒーローのような行動を続けていた。
『不死の山』の稜線に帰れない故郷を思い出して涙を落とした、くたびれた冒険者は、もういない。
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