第2話 邂逅と少女
シャティラ魔法学院に入学して三ヶ月、度重なる授業や日常を経ても、友達が出来る気配すら無かった。
彼ら彼女らは僕のことを見て、没落とか汚らわしいとか言う。
毎日欠かさず風呂に入っているのだが。
しかし、ここまでエクス家が迫害されていたなんて、思いもしなかった。
僕は学校生活で孤独なので、当然授業でも孤独の作業になる。
例えば、体育の授業では、基本的にペアでの行動になる。
僕はそこで、通称ゴング先生とペアを組むことになっている。
理由は明白なのだが、他にも入学早々休んでいる生徒が一人いるので人数が合わないのも一つの理由らしい。
僕も自主的に生徒とペアを組もうと働きかけているのだが、結局最後の一人になる。まあ当然だろう。
僕の魔法の腕はどうかというと、実践のテストでは毎回中の上くらいと、微妙な腕前だ。独自性については光るものがあるらしいが、基本的な魔法の力が他より弱いとのこと。
例えば、この歳になると、ファイアの上位魔法を使用できる人がほとんどだ。僕は下位魔法どころか、指先に微弱な炎しか出せない。
最初はみんな、下位魔法しか使えない。
しかし、知識量や魔力、体力を上昇させる為の努力を重ねてようやく上位魔法が使えるようになる。
シャティラ魔法学院の連中は揃いも揃って努力家だったり天才が多い。
僕は違う方面で優れていたらしい。
僕は入学の為の筆記試験が、一科目以外は満点だった。それが功を奏し入学に至ったのだろう。ただ、使役する魔法はこの学院に相応しくないほど微弱なものだ。
僕なりに努力した結果がこれなのだと、受け入れてはいる。僕が緻密に練った自主トレメニューが悉く無に帰していることだって僕の力不足だと納得している。
今日の自主トレもきっと、意味のないものになるに違いない。それでも必死に続けることこそが、『僕』を高める材料になると確信していた。
僕は放課後、シャティラ魔法学院の裏庭のさらに奥に位置する小さな森、シャティラの森に向かっていた。都市開発計画が進んでいるのもあって、森が占める面積は学院より少々大きいほど。
そのため野生動物が少ししか存在せず、それでいて自然が豊かな森として、学院では私有化せずに保護の対象のみとしている。
僕はシャティラの森を少し進んだ先にある、特殊な植生によって林床が更地になっている広場のような場所で自主トレを行なっている。
ここには人が寄り付かないし、私有地ではないので、トレーニングにもってこいだし、自主トレの道具を保管できる。ただ、授業で使う教科書などは学院内の自分のロッカーに置いてきている。自主トレ道具を持ち帰る必要がある時に、荷物が
五日前から続けている魔力増大トレーニング。その内容は、魔力をもう一つの体内倉庫に蓄え続ける魔法『エハルス』。魔法使い全てに備わっている本来の魔力貯蔵庫の限界を一時的に超える魔法『クーザリ』の二つの魔法を使い、僕が貯蔵できる魔力を増やすトレーニングをしていた。
これは単に、貯蔵できる魔力量の限界を超えるのではなく、限界を超えた上で、貯蔵可能魔力も増やすという効率特化型のトレーニングだ。
『エハルス』には、使い続けると体内で爆発が起こり、体内倉庫に貯蔵した魔力が、身体のありとあらゆる穴から噴き出てしまうという特徴がある。その爆発を抑えていられるのが前提だ。
それが魔法使いに備わるもう一つの倉庫なので、魔法使い生命自体に支障はない。
しかし、『エハルス』と『クーザリ』を応用的に併用すると、元来備わる魔力貯蔵庫が爆発する可能性がある。そうなると、魔法使いの魔力は時が経つにつれて減っていき、最後にはどんな魔法も使えなくなってしまう恐れがある。
本来ならば、自然に増えていく魔力も、体内で爆発したことによって生じた貯蔵庫の穴から噴き出てしまうのだ。
繰り返し言うのも恥ずかしいが、僕が使う魔法は微弱なものだ。
故に、限界が胃や膀胱のように徐々に広がっていく。
上等な魔法使いでも時々魔力の流れが強くなり、集中が切れる。僕のような下等な魔法使いか、魔力量を細かく調整できる超上等な魔法使いしかできない特訓なのだ。僕にとってはテクニックやらが必要ないため、気合と根気だけを意識すれば良い。
今日のメニューは、『クーザリ』を長時間使用するための精神集中だ。
僕が『クーザリ』使用のため、胸の前に手を広げて唱えようとすると、僕の身体全体を覆う影に気づく。
空を見ると、髪の長い人がいた。いや、人が落ちてきている。
まるで太陽から落ちてきたように思えた。一瞬の錯覚を振り払い、すかさずその場から半歩分避けた。少女の落下点に僕の腕を伸ばす。
僕の腕に衝撃が渡ったのち、小さな風が起こり、髪が右肩にかかる。
腕の中には、白くて長い髪を持つ小さな少女があった。少女の手首には奇妙な絵柄の時計が付いたブレスレットを身に付けていた。
少女の白い肌に傷や汚れが目立つ。
空でこのような傷はつかない。この子は転移魔法を使ったと考えられる。
転移の先が空とは不幸なものだ。気絶するのも当然だ。
僕が一人納得していると、少女のまぶたが少しずつ開き始めた。
「あ。...大丈夫か、君」
この子が何者かについて考えを巡らせていたので、少しの間呆気にとられていた。
少女の虚ろな眼に、わずかに光が宿り始める。その眼球は透き通るような緑色だった。
その反面、少女の喉から絞り出される声音はほとんど聞こえないものだった。
「あなた...たすけ...」
「あん?」
僕は少女の声が聞き取れなかった。
「はやく...かえらな...いと...!」
少女の細い腕が僕の胸を叩いて抑えつける。
「いや、でもこれから自主トレあるし...」
続けることが必須のこのトレーニングは、一日サボるだけで成功時の効果が薄れたり、一からやり直しになる可能性がある。今日は『クーザリ』を唱えてすらいないのに、帰るわけにはいかない。
「だめ...!」
少女は手足をジタバタさせ、手が僕の顔を何度も叩きつける。
「いてっ!暴れるなって!」
「もう...時間がない!」
一体何の時間がないのだろうか。
少女の言葉と慌てる様子が理解できず、少女を抱えたまま僕は首を傾げていた。
その時、僕の足元から白い光が湧き始める。白い光は徐々にその数を増やしていき、僕と少女を包み込んでいった。
少女は僕の身体に手を回し、声を上げる。
「お願い...間に合って!」
そして、そんな少女の声と共に周囲の景色が一変した。
目の前に広がるのは、僕の自宅だ。少女を抱えた状態を保持したまま、僕は自宅前に転移したらしい。
少女は寝息を立てて、すやすやと眠っていた。
ふと、僕はシャティラの森がある方向へ頭を向けた。その辺りで爆音が轟いたからだ。
僕はその時、命というものが儚い物と思い知った。少し時間が
僕たちがこのまま転移せずに森の中に
燃え盛る炎の中で、人知れず灰になっていただろう。
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