第3話 客人は霜降り肉と共にやって来たらしい

 警察官に状況説明を済ませ、俺は玄関の中へと入る。

 複数の客人が来ているようで、見慣れない靴が何足もあった。リビングからは妹とその友人たちの笑い声が聞こえている。


 俺はリビングを覗いてあいさつをした。


「こんばんは。今夜は女子会かな? ゆっくり寛いでね」

 

 俺はやや引きつった愛想笑いを浮かべていた。

 それはそうだろう。愛しの掘り炬燵が妹たちに占領されているのだから。


「お兄様、お帰りなさい」


 すくっと立ち上がった眼鏡っ娘の有原波里ありはらはりが俺の右手を握ってきた。


「今からすき焼きパーティーするの。お兄さんも一緒に食べよ」


 俺の左腕を掴み豊かな胸を押し付けてくるのは黒田星子くろだせいこだ。


 この二人は妹の親友でちょくちょく泊まりに来ている。


「馬鹿兄貴、さっさと着替えて来な。早くしないと牛肉がなくなっちまうぞ」


 相変わらず生意気なのは妹の綾川知子あやかわともこだ。

 他にも二名、見知らぬ人物がいたのだが、とりあえず無視して二階の自室へと向かう。

 しかし、今夜はどうしてすき焼きパーティーなのだろうか。金額的に女子高生が用意する料理ではない。

 俺はいつものジャージに着替えリビングルームへと戻った。例の掘り炬燵の上にはカセットコンロが据えてあり、その上にはすき焼き用の鍋がセットされていた。


綾川和也あやかわかずや様ですね。初めまして。私はアル・ファールドと申します。三谷先生と親しくしていただいている者です」


 アル・ファールドと名乗った男は白人で栗色の髪を刈り上げている。そして、頭の上に猫耳がひょこんと飛び出している。


「私はシファー・マラク。モモエさんと仲良しなの」


 彼女は中東の人だろうか。黒い直毛を肩まで伸ばしていて、褐色の肌と大きな瞳が目立つ美女だ。モモエとはあの高価なトラントロワ型自動人形の名だが、彼女も何故か頭のてっぺんに猫耳を付けている。二人共かなり怪しい外国人と言う印象だ。


綾川和也あやかわかずやです。よろしくお願いいたします」


 俺も型通りの挨拶をした。この二人は妹の通う学園の教師、三谷朱人みたにあけひとと親しいらしい。三谷はトラントロワ型自動人形の製作者であり、この素晴らしい掘り炬燵の発明者でもある。この掘り炬燵は四次元仕様なのだ。不思議な事に、フローリングの床にセットしても掘り炬燵になる。こんな物を開発した教師は怪しい人物筆頭な訳だが、その三谷と親しいアル・ファールドとシファー・マラクも相当怪しい人物だと考えて間違いなさそうだ。頭のてっぺんの猫耳も含めて。


 俺は星子と波里に手を引かれ、コタツの中へと足を突っ込む。

 フローリングで真っ平なはずの床には何故か穴が開いており、脚を曲げて座ることができる。

 これが愛しの掘り炬燵。

 途端に足が温かくなり、体全体がポカポカと温まってくる。俺はしばし、恍惚感に浸ってしまう。


 この掘り炬燵は長方形で大きめサイズだ。少し詰めれば大人が三人が並んで入ることができる。俺は星子と波里に挟まれるような格好で炬燵に入った。

 正面には例の外国人二人組。左には我が妹の知子。右にはトラントロワ型自動人形という配置だ。自動人形は鍋に野菜や豆腐などの食材を適時追加し、その都度カセットコンロの火加減も調節している。アンドロイドのくせに、なかなか細かい気配りができるのには感心する。


「このお肉はね、長州和牛なんだって。霜降りのロース」

「アル・ファールドさんとシファー・マラクさんが持ってきてくれたの」


 星子と波里が教えてくれた。

 長州和牛と言えば、ロシアのプーチン大統領が来日した際に振舞われたという高級牛肉ではないか。こんな良い品を持ってくるあの二人はきっといい人に違いない。俺は咄嗟に、先ほど心の中で呟いた無礼を詫び、これからももっと仲良くしてほしいと思った。


「って事だ。アル・ファールドさん、シファー・マラクさん。どうもありがとうございます」

「ありがとうございます」


 妹に続き、俺も礼を言った。

 

「そろそろお肉が煮えてきたようですね。皆さまどうぞお召し上がりください」


 鍋を菜箸でつつきながら、自動人形が宣言した。


「ちょっと待ってください」


 肉をつまもうとした皆の手が止まる。

 声をかけてきたのはシファー・マラクさんだった。

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