シュレーディンガーの猫と有馬記念

第1話 マッハは時間も跳躍するはずだ

 昼休みの理科準備室。隅の方では石油ストーブ上にのせてあるヤカンから絶えず蒸気が噴き出している。

 いつものようにお弁当をパクパク食べているのは三谷の教え子、黒田星子くろだせいこだ。星子と一緒に準備室に来ていた有原波里ありはらはり綾川知子あやかわともこは既に弁当を食べ終わっていた。波里はスマホの画面に夢中だし、知子はPCのモニターを睨みながらキーボードを叩いている。


「マッハのパーツって少ないよね。ゼッツーとは大違いじゃないか」

「見たな。貴様の目玉をえぐり取ってやる」

「この胸、最高ですう」

「ふははははは。これだ、これしかない」


 四人が四とも各自の世界に浸りっていた。この準備室では、お互いに干渉しない事が暗黙の了解となっている。

 星子は妄想に浸ってアニメのセリフを喋っているし、波里は巨乳キャラが胸を揺らしている美少女ゲームに熱中しているし、知子は某オークションサイトでバイクパーツの検索をしている。そして三谷が眺めているのはこの資料だった。


◇◇◇◇


2017年「第62回 有馬記念」出走表


馬番、馬名、単勝オッズ、性別、馬齢、斤量、騎手


①ヤマカツエース 24・6 牡5 57 池添謙一

②キタサンブラック 1・9 牡5 57 武豊

③クイーンズリング 33・1 牝5 55 C・ルメール

④ブレスジャーニー 71・7 牡3 55 三浦皇成

⑤トーセンビクトリー 159・5 牝5 55 田辺裕信

⑥サトノクロニクル 70・7 牡3 55 戸崎圭太

⑦シャケトラ 29・6 牡4 57 福永祐一

⑧レインボーライン 44・7 牡4 57 岩田康誠

⑨サクラアンプルール 72・9 牡6 57 蛯名正義

⑩シュヴァルグラン 6・7 牡5 57 H・ボウマン

⑪ルージュバック 55・4 牝5 55 北村宏司

⑫サトノクラウン 9・8 牡5 57 R・ムーア

⑬ミッキークイーン 19・6 牝5 55 浜中俊

⑭スワーヴリチャード 4・5 牡3 55 M・デムーロ

⑮カレンミロティック 204・8 せん9 57 川田将雅

⑯サウンズオブアース 132・9 牡6 57 C・デムーロ


[着順]

1着②キタサンブラック 牡5 57 武豊 2分33秒6

2着③クイーンズリング 牝5 55 C・ルメール 1馬身1/2

3着⑩シュヴァルグラン 牡5 57 H・ボウマン ハナ

4着⑭スワーヴリチャード 牡3 55 M・デムーロ クビ

5着⑪ルージュバック 牝5 55 北村宏司 1馬身1/4


[払い戻し]

単勝

② 190円

複勝

② 120円

③ 550円

⑩ 180円

枠連

1⃣-2⃣ 1600円

馬連

②-③ 3170円

ワイド

②-③ 1180円

②-⑩ 280円

③-⑩ 2760円

馬単

②-③ 3810円

三連複

②-③-⑩ 5430円

三連単

②-③-⑩ 25040円


◇◇◇◇


 三谷はその資料を眺めながら不敵な笑みを浮かべる。


「ふふふ。枯渇している研究費を充当する絶好の方策を思いついた。このあいだの屈辱を晴らしてやるぞ」

 

 その話に知子が食いついてきた。


「え? ミミ先生どうやって稼ぐのさ。あ、ついでにマッハのパーツも仕入れてくれる?」

「うむ。儲かればな。星子は何か欲しいものがあるかな?」

「私は2TBのハードディスクかな。アニマックスを録画しまくるから」

「ふふふ。そんなものは即買ってやる。儲かればな」

「ミミ先生。何ニヤニヤしてんだよ。本当に儲かる話があるのかよ」

「ある」

「平和など幻想にすぎない」

「星子黙ってろ。で、どうするのさ」


 相変わらず妄想にふける星子を制して三谷に詰め寄る知子。

 にやけ顔の張り付いた三谷は胸をそらし自慢げに返事をする。


「ふふふ。先月の実験で、マッハが光速を超える事が実証された」

「そうですね」

「それは、マッハが時間軸に対して駆動力を持っているからだ」

「うん、ミミ先生の話ではそうだった」

「それはつまり、時間を超える能力があるという事なのだ」

「時間を超えてどうするのさ」

「強盗して逃げちゃえば捕まらないとか。うわあ。極悪」


 三谷と知子の会話に波里が割り込んできた。


「強盗などするわけがないだろう。競馬、競馬だよ。これは昨年の有馬記念の出走表だな」


 知子と波里がその出走表を眺める。


「そういえば、ミミ先生って去年の暮に盛大に外したって自慢してましたよね」

「そうそう。馬鹿だなって思ってたよ。それじゃあ結果が分かってるレースの馬券を過去にさかのぼって買う。そして儲けるって話?」

「さすがは綾川。察しがいいな」


 弁当を食べ終わった星子も会話に参加して来た。


「大佐は競馬なんかやっても絶対に儲からないって言ってるよ」

「星子の言う通り、普通はそうなんだ。結果は見えない。でも、あらかじめ結果が分かっているなら100パー的中するって事じゃん」

「なるほどー。それは心強いですね」


 知子の言葉に波里が頷く。


「後はマッハが正確に過去にさかのぼれるように調節しなくてはいけない」

「また改造するのかよ」

「ふふふ。その通りだ。集合は今夜8時。遅れるなよ」

「行っても手伝えることないだろうけど、面白そうだな」

「うんうん。前回は立会えなかったからワクワクする」


 知子と波里は有頂天になって笑っているのだが、そこへ神妙な表情で星子が突っ込んで来た。


「調子に乗るな、このクソガキが」

「何訳わかない事言ってんだよ。それ、大佐のセリフ? ギー先生を釣らなきゃいけないから星子も来いよ」

「了解しました。大佐殿」

「私は大佐じゃないんだけどな。面白そうだなミミ先生」

「ふははははは。時空を超えて大金を掴むのだ。ははははは!!」


 理科準備室に三谷の笑い声が響く。この時、通りがかった教頭に注意されたのだが説明する必要はないだろう。

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