第7話 禍は忘れたころにやってくる

 呼び出された場所はカウンセリングルームだった。何かやましい事でもあるのだろうか。私にはない。あの告白の件が、少し恥ずかしいだけだ。


 部屋に入ると、担任のギー先生こと田中義一郎たなかぎいちろうと副担任のミミ先生こと三谷朱人みたにあけひとがいた。


「昨日、三谷先生に空き缶を投げたのは君だね。見ていた生徒がいたんだよ」


 真っすぐに私を見つめ、ギー先生が話しかけてくる。


「違います。私は空き缶なんて投げていません」


 嘘はついていない。私は空き缶を蹴ったのであって投げてはいないのだから。


「本当に投げていないんだね。しかし、あの時、中庭にいたのは君一人だったとの証言があるのだが」

「もう一度言います。私は空き缶を投げていません」


 困り顔のギー先生との、やったやらないの押し問答になった。しかし、私は「投げていない」の一点張りで抵抗した。これでも嘘はついていない。


「じゃあそうなんでしょう。わたしはこれで」


 ミミ先生はカウンセリングルームから出ていった。後頭部をさすりながら。あの空き缶はミミ先生の後ろ頭にクリティカルヒットしたのだろう。それは気の毒だったと思うし心も痛む。

 私も部屋を出ようと立ち上がったのだが、ギー先生は片手で制した。


「君にはもう一つ聞きたいことがあるんだ」


 ギー先生は私をじっと見つめていた。そしておもむろに話し始めた。


「率直に聞くよ。君は黒田星子と付き合っているのか」

「私が誰と付き合おうが先生には関係ありません」

「いや、やはり女子生徒同士での交際は問題があってね」

「問題って何ですか?」

「いやね。今、クラス中で噂になっていてね。保護者から問い合わせもあったんだ」

「関係ないと思いますけど。援助交際とかしてるわけじゃないし、校則にも法令にも違反していません」


 何を考えているんだ。ギー先生がこんなに馬鹿だとは思わなかった。悪い噂。他の生徒への悪影響。いじめに発展する可能性。ギー先生の話す内容に、納得できる理由は何もなかった。


「それと、勘違いして欲しくないんですけど、私は星子に告白しただけです。まだ返事をもらってないし、正式に付き合ってるわけじゃないんです」

「分かった。特に問題はないのだと」

「そうです。私、何もしてませんから」


 少し腹が立った。それが顔にも出ていたのだろう。ギー先生の表情に少し暗い影が見えた気がした。


「ではこれで失礼します」

「ああ」


 私は席を立ち、カウンセリングルームを後にした。


 部屋を出ていくときちらりと振り返ったのだが、ギー先生は安堵したような表情を見せた。私を厄介者扱いしているのだろうか。あまり良い気分ではなかった。

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