SOL.5:既知との遭遇

 ピュゥン!ピュンピュンピュゥン!!



 縦横無尽に飛ぶドローンが、蛇行して走っていたザジタリウスを蜂の巣の残骸へ変える。


『ハイ、これで1億2000万ゲッツ!!

 弟の戸籍ゲットだ!!』


『戸籍って……あの戸籍!?』


『他に何があるんだい新兵のお姉ちゃんさー。

 火星にはねぇ、私たち子供の大半が戸籍もないし更には予防接種にうん十万は必要な場所もあるんだじぇ?』


 嘘でしょ、ともう攻撃対象は見えないとはいえ、つい立ち止まった萌愛はそう呟いてしまう。


『彼女のいう言葉は本当。火星は、かつての地球と同じく……いや、今現在の地球とも同じく貧富の差は激しい』


『私みたいなのでも、裕福な家庭の出って言えるわよ?

 CDプレイヤーを持っているだけで虐められて喧嘩してぶちのめしたことぐらいは』


『この前、会社のテレビでブーステッドの子のニュースで『非人道的な扱い』って言ってたけど、何処がって感じだよねー?

 確実に付ける職業に温かいご飯が毎日食べられる生活が非人道的なら、私の地元はきっと本物の地獄だね。


 クローンや再生細胞手術を受けられるなら、受けたかったよ。

 ぶっちゃけ今の身体高いんだよね、手術費ケチったから!』


『…………』


 おどけていうには、地球出身の萌愛には重すぎる。

 察したリュカはため息をついてしまった。


『…………そんなにショック受けなくていいぞー?

 幸せな人を妬むのなんて、一番きて欲しくない神さまナンバーワンの貧乏神を呼ぶんだからしないよう。

 幸せな人が幸せに生きていれば、幸せの分け前を勝手に落としてくれて私達貧乏な人間にも少し幸せが貰えるのさー』


『…………ボクは…………自分のことを幸せだなんて…………思いもしなかったんだ…………地球にいる間……ずっと……』


『随分いいポエムね。ポール・マッカートニーも思い浮かばないわよ』


『茶化さないでよ!!』


『茶化すのが正解だよ、当事者にとってはさ』


 リュカのやれやれと言ったトーンの声に、言葉が詰まる。


『…………』


『どうせねぇ、貧困や格差なんて当たり前に起こるのよ。

 人間は基本クズ。ソロでバラバラに活動してりゃどいつもこいつも地味かクソかやらかすか、ロクなもんじゃないわ。



 でも一つの目的に皆が取り組んでいるうちは、一味違う『スパイス・ガールズ』になれるのよ。



 分かったら、余計なこと考えないで上から監視を続けるわよ、いい?』


『…………分かったけど……スパイス・ガールズって何かのバンドですか?』


『は!?知らないの!?!スパイス・ガールズよ!?!!?


 うっそでしょ…………分かったわ、今『ワナビー』流すわ』


『わなびー?』


『スルーズ1、いくらなんでも戦場でワナビーを流すのは場違いすぎる』


『スパイス・ガールズって言ったらどうしたってワナビー通らなきゃ行けないでしょうが!!』


『だからわなびーって何さ!!』


『よっしゃあ!!ディスク私物セット!!』


 そうして突如戦場の真上から、かつては一世を風靡していた陽気なリズムの曲が流れ始めた。


          ***


 さて、場所は下へ、雷鳴轟く黒い噴煙の中。




『うわぁ…………こりゃ音響センサーの方が良』


 ビシャァッ!!


『どわぁっ!?

 勘弁してくれよ、あたしゃか弱い乙女だから雷は苦手なんだよなぁ!』


 ヴェロニカ機のダンデライオンが率いる捜索班4機の近くに、ガラティーンのMAP-Wの影響の帯電現象による雷が落ちる。


「木星圏みたいな電磁パルスだなぁ……帰ったらセンサーとパルスガード担当整備兵が泣くかも」


『あらまぁ。

 そういえば大尉たしか木星圏で戦ってましたのよね?』


「エウロパ奪還作戦は本当、死ぬかと思ったの連続だったよ。

 テラフォーミングの弊害か、降りてすぐ酷っどい雷付きブリザードの中でエウロパで出撃したこともあったって思い出した」


『そ、それって、人間が出来る事なん、ですかぁ……??』


「…………五体満足で帰ってきたのは私だけだった」


 ジョアンナの短い悲鳴が通信機から響く。

 が、残念ながら事実だった。


『辞めましょうぜそういう話ぃ!!

 そら、あたしも砂漠から密林までこの懲役従軍3年で色々経験したっすよぉ?

 でもそんな背筋凍る話は無しっすよナシ!!

 なぁシャルお前もなんか言えよ』


『………………、

 これは、少し前に営倉で知り合った兵士さんがお話ししてくれた事なのですけれどもね。

 ちょうどこんな悪い天気の時分と言ってましたかしら?

 冥界とつながる周波数ってご存知?

 今は誰も使わない、旧帯域のラジオ無線に、こぉんな雷の日に繋ぐと、』


『このクソアマァ!?!

 アタシゃそういうホラー話がクッソ嫌いって知った上でやったなゴラァ!?!』


『やめてくーだーさーいー!!

 夜にトイレ行けなくなっちゃうー!!』


 意外なことを言うヴェロニカと、子供ゆえにそう言うのを信じているらしいジョアンナが叫ぶ。


「…………ねぇ、ヒルド2?」


『あら、何かしらオルトリンデ1?』


「…………まさかと思うけどその周波数、79.5MHz?」


『あらご存知でしたの?』


「ご存知というか…………合わせてみて?」





 嫌な予感はこの時からしていたが、合わせざるを得なかった。


 ─────結論から言って、混線や砂嵐の音じゃない、何か規則正しいパルスがそこから聞こえてきた。




『『『…………』』』


「調査開始」


『『『撤退しましょう』』』


「ダメ!規定上、シュバルツと思わしきエイリアンの痕跡を逃すわけにはいかないから!」


『嫌だー!!これ絶対幽霊っすよ!!』


「私だって怖いけど行くしかないでしょ!

 電磁パルスが酷いから、ヒルド2は早くダンデライオンで場所を特定して!!』


 畜生、と涙声で呻きながら、のそのそとヴェロニカのダンデライオンが前に出る。


 皆足取りが重い中…………目的地へ進む。


          ***


「うへぇ…………地形が……!」


 ヒルド1、こと凪の操るダンデライオンは、恐らく敵のネストのあった位置─────巨大なクレーターと化した場所から頭部センサーを覗かせて呻く。


『これでは敵も跡形もあるまい。

 本当に救難信号が出ているのか?』


「正確に言えば、幽霊のラジオ放送でありますよー」


『は?』


「ご存じないので?今では誰も使わない旧ラジオ放送帯域から聞こえる謎のパルスの話。

 シュバルツが現れてからたびたび『聞こえてくる』んですよー」


『そんなくだらない噂を信じているのか?』


「信じているもクソも、これがシュバルツの信号なのは間違い無いと断定しているので」


 何、とジャネットが聞き返そうとした瞬間、凪の操るダンデライオンが片腕を上げて全員の足を止めさせる。


 煙の中、40mほどの近く、


 原型を留めている岩の近く、人型の何かの影がある。


『ヒルド1、あれって……?』


「はてさて、今回は『中身入り』でござるかねぇ?」


 そこには、下半身が半ば吹き飛ばされ、二足歩行のようになったザジタリウスが一機。


 恐る恐る近くと、ギギギギ、と音を立てて頭部カメラをこちらに向け、もはや何も保持できない右腕を助けを求めるようにこちらに向けた。


          ***


『……マジでいたよ……信じられねぇ』


 合流したルル以下の4機。

 皆が見守る中、破損したザジタリウスのコックピットと思わしき胸部を慎重にシースルーブレードで切っていくジャネットのワイルドボア。


『落ちるぞ。諜報部の人間以外よけろ!』


「いや自分も避けますって」


『チッ』


 ドシィン、と落ちた装甲を、下で見守る凪、フェリシア、志津。


 空いた内部機構を凪が特殊な双眼鏡で見ると、そこには……




「……ハズレ、ですかー」



 そこには、見慣れた丸い自動掃除機のような姿の機械───ピコピコが、どこか壊れたのか一部をスパークさせている。


『ダメか……いよいよ、エイリアンとご対面と行きたかったが』


「……あの子、どこか怪我しちゃってるんですか……?」


 つい、なのか幼い感性のままにそう声をあげるフェリシア達の前で、何故か座席を離れたピコピコがふらつきながら歩き出し、落ちる。


「あ……!」


「ちょ、准尉!」


「フェリシアちゃん!?」


 つい、走り出すフェリシア。

 しかし、距離があるため間に合わず、そのピコピコは地面へ逆様になって落ちる。


 ガシャン、と一度跳ねて背中の方を向けて落ち、ビクビクと4つの脚を震えさせる。


「あぁ……!」


 駆け寄ったフェリシアがそのピコピコを持ち上げる。


「……ピ……ピコ……!」


「生きてる……?」


「あー、まだ機能は生きてるようでー」


 と、駆け寄った凪もそれを見て判断する。

 さらには、ひょいと持ち上げて破損した箇所を見る。


「…………なんか基盤バチバチ言ってるまでは分かりますがねー……」


「あのっ……!」


「ストップ。言いたい事は分かりますが、その先は言っちゃ行けないでしょう?」


「まだ何も……!」


「敵を助けるのでござるか?」


 気怠げでありながら鋭い瞳と、図星そのものの言葉を吐く凪。


「!

 …………ッ!」


 フェリシアは、押し黙るしかなかった。





「いや、悪いだなんて言いませんよ」




 しかし、凪は続けてそんなことを平然と言う。


「え……?」


「私、このいつも見ているピコピコちゃんに『興味』があるので……誰か!機械に強い人います?」


「じゃ、じゃあ私が!」


 と、通信を入れるも一番近くにいたフェリシア本人がが手を上げた。


「出来るのですか?」


「BB応急修理技能検定持ってます!」





 一応BB用の修理キットだったが、ピコピコは問題無く数分で修理できたようだった。


「これでよし……ピコピコちゃん自身、ナノマシンのようなもので多少自己修復されるみたいですけれども……

 今回は、基盤がいくつか割れてどこかに行ってたみたいで」


「それ人間で言うと?」


「強いて近いのを言えば……頭蓋骨の骨が見えている傷です」


「……言い方は変ですが、麻酔なしで?」


「痛くはなかったみたいですが……」


 バッテリーから伸びるケーブル口(?)のあたりの端子に繋げたピコピコは、まるで生きているかのようにぐったりしている。


「麻酔なしの経験があるのですが、おおよそこんな感じになるでござるよなー……怖い」


「あはは……機械なのに心苦しいかも……」


「しかしまぁ、手先が器用で」


「……よく、ファーザーに怒られるぐらいこう言うのをバラバラにしちゃってて……

 でもファーザーはこう言ってくれたんです。


『いつか闘いたく無くなったとき、どう生きるかの道標になるから、ちゃんとした資格も取っておきなさい。

 それと、はやくバラバラにしたものを直せるように。

 冬にエアコンが使えないのは辛いからね』


 って」


 はにかんで言うフェリシアは、どこか懐かしむような目をしている。


「なるほど…………らしい良いスキルですなぁ」


 ポンポン、と少しだけ微笑んで頭を撫でる凪。

 思わずびっくりした顔になり、子供扱いされてムッとしているうちに、ピコピコが捕獲用ケースに入れられる。


「さて、ここからは『誰』がこのピコちゃんを取りに来るかが重要になるでしょうな」


「?」


「アレ、言ってませんでした?


 このピコちゃんは仮にもシュバルツ。


 


 内部検査できた人間は


 そう、フェリシアちゃん以外は」


 あ、と言いかけたフェリシアの口に、凪はしー、と人差し指を当てて塞ぐ。


「つきましては、


 フェリシアちゃんにはお頼み申し上げ〜ることが一つ」



          ***


『良いのですか、大尉?

 准尉のやったことの黙認はともかく、諜報部のやつに好き勝手させて』


「私は凪さんの事信じてるよ。まだ会って数日だけどね。




 もし私が部隊内に信じられない相手がいるなら、

 たった一人しかいない」




 ふと、ルルの漏らした言葉に、無線越しに皆が何かを感じて押し黙る。




『────こんな奥にいたのか、みんな』


 ふと、そこへ降りてくる小柄な空戦機。

 レーダードームがまるで帽子の様な百々目鬼が、ルルのブライトウィングの近くへ降りる。


『通信が繋がらない上にビーコンまで消失するほど奥にいて驚いた。

 みんな無事か?』


「無事だよ。

 ────生憎だったかな?」


 瞬間、シースルーライフルを百々目鬼に構えるルル。


『大尉何やってんだ!?』


『正気ですの!?」


 ヴェロニカたちが一斉に包囲して口々に言う中、ルルのブライトウィングはライフルをピタリとコックピット部分へ向ける。


『…………説明を求む』


「単刀直入に言おうか。


 BHI社は、敵と繋がってるんでしょ?」


 瞬間、どよめき困惑する周りの502の面々。








「答えて!

 答えられるのはAIであるあなたしかいないでしょ!!」






 しかし、ルルは確信をもってそうカリンへ尋ねた。




           ***

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