第85話『異地で人気の意外な家電製品』
異星で発展した先進国の首都で、史上初めて訪れた場所が家電量販店と地球の人々が知ったらどんな表情をするだろうか。
驚きと困惑であろうか。
地球とは違う星で発展した国の首都だ。
行くべきところは多様にあろうものが、何故庶民が赴く量販店か。
しかしながら実際にイルフォルンに訪れた人は驚きも困惑もない。
ただただ好奇心に満ちた顔をしていた。
単純に国内の地方であれば量販店に出向きはしないだろう。地元と同じものが観光先にあっても値段くらいしか興味がないからだ。
それが国外となればすべてが新鮮となる。現地の人にとっては当たり前でも、旅行者にとっては初めて見るのだ。
さらに正真正銘初めて訪れる旅行者にとって、歴史的価値のある建物と一般市民の生活風景に大きな違いはない。
情報提供者であり、異星人として初めての友人である鍬田から色々と話を聞いて旅行のプランを立てたが正解だったようだ。
エミリル・レ・イルリハランは腕を組み満足した顔で、好奇心溢れる日本人を出迎えた。
出来ればガイド役もしたかったものの、王室の一員がしては品格を著しく下げるとして断固反対されてしまった。あの凶悪な形相は一生脳裏から消えることはないだろう。
とはいえプランを立てた責任者であるため、最初の挨拶と後方での付き添いは貫き通した。
プランだけ立て、王室として顔見せして去るようなつまらないことはしたくない。
ここで少しでもエミリルは日本絡みで欠かせない人材として魅せて、今後もなにかあったら候補として最初に名前が出るよう努める。
今はエルマやルィルに負けていても、いずれはだ。
「ようこそ日本の皆様、遠路はるばるご苦労様です」
あいさつの言葉を述べると、周囲を見渡す二人まで乗れる小型ゴンドラに乗った日本人たちはエミリルへと視線を向けた。
「わたくしはエミリル・レ・イルリハランと申します。この度の首都観光の予定を立てさせてもらいました」
エミリルが王室王女であることは日本観光者の中では鍬田しか知らない。だが名前に国の名前がつけば、確信はなくとももしかしてと思うものだ。
「名前でお分かりと思いますが、わたくしはイルリハラン王国の王室の一人です」
そう公表するとさすがに意表を突かれた顔をする。政府側ではなく民間側で王室の一員が挨拶に来れば驚きもするだろう。
「驚かせてすみません。わたくしは日本が転移して以来、皆さんに大変な興味を持っておりまして、折り入って今回の観光に参加させていただきました。作法などは気になさらないでください」
日本人は常識的に礼儀正しいことは知っているから、わざわざ言わずとも相応の対応はしてくれる。エミリルからすればそれで十分だった。
「さて、挨拶に時間を割いて貴重な時間を浪費するわけにもいきませんので、さっそく最初の観光と行きましょう。皆様の乗るゴンドラには常に一人日本語堪能の職員が同席して移動を補助します。日本では人力車と言う観光案内をする業者がいるようですが、それと同じと思ってください。何か気になることがあれば聞いていただけ大丈夫ですよ」
すると各ゴンドラの背後に車夫となる職員が付き、ゴンドラのコントロールを握る。
ガイド役をすれば先導をするのだが、それは断固禁止なので場所を譲ってゴンドラが移動するのを見送る。
これでエミリルの仕事は終わり、戻ってくるまで浮遊艇で待機する予定だ。
王室としてはそう願いたくも、エミリルがこのまま引き下がるわけがない。
日本とここまで近づけたのだ。このまま言いなりとなって引き下がれては先を進むエルマやルィルに追いついて追い抜くことは出来ない。
ルィルに至ってはちゃっかりと友人である鍬田の専属護衛として側にいるから、ある種憎しみすら抱く。
だからそのままおとなしく後方に下がる気は無い。
エミリルは最初の目的地である国内最大手の家電量販店に入っていく日本人を見送りながら、場所をゆっくりと移動して列の最後尾へと向かった。
原因を探ればエミリルになるのだが、そのおかげで目立ちにくい最後尾は常に鍬田が乗ったゴンドラとなる。
初めての観光場所ゆえに取材陣が多く目立つわけにはいかない。ならば自然的に動けばいいだけのことだ。
「最後尾の移動は私がします」
エミリルは鍬田が乗るゴンドラを操作する職員の話しかけた。
「エミリル様が案内をするとは聞き及んではおりませんが」
「先ほど許可をもらいました」
「しかし……」
「ほら、他の方々は先に行ってしまいます。大丈夫ですので任せてください」
「……申し訳ありませんが、鍬田様の移動は私に一任されています。エミリル様の命であっても聞けません。確認を取りますので少々お待ちください」
ここで簡単に引き下がると責任問題になって最悪懲戒免職だ。直属の上司から直接命令の変更を聞かない限りは引き下がれないだろう。職員にも立場と生活がある。
「では同行をするのではどうです? それなら職務放棄とはみなされないでしょう?」
早くしなければ取り残されて報道陣の注目の的となる。
鍬田が存在しない日本人であることは知っているだろうから、存在しない許可の確認をされる前に少し飲み込みやすい提案をする。
テレビで見たが、本当にしたい案を通すには最初に無茶な案を出して、拒んだらランクを下げれば通りやすくなるらしい。
そのうえ、王室王女から言われれば拒むのは難しくなる。
「分かりました」
考える時間を省き、妥協しやすい案を出されて職員はしぶしぶ了承してくれて、エミリルは内心で握り拳を作った。
「では行きましょう」
エミリルはゴンドラの付属してある優先のコントローラーを握り、家電量販店の中へと向かった。
「……私、出来れば目立ちたくないんだけど」
今までずっと黙っていた鍬田は、小さく囁くようにしてエミリルに呟いた。
「せっかくの友達なのに見送るだけじゃいやじゃない。大丈夫、分別は弁えてるから」
「無理やり参加しておいて分別って」
鍬田はエミリルを特別視しない。
異星人や王室の一員である肩書きを無視して、ただ友人の一点で接してくれる。
王室として持て囃され、気を許せる友人がいないエミリルからしたらうれしい存在だ。
「まあまあ、せっかくの異星国家の首都なんだから楽しんでよ」
「なんか不安だらけで胃が痛いよ」
「私だってきっとこのあと大目玉だからお相子ね」
職員に聞かれないよう小声で返すと、鍬田は大きく溜息をこぼした。
そして「わぁ」と喜びが溢れ出る声を上げた。
「すっごーい、近未来のデパートみたい」
先に入った日本人たちも同じリアクションで、様々な方向にカメラを向けて撮影をする。
エミリルも立場からこうした公衆の場に気楽にこれるわけではないが、別段興奮するレイアウトとはいいがたい。
だが日本人からすると何の変哲もない売り場でさえ興奮させるらしい。
考えてみれば当然か。日本にはレヴィロン機関がないから常に地面に触れているが、異地では壁に固定しているのを除いてすべて宙に浮いている。
宙に浮いているのがまずない日本であれば、宙に浮いて展示されているだけでも興奮してしまうのだろう。
「ねぇ美子、近未来ってこの展示品のこと?」
「そうだよ。日本……というか地球じゃ宙づりくらいしか宙に物は浮かせられないの。完全に宙に浮いてるのは近未来の映画くらいだから、正真正銘宙に浮いた展示なんて初めてなのよ」
テレビの中でしか存在しなかったのが目の前にあればそら興奮もする。
エミリル自身、テレビで見られる側だから理解できないわけではなかった。
なのに日本について色々と勉強していても、こうした基本なこともまだ分かっていないようだ。逆に考えると、まだまだ日本のことを知ることができる事にもなる。
エミリルは改めて店内のレイアウトを見渡した。
一フロアの高さは十メートルあり、天井付近には大型の家電がゆっくりと回転しながら浮き、床付近には小物が棚に置かれて浮いている。
高価で目玉の物は上、安価で消耗品の物は下と言うのが一般的なレイアウトで、人の移動に邪魔にならない程度の感覚で配置されていた。
異地の建物は、物がほぼ全て浮いているため柱たるものがない。そのため直径数十メートルと狭くとも広く場所を取ることができるのだ。
他にも巨木同士を接触させて壁をくり貫き、敷地面積を広げる技法や日本の建築物のように巨木を板状に加工して組み立てていく方法もある。
ただ、巨木のくり貫きと比べて他の建築法はコストが嵩むため、多くが巨木をそのまま利用している。くり貫いた材木も別の家電や家具になるため無駄が少ない。
浮遊都市にとってコストを割くのは上部の建造物ではなく土台となる台座だ。
この浮遊社会において、オフィス系のビルは軒並み大量生産されたもので、オリジナルの外見を持つのは自己主張の強い大企業に絞られる。
そうした意味では王宮や議事堂は分かりやすい自己表現の強さを物語っている。
もっとも国の頂点に位置する建物が大量生産の建築物では他国に示しがつかない。
「これで立体映像もあったら完璧なんだけどね」
立体映像の言葉が出てエミリルは内心驚いた。
スクリーンや専用フィルターに投影するのではなく、何もない空間に映像を投影するのは未来技術の一つだ。
さすがに投影先が何もない空間では投影そのものが出来ず、専用の装置を使って一応の立体映像を作り出すのが精いっぱいである。
異なる星で発展しても、リーアンと同型の高度な知的生物となると同じ発想をするようだ。
メンタリティが酷似していることは設定て分かってはいるが、異星人なのに頭の中を見透かされている気分になる。
だからこそ争うことになく手と手を握り合うことが出来た。
鍬田とも即日に友人になることが出来たのだ。
もしかしたら噂通り、フィリアと地球はなにかしらの繋がりが今回限りでなくあるのかもしれない。
「私たちの国とあなたたちの国が協力したら立体映像装置が出来るかもしれないわね」
「それだけじゃないよ。きっといろいろなひみつ道具が生まれるよ」
「ひみつ道具?」
「日本で有名な未来の道具。タイトル教えるからタブレットで読んでみて」
「そうする」
「……ところでここの建物ってみんな巨木をくり貫いてるのよね? 配管とかってどうやって埋め込んでいるの?」
「簡単よ。くり貫いた床や壁、天井に配管を取り付けて、さらに薄板を覆いかぶせて隠しているの。各階へは穴を開けて通しているわ」
この建物自体がレヴィロン機関で姿勢を維持しているため、壁や天井の強度は重要ではない。よって見た目さえ対処出来ればその奥は雑でも構わないのだ。
「日本じゃ一発アウトな方法ね。でも空で生活するからいいのか……地震だってないし」
「まあムルートとかで緊急回避運動を取ったら中は大参事だけどね」
原則として浮遊都市はアルタラン等移動を前提とした都市を除いて移動をしない。ムルートも事前に来るのが分かっていれば微動で回避をするが、大抵はその場にとどまり続ける。
しかし緊急性の高い事態が起こり、回避行動を取らなければならないと慣性の法則でかなりの被害が出てしまうのだ。
滅多に起こるわけではないが、その滅多のため全てに対処するとコストがかかるため、多くの浮遊都市では慣性の法則への対処はしていない。
「せっかく来たのに建物の話だけで終わるのはもったいないわ」
「そうだね。異星の家電だからしっかりと見ておかないと」
今いるフロアは掃除機が主に置かれ、天井付近には人の身の丈はある大型の自動掃除機ロボットで、床付近には中型から小物の掃除道具が売られている。
「日本だと大体音楽プレーヤーとかカメラとかが売られてて、掃除道具は四階とか五階なのにここじゃ一階なのね」
「床の掃除の簡略化は生活に欠かせない重要なところだからね。家電の中じゃ一番力を入れているわ。日本ではどうなの?」
「んー、もっぱらテレビ……かな? でもテレビも頭打ちになって、カメラも音楽プレーヤーもスマホで事足りるからどれが一番かは分からないね。五十年近く前だとテレビ、冷蔵庫、洗濯機だったらしいけど」
「いわゆる先進国病ね。そこも同じか」
「ロボット掃除機が一番人気なのね。日本のよりすごい品数」
床用の掃除機は家庭用からオフィス用まで様々だ。レヴィロン機関搭載タイプであれば壁や天井、出入り口を乗り越えて全ての部屋を一台で掃除することも出来る。
一番安くて人力による掃除機で、ロボット掃除機の誕生で一気に規模が縮小化したと聞いたことがある。
「でもプラスチックじゃなくて木材なのね」
鍬田は近くに展示してあるロボット掃除機を手にしてみた。スイッチ類を始め、表面は全て木材で出来ているものだ。
「全部ではないけれど、安いものは木材ね」
「こんなに大量の木を使って自然破壊はしないの?」
「世界の消費量より生産量の方が多いから大丈夫よ。むしろ伐採しないと巨木ばかり生えて大地付近で生きる動植物を殺してしまうのよ」
二百メートル以上の高さから日光を遮られると、大地に生きる比較的低い植物は日光浴が出来ずに数を減らし、その植物を食べる動物も減って帰って生態系を乱してしまう。
巨木はその大きさに似合わない成長速度を持ち、世界全体で伐採するよりも繁殖するほうがわずかに勝っているほどだ。
「でもこんなにも木材を加工する職人を用意するのは大変じゃない?」
「自動加工機があるのよ。切りくずはそのまま火力発電所行だから大量消費しても無駄にならないし、木だから自然にも優しいしね」
「地球じゃ木の伐採のしすぎて自然破壊って言われてるのに、しないと逆に生態系壊すんだ。なんか巨木に利用されてるって感じだね」
「共存共栄よ。巨木を伐採することで生態系を正して、伐採した木々で社会の糧にする。そうして生きてきているの」
「……本当に不思議な感じ。異星なのにどこか地球な感じで、でもどこか大きく違ってる」
「それは私たちも同じよ」
鍬田は会話をしながら展示品を凝視する。リーアン側であれば一瞥すれば済むのを、正真正銘初めてゆえに隅から隅まで眺める。
今後許可が下りるか分からないが、エミリルも日本に行くことが出来て同じようなことになればくまなく眺めるだろう。
「エミリル、各フロアの案内板見せてくれる?」
「ええ、いいわよ」
各フロアへの移動は建物で異なるものの、大抵はバランスを考えて中央にある。ここでも例にもれずに直径三メートルとなる穴がビルを貫くように吹き抜けであり、その穴付近に天井から吊るされる形で案内板があった。
一階は掃除機。カメラ、携帯電話など小型機器は二階。三階はパソコン。四階はテレビと全ての階層の販売品が記され、鍬田が求むエステ関係は六階だ。
しかし、今後あるか分からない観光ツアー。目的の物が上にあろうと興味の有無に関係なく下から順にめぐるのが決まりだ。
団体行動をするからこそ最悪の事態である拉致を防ぐことが出来る。まとめてされることもなくはないが、厳戒態勢を敷いている首都で実行するのは無謀を通り越してバカのすることだ。
「携帯電話かー、異地のタブレットとか見てみたいな。携帯電話は本機よりは見本品がほしいかも」
実機では電源の確保もだが契約をしなければ使うことが出来ない。イルフォルンに行ってきた証拠を見せるなら見本でも十分といえよう。
「職員さん、携帯電話の見本って手に入るかしら?」
エミリル自身が交渉するわけにはいかないため、すぐそばに付き添う職員へと声を掛けた。
「廃棄用の型落ちの機種の一つであれば特別にもらえるかもしれません。店としても異星人に提供したとして話題にもなるでしょう」
「……多分最新機種が来るわね」
職員の言葉にエミリルは呟いて返した。
初の異星人来訪に廃棄で型落ちでは話題としては批判になる。この場合は最新機種をするのが店としては正解だ。
三十分ほど隅から隅まで一フロアを回ると日本人を乗せたゴンドラは上階へと移動を始め、エミリルも操作をして上階へと移動をする。
「まただ」
「なに?」
「あ、ううん。なんでもない」
「?」
と、視線のような意識を感じてその方角へと視線を向けた。
「……」
一人の日本人女性が無表情でエミリルと言うよりは鍬田を見ていた。
王女が日本人が乗ったゴンドラを移動するのに不満を抱いているのだろう。
鍬田を案内したかったとはいえ少し軽々であったか。
少し反省しつつ、止めるつもりはなくコントローラーを操作し続けた。
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