第66話『異地担当内閣官房参与の実力』



「すみません、遅れました」



 至急戻ってくるように連絡を受けてから二十分後、空港並みに検査をする須田駐屯地の入り口を抜けて羽熊は途中で新たに指示を受けた会議室に入室する。


「羽熊先生、急に呼び出してすみません」


 入るなり謝罪をするのは、須田駐屯地司令官の穎原陸将だ。



「私こそ、非番でないのに外にいてすみません」


 会議室では幹部を含む交流組の自衛官が席に座り、正面のスクリーンには駐日イルリハラン大使のエルマが映し出されていた。



『羽熊博士、お久しぶりです』


「エルマ大使、お久しぶりです」


 羽熊は画面に向かってお辞儀して、空いている席へと向かう。


「エルマ大使、日本側はこれでメンバーは揃いました。会議を始めたいと思います」



 日本側のメンバーには国防軍はもちろん、外務省の木宮に国会議員として若井議員もいる。


 異地担当チームが全員そろっている感じだ。


『お願いします』


 互いにそれぞれの礼をして、エルマから会議が始まる。



『あまり時間がないので結論から申したいと思います。今からおよそ六十五時間後に、干渉不可能の巨大鳥であるムルートが日本上空に来る可能性が高いことが分かりました』



 ムルートと言う名前が出て、すぐに脳裏に過るのは羽熊だけだ。他のメンバーは知らずに顔を見合わせたりする。


 羽熊はムルートの簡単な概要は、以前に日本観光時の国立図書館で聞いた。とはいえ外見上と絶滅危惧種のみなので、エルマの話を他のメンバー同様に聞く。



『ムルートは全長百メートル、両翼は二百メートルを超す巨大鳥の一種です。この鳥は常に全世界を渡り、肉食で大小さまざまな動物を捕食しています。全長五十メートルを超す巨大鳥は、我々にとっても警戒するべき存在なので警戒はしているのですが、ムルートに関しては特別で二十四時間四百日、常に世界が共同で監視をしています』


「そのムルートは特別な巨大動物、ということですか?」


 若井が問う。



『ムルートは多くの国々で聖獣として崇められているのです』


「聖獣……」


 つまりムルートは宗教的に重要な生物と言うことだ。



『我が国もですが、世界的な宗教としてミストロ教がありまして、そこにムルートが登場しているのです。神の使いや神の使者と言う存在ではないのですが、私達からすると大事な存在なのです』



 簡単にエルマは説明すると、ミストロ教はまだリーアンが進化をして浮遊する前だった頃、世界で初めてグイボラを殺した一組の男女の教えであるらしい。その中でムルートはグイボラを捕食したとされ、聖獣として崇められていると言う。


 しかし公式だとグイボラには天敵がいないとされている。その理由は、実際にムルートが絶滅する前にグイボラを捕食した記録が一切残っていないからだ。


 宗教上ではグイボラを食べ、歴史上では食べた記録がないこと、政教分離の理念からそうした考えになっているらしい。



「……グイボラの神話上の天敵か。世界的宗教に登場するなら聖獣とするのはありえる」


 地球でも牛を神聖な動物として崇める宗教がある。


「そのムルートが日本に向かっていると?」


『ムルートは世界中で五羽しか確認されていない聖獣にして絶滅危惧種でもあり、大変貴重な動物ともあって全世界が協力して動向を監視しています。そしてそのうちの一体が、突如予想進路を大幅に変えてユーストルに向かい出したのです』



 エルマが映っていた画面が切り替わり、日本を中心としたユーストルを含む大よそ五千キロ四方の地図が表示され、ユーストル外縁北東のところで光点が一つあった。



『光点がムルートの現在位置です。円形山脈からおよそ九百キロの位置を移動しています。元々は北西方向に移動だったのが、突然南西へと変えて予定進路上にユーストルが重なりました』



 九十度違い進路変更は知的でも野性的でも、意図的でなければ難しい。何かしらの意図を持ってユーストルに向かったと見られる。


 陸上動物なら障害物があったから変えたと言えるが、相手は空を飛ぶ巨大鳥だ。全てを飛び越えていける。



「エルマ大使、全長が百メートルもする鳥であれば、空を飛ぶのは当然生体レヴィロン機関ですね?」



 本日付で異地関係担当内閣官房参与となった羽熊は、その与えられた仕事をこなそうとやや積極的に聞く。



『そうです。これは憶測ですが、ユーストル内で採掘している結晶フォロンに誘われたのかもしれません』



 結晶フォロンは異地の生物にとって必須栄養素の一つだ。フォロンを摂取しないと新陳代謝で排出されるフォロンが補えずに浮遊がしずらくなる。大抵は現在の食物連鎖で循環できても、多くあって困るものではない。それにリーアンと違って巨大動物は、その巨体を維持するために多くの生体レヴィロン機関を持たないとならず、進化して結晶フォロンがあると誘われるように近づく性質があるのだ。


 よって現在結晶フォロンを採掘している現場には、常に巨大動物が近づいてきていて音響兵器で追い払っている。



「その進路変更、どこかの国の工作とは考えられないのですか?」



 異地担当チームの中では唯一の女性である木宮が聞き、羽熊はハッとした。


 レーゲンのように、日イや異地国家関係を壊すつもりで進路変更することを考えなかったため、思い浮かばなかったことに羽熊は歯噛みをする。



『それはありえません。ムルートは全世界が共同で監視をしていて、尚且つ非干渉監視目標と指定されています。文字通り、この動物に対しては遠くから見るだけで一切の干渉を認めていないのです。これはレーゲンだろうとテロリストだろうと出来ない事です』



 常に世界から監視されているのなら、秘密裏に手を出す事は難しい。世界が共同でということなら、ハーフ問題の時のように複数を抱き込んでも無駄と言うことだ。


 するなら世界規模でグルにならねばならず、それでは聖獣として守る意義がなくなる。



「……ではイルリハランとしては、接近中のムルートには一切の手出しが出来ないと言うことですか?」


『その通りです。監視も五十キロ以上離れたところからが義務付けられ、もし近づいてくる場合には浮遊都市ごと避難しなければなりません。巨木都市では住民全員が避難義務を持ちます』



 無条件でムルートに接近することを許さないのが、非干渉監視目標と言うことだ。


 これは中々に厄介な事案だ。


 アルタランの農奴・隔離政策よりは緩く感じるも、縛りが強すぎる。


 もしこのまま手をこまねいて何もしないでいると、せっかく始めたばかりの採掘場を放棄しないとならないし、気体フォロンの無い日本上空に至ればそのまま落下だ。



 ムルートの体重は知らないが、確実に数百トンはあろう。それが高高度から落ちれば落下速度も合わさって小規模の津波を起こす可能性がある。


 接続地域付近の陸上に落ちても同じだ。


 そして世界的に有名で貴重で神聖な動物を、異星国家内で死なれたとなれば宗教的問題にも発展してしまう。



「今回の問題点は理解しました。それで、イルリハランは我が国にどのような要請を?」


 若井議員が問う。


『法律上、日本はムルートに対する義務が何一つありません。日本の力でムルートをユーストル外に追い払ってほしいのです』



 エルマは簡潔に日本にしてほしい要望を伝える。


 ムルートの非干渉監視目標は、国際法で住民の安全と貴重な絶滅危惧種と言う名目で明文化されている。批准国は全百二ヶ国中九十八ヶ国で、残り四ヶ国は批准していない。だがその四ヶ国も非干渉監視は協力していた。


 つまり、異地に国全てがムルートに対して手出し無用の動物なのだ。唯一手が出せるのが、様々な縛りのない異星国家である日本。



 このままではムルートは落下死する可能性がある上に、聖獣が死んだとして恨まれる。開発特区として動かなければならないのに、フォロンがあるからと居座られたら互いに不利益。法的に動けるのは日本でその力もある。


 だからイルリハランは日本に対して要望を投げかけて来たのだ。


 ここまでなら聞こえはいいものの、無視できない問題点がある。


 日本側は誰一人と良い顔をしない。


 エルマもそれを感じてか、良い返事を期待していない顔だ。



「……エルマ大使、確かに話を聞く限りではムルートに干渉できるのは現在のところ我が国だけでしょう。ですが、日本としてもやりましょうとは言えません」



 政治家として若井がそれに応える。


 おそらく異地担当大臣は若井がなるだろう。



『理由をお聞かせ願えますか?』


「第一に、我が国は他国の領土で軍事行動を取るには国会の承認など、多くの手続きを踏まないとなりません。それも非武装地域に於ける平和維持活動に限定してのことです。第二に、我が国は貴国と安全保障条約を結んでいません。いくら貴国からの要請でも、他国の軍がユーストル内とはいえ活動は出来ません。第三に、異地の法的に活動可能だとしても、世界から干渉することに同意が無ければ信用問題になります。聖獣として崇められている希少動物に世界の許可なく干渉すれば、これからこの地で活動をする我が国の信用問題にもなります」



 全て地球でも日本が直面した問題の数々だ。


 自衛隊時代に始まり、国防軍になっても他国での軍事行動は制限が多い。武器の使用が少ししやすくなったくらいで、ほとんど変わらないとも言える。日本の集団的自衛権はあくまで『日本人』のためでしか動けず、日本人と関係ない場合は同盟国でも何も出来ないのだ。



 ムルートの接近は確かに日本にとって危険ではあるが、明白な危機ではない。


 どれだけ巨大だろうと所詮は生物だ。軍の所有物でもなければ兵器化されているわけでもない。落ちればそれで死ぬし、怪獣のように東京目掛けて襲い掛かることもない。



 現状、集団的自衛権は愚か個別的自衛権の行使も出来ないのだ。


 害獣対策を目的とした災害派遣も、前例がなく隊員たちの安全の不確実性から国会は渋るだろう。


 なにより六十五時間だ。国会の承認が果たして間に合うか分からない。


 それが日本側の政治的判断と若井議員は丁寧にエルマに説明した。



『予想はしていましたが、やはり快諾は出来ませんか』


「私個人であれば動きたいところですが、政治を考えると動くことは……」


「エルマ大使、アルタラン総会で、ムルートの生命を守る目的で例外的に非干渉を解除することは出来ないのですか?」



 木宮は日本側ではなく根本をどうにかできないかと尋ねた。普通は日本よりは根本をどうにかする方が現実的だ。



『すでにイルリハラン政府より総会の開催を要請していますが、おそらく紛糾するでしょう』


「なぜですか? 聖獣であるムルートの命を守るためなら、許容するべき案件と思いますが」


『無干渉と言うことは、その無干渉にも干渉しないからです』


「じょ、条約そのものへの干渉もできないのですか!?」



 外務省に所属している木宮は驚きの顔を見せた。



『そうです。ムルートはいかなる場合も自然に委ねるべきとして、改正不可が条約で明文化されているのです』



 そこで羽熊はピンと来た。


 どれだけ改正に面倒な手続きがあっても、改正への道は必ずあるものだ。


 分かりやすい例で言えば改正前の日本国憲法九条だろう。永久に放棄すると明文化していながら、改正によっては無くすことが出来る。事実現九条ではこの文章は取り除かれている。


 永久でありながら変更可能と言う矛盾があり、永久を守るなら改正は出来ないようにするべきだ。


 それをムルートでは実現している。


 ムルートへの無干渉の条約は、改正によって変更可能であれば矛盾となる。


 その矛盾を晴らすために改正による無干渉撤廃を否定しているのだ。



「そうなると超法規的措置を取るしかないわけですか」


『おそらく過半数ではなく、三分の二以上か全会一致が必須条件でしょうが、加盟国九十七ヶ国が賛成するとは思えません』


「例え日本のフォロン有効圏外に入って落ちるとしても自然の摂理と主張する国がいるということですね?」


『日本が転移したのは人為ではなく自然なのがアルタランの公式見解なので、自然に人為を混ぜるわけにはいかないと主張する国はいるでしょう』



 自然には自然に委ねる。日本の存在が自然である以上、日本に落ちて死ぬのも自然と言うことだ。



「では尚のこと我が国が動くことは出来ません」


 世界中から保護の対象になっている動物を、日本が無断で干渉することは確かにできない。


『しかしそれではムルートを死なせた国として外交上の火種になります。これから開発特区としてユーストル内で活動し、貴国の帰還のため世界の協力が不可欠の状況では、断固拒否は身を滅ぼすのでは?』



 法律の観点から日本は拒否しか出来ず、エルマは政治で説得を続けるが若井はすぐに切り返した。


「それは我が国の責任ではありませんね」


 元々は不干渉を固持することが原因だから、それを撤廃しない異地国家に責任がある。


『…………』



 エルマからすればハーフ問題もあって協力してくれると思ったのだろうが、断固拒否する日本の前に言葉が見つからないようだ。


 気のせいか、エルマが羽熊を見た気がする。


 なんとか現状で協力できないか、羽熊は腕を組んで考える。



「エルマ大使、誤解をしないでいただきたいのですが、一切の協力をしないわけではありません。行動に移すことは出来ませんが、知恵を貸し出すことは喜んでいたします」


 表情から一切協力しないとでも思ったのだろう。若井議員はすぐに一切ではないと宣言する。


『そうですか』


 そう聞いてやや安堵の色を見せる。


 これで日本側が今回の問題の要点を把握した。


 話はここからだ。



「異地国家も日本もそれぞれの法律で手が出せないムルート。ですが必ずどこかに抜け道があります。それを模索しましょう」


『ありがとうございます』


「羽熊先生、なにかいい案はありませんか?」


 途端、若井議員は羽熊に顔を向けて聞いて来た。


「へ?」



「先ほど聞きましたが、異地担当の内閣官房参与に任命されたんですよね? 私も異地国家交流担当大臣として話が来ていますので、ご助言を頂きたいんです」


 その若井議員発言で騒めく人と騒めかない人が出る。羽熊や木宮は驚かない組だ。


「若井さんが大臣ですか」


 もしなるとすればそうだろうなと思っていたから、大きなリアクションは見せずに返す。


「その件はいずれで。それで何か思うところはありませんか?」


「と言われましても、今ある情報でなにを考えろと?」



 分かっているのは日イ双方で法によって動けず、ムルートが日本に六十五時間で接続地域に接近すること。


 ひょっとしたら進路変更するかもしれないし、接続地域ではなく北方領土の海域に落ちるかもしれない。


 一切の干渉が許されない中、どう抜け道を探し出して進路変更させるのだ。


 羽熊は腕を組み、背もたれに体重を掛けて天を見上げる。



「ムルートは全長百メートルで、両翼は二百メートル。そこまで大きいともう怪獣の域ですよね。それがユーストルの採掘現場の結晶フォロンに導かれているかもしれない。距離は九百キロで、接続地域まで六十五時間。北方領土ならもっと早い。でも国際法で周囲五十キロまで接近禁止で干渉も認めない。国際法に縛られない日本でも国内法で動けない」



 羽熊はここ三十分で得た情報を口に出して整理する。


 こういう場合、頭よりは口に出す方が整理が出来るからだ。



「そう言えば音響兵器は使っても問題ないんですよね? なら北方領土沖のユーストルから音響兵器を使って進路変更は出来ませんか?」


「それは異地特別法案にあるので使用できますが、異地社会の同意がありません」



 合法的に動けたとしても今度は世界の同意がない。



「日本が対処する場合、何ヶ国くらいの同意があれば動けるんですか?」


『最低でも過半数でしょうけど、異星国家に聖獣の対処はさせないでしょうね。それだけムルートは特別なので』


「動いても文句を言われ、動かなくても文句を言われる……か」



 二日半では速効性のある安保理も間に合うか分からないし、百二ヶ国が参加する総会ではなおのことだろう。



「うーん……」


「少し、休憩しましょうか」



 答えが出ないときは時間を空ける方が名案が出ることがある。


 無理やり出した答えより、二十分三十分間を空けて出す方が優れることは多々あった。


 会議に集まったメンバーはその提案に賛同して、張り巡らせていた気を緩ませた。若井や木宮はさっそくスマホを取り出してどこかに電話をかけ始め、羽熊も一服しようと席を立つ。


 このご時世、どこもかしこも禁煙で外の喫煙所か新設された喫煙室に行かないと吸うことが出来ない。少々面倒でも精神を落ち着かせるには一服は欠かせず、外に行くのは面倒なので建物内の喫煙室へと向かった。



「はーぐま」


 タバコの箱を持ちながら歩いていると、背後から雨宮の呼び声がする。


「雨宮さん」


「いつの間に内閣官房参与なんかになったんだよ」



 四ヶ月以上と同じ釜の飯を食えば親しい友人になる。雨宮は羽熊の首に腕を絡めながら、まるで学生かのような態度で新たな役職のことを聞いて来た。



「何時間か前に任命されたんだ。もう参与としての仕事をしていいのか知らないけど、若井さんが言うならもうそれで仕事をしていいのかな。と言うかどう仕事をすればいいのかも分からないけど」


「そら問題の解決案だろ」


「とはいうけど厄介だからなー」


「まあ、なにか一つくらい策はあるだろ。ハーフ問題だって開発特区って案が出たんだからよ」


「今回は政治だけじゃなくて宗教まで絡むから難しいよ。下手したら政治より厄介になるし」



 地球でも政治だけでなく宗教によって争いが勃発している。


 ムルートは知る限りでは生きた聖なる動物だ。絶滅危惧種でもあり、天敵であるグイボラを捕食するとあれば、信者にとって精神的な寄り所としては強い。そこで手を出したり死なせたりしたら、相当に恨まれるだろう。


 日本または開発特区内で大規模なテロ活動を起こすこともあり得る。



「多少の蟠りはあっても妥協出来る着地点か」


「少なくとも音響兵器のようなのは直接の干渉だから無理ですね」



 話しているうちに喫煙室へとついて、中に入ってタバコの火をつける。


 喫煙室には誰もおらず、雨宮は吸わないのでただ羽熊の隣へと座った。



「……でよ、さっきはなんで外に出てたんだ? 非番じゃなかったんだろ? もしかして参与がらみか?」


「違うよ。一年前に別れた元カノから電話があって会いに行ってたんだ」


「元カノに?」


「そ」



 別に隠すことではないので、羽熊は愚痴も込めて須川とのことを雨宮に話した。


 とはいえ時間があまりないので、文章にしたら十行程度で終わるくらいにまとめてだ。


 もっと言えば三行どころかアリとキリギリスでも終われるが、そこは少し具体的にする。



「……中々にヘビィだな。そらレールガンの成功率が著しく低いからってそこまで自暴自棄になるか」


「思えばNASAがレールガンでの成功率が低いと発表したのが分かれる少し前だったから、そこで決めたんだろうな」


「羽熊、お前らの関係はほとんど知らないけど、明らかに近づいて来たのはなにか狙いがあるぞ」



「分かってる。俺の仕事かお金かは知らないけど、今日のは謝罪じゃなくて途切れた繋がりを持つのが目的だろ」


「出来れば二度と会わないほうが良いな。メディアか企業か、アークの可能性もなくはない。元カノって立場を利用して引っ張って取り込もうって腹が見え見えだ」


「逆に向こうの意図を早めに知るとも言えるかな」


「やめとけ。友人として言わせてもらうが、次会えばもう三回目四回目は抵抗感なくあって、気づくと後戻りできなくなる」



 雨宮は真剣な表情で言う。羽熊も同意見だ。



「もうお前はただの学者じゃないんだ。少しは警戒したほうが良いぞ」



 人と言うのは最初こそ抵抗感があっても、二度目をすると以降の抵抗感が著しく低下する。それはあらゆる事に対して当てはまり、羽熊も次に会えば三度目は気楽に会える確信があった。


 明らかに何か企みがあると分かるならば、もう会わないほうが良いと言える。


 しかし……。



「でもそうすると俺はここから出られなくなる。誰かにびくびくしながら生活するのは勘弁してほしいですね」



 いつかは大学に戻るつもりだ。今は内閣官房参与の役職があるし、ここで仕事が山ほどあるから抜けられないが、いつかは戻りたいと思っている。


 だが、須川など羽熊を狙う連中を警戒しながら生活なんて出来ないから、ある程度は潰しておきたいのが本音なのだ。


 須田駐屯地にいれば安全な保障されても、やはり疲れてしまうから多少の自由は確保したい。



「なら次に会う時は雨宮さん来てくださいよ。俺の護衛であればついてくることは可能でしょう?」


「そこまでしてヨリを戻したいのか?」


「じゃないよ。後顧の憂いを絶っておきたいんだ。転移したばかりと違って外に出るのは簡単になったのに、有名人だから出られないってのは嫌なんだ」


「……上に掛け合ってみるが……良い案とは言えないぞ」


「それに上手くいけば須川を利用した奴が分かる」



「んな囮みたいなことさせられるか。そう言うのは公安に任せりゃあいい」


「分かってるよ。でも引き籠ってたくもないんだ」


「ったく、国土転移に国内問題。レヴィアンが来なきゃこんなことにはならなかったのによ」


「原因は一つでも、その原因が大きいからな。それに今更どうしようも……そうか、一つある」


「元カノに会わずにバックを探る方法か?」


「そっちじゃない。ムルートのほう」



 原因の一言で、羽熊の脳裏に一つムルート対策でアイデアが思いついたのだ。


 すぐに半分くらい燃えている二本目のタバコを灰皿へと捨てて会議室へと早歩きで向かう。



「おい、どうやって対処をするんだよ。あんな八方ふさがりで」


「八方塞がりじゃない。真正面で対処できるんだ」


「どういうことだよ。回りくどいことを言わないで答えを言え」



 そう雨宮に言われ、歩くのを止めて振り向く。



「ムルートがここに来る原因を移動すればいいんだ。もし採掘場にある結晶フォロンに惹かれて近寄ってきているなら、ムルートが反応するだけの結晶フォロンを持ってユーストルの外に出ればいい。それならムルート自身には干渉してないから国際法には引っかからない。ただ結晶フォロンを運んでいるだけなんだから」



 若井議員が言ったように、確かに方法はある。



「……おお、なるほど」



 合点が言ったらしく、雨宮は古臭く右こぶしで左手を打ち付けた。


 音響兵器や他の非殺傷兵器はどう使おうムルート自身を目的として干渉してしまう。だが、ムルートが近づく原因そのものを移動させてしまえば非干渉は守られる。


 目的はムルートへの対処ではなく結晶フォロンの運搬で、たまたま、偶然、予期せずムルートがついて来ただけだ。



「アルタラン総会がそれを認めるか次第だけど、ムルートを合法的に守るならそれだけだ」


「今回はすんなりと答えが出たな。さすが内閣官房参与」


「役職だけで答えが出るなら楽だよ」



 こうした閃きを持つから、佐々木総理は羽熊に権限のある大臣の役職を与えようとして、それを拒んだから助言が許される内閣官房参与を与えられた。


 どうせもう逃げられないならとことんやりきってやる。


 羽熊は決意を新たに会議室へと向かったのだった。

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