第55話『アルタラン決戦① アルタラン上陸』
アルタラン天空基地は不動産とは真逆の可動産と言う特性を活かして、常に移動を続けている。
特定の国との癒着を防ぐためで、常に現在位置は公表しながら時速四十キロで赤道上を東に移動していた。
ちなみにこの天空島の運用は、フィリア社会では優れたものとは言えない。
重力の縛りを受ける日本人は、重力と慣性の法則で建物と一緒に移動するから天空島内での移動は苦労しない。
逆に貫通・不動性のフォロンを使って空を移動するリーアンはそうはいかなかった。
なぜなら建物内のフォロンは物質を貫通してしまうため、フォロンは建物と一緒に移動しない。つまり、リーアン自身は建物に固定した椅子等に体を固定しない限り、建物と一緒に移動しなければ壁に押し付けられてしまうのだ。
アルタランに所属するリーアンは常に四十キロを移動しているという、日本側からすれば異常とも言える事実に、初めて聞いた時は絶句した。
日本からすれば毎日プロのフルマラソン選手以上の速さで走り続けているのと同じなのだ。
もちろんそこは考えられていて、アルタランに所属するリーアンは全員レヴィロン機関を搭載した外部熱供給スーツを着用している。
このスーツはアルタラン天空島の移動と同調していて、同じ速度と方角で移動を続ける。減速すれば同じく減速し、逆に方向変換や増速すると同じく動く。
そうすることで実質としては静止状態と変わらず移動が可能となったらしい。
日本側からすれば面倒なことと思っても、常に世界を回るのは平等の表れだから地球より民主的と言える。
ラッサロン天空基地を出てから四時間後には平均標高五千メートルを超える山脈を超え、日本としては初の隔絶された円形山脈から出た。
とはいえ、山脈を抜けても見えるのは緑一色だ。
地球では考えられない、二百メートルと自立できる巨木が時折見える。
地球とほぼ変わらない重力下であれば絶対に自立できない樹木でも、生体レヴィロン機関を持つことで自立を可能としている。
だからなのだろう。巨木だけは他の地球と差異のない樹木と比べ、独自の進化をして体温を持つに至っている。
メカニズムについては専門外なので知らないが、特殊な環境ゆえに進化をしたようだ。
山脈を抜けてもあるのは緑ばかり。
川があっても町は一つもない。空に天空島を示す点が見える程度だ。
地上に人工物は無いと言っていい。
人工物どころか、人為的な跡すら見当たらない。
それだけリーアンは地上を避けているのだ。
一見すれば人のいない自然のみの星と言える。ユーストルでこの光景はひたすらに見たと言うのに、ユーストルの外でも同じように続くからそう勘違いしてしまう。
地平線まで緑一色だから、日本側はユーストルの外を見るよりアルタラン決戦のことを二日間みっちり調整し続けた。
なお、味方に徹してくれたエルマは来ていない。
表向きは日本がレーゲンに謝罪を求め、それにレーゲンが応えただけだからだ。当事国としてイルリハラン政府はともかく、一軍事基地であるラッサロンは首を挟めないのだ。ましてや世間は独立を知らない上に大使だからより動けない。
よってエルマはお留守番となり、代わりに通訳も出来る護衛としてお馴染みのルィルとリィア含む数人の軍人が同伴することになった。
そうして二日が過ぎて行き、艦隊の前にラッサロンを超える巨大天空島が見えてきた。
十万人級の人が居住できる、対角線で十キロもある特級天空島だ。
さすがは国際組織からか、天空島の側面から頻繁に浮遊船に入出が行われている。
遠目で分かる浮遊船の航路は、主に斜め上と垂直の二つ。
おそらく斜めはジェット旅客機で、垂直はロケット旅客機だろう。
「あれがアルタラン天空島。ラッサロンの倍はあるな」
形状で言えば台形同士を合わせた八角形のひし形をしている。ラッサロンや資料で見せてもらった天空島と違ってビルらしいビルがない。
常に移動すると言う方針から、むき出しのビルでは風の問題で不便なのだろう。
情報ではアルタラン本部がある天空島には、設立されている国際機関すべてがあるという。
もし全ての国際機関は常に移動する決まりがあるなら、複数の島をバラバラに移動させるよりは一ヵ所にまとめて移動させる方が安上がりだ。
時速六百キロで移動する浮遊巡視船ソルトロンを含む艦隊は減速を始める。
アルタラン天空島が次第に大きく見え、ソルトロン艦隊は天空島の中腹の高度を維持する。
『日本政府の皆様にお知らせします。当船はこれより浮遊都市アルタランに着陸します。下船の準備をお願いします』
声の主はルィルだ。この放送を聞いて、特注で作った床に触れる座席に座る日本政府の人々は動きだす。ソルトロンは日本転移から関わっているため、日本人用の改造がいたるところでされている。以前は介助が必要でも、今では誰の手も借りずに乗り降りができるようになっていた。
天空島の側面にぽっかりと空いた穴は、強度と浮遊船の規格に合わせて大きさがいくつかある。目算で穴の大きさは横はソルトロン級の船が横並びで三隻入れる程度で高さは二隻分。地球なら絶対に着陸できない大きさだ。
地球基準では航空機の離発着は鉄則として屋外でなければならないが、大気の状態を無視して精密運動が可能な浮遊機は、例え着陸側が移動中であっても相対速度を失くすことで安全に着陸することができる。
イメージ的には宇宙で宇宙船同士を結合するようなものだろう。
ソルトロンはまっすぐにアルタランの側面に開いた室内空港へと入る。
僚艦はソルトロンと同型なので、同じ滑走路へと進入して着陸をしていく。
船底からいくつもの飛行機のような六個のタイヤが備わった車輪を出しての着陸だ。
レヴィロン機関による運搬が一般的のこの世界で数少ない車輪である。
いくら超低燃費で移動が出来るとしても、燃料を無駄に消費して浮き続けることはない。これは天空島以外の乗り物であれば全てに備わっている機構だ。
もちろん天空島に着陸するための機構で、万が一でも大地に着陸はしない。
だから、レヴィロン機関も個人所有の車型から最低でも非常用が一つないし二つは搭載されている。
断固として地上には緊急着陸したくない表れだ。
二度扉からノックが聞こえ、扉が開く。
「皆さま、浮遊都市アルタランに着陸をしました。下船をお願いします」
ソルトロンに施された日本人用の改造の一つに、ラッサロンと同様に壁の中腹にある扉まで階段が設置されている。階層の昇降や乗下船はさすがに設置出来ないが、代わりに乗り物を一種ラッサロンの整備兵たちは作ってくれた。
以前のようなカーゴに日本人が立って乗るのでは安全性に問題があるため、六人程度が乗れる乗り物にゴルフ場で使われるゴルフカーが採用された。
あくまで形状だけで、既存のゴルフカーを改造するのではなく一から形状を似せて作られた。
改造だと内部構造を細部にわたって解明しないといけないから時間が掛かり、だったら一から作る方が早いと向こうが判断した。
ソルトロンには海上保安庁の大型巡視船のようにヘリ相当の飛行車が艦尾に格納されていて、そこに専用飛行車はある。
以前は二人以上に抱きかかえられて乗船していたが、この専用飛行車に登場によって乗下船は楽になった。
日本政府一同は艦尾へと向かい、二台の専用飛行車に乗ってソルトロンから下船をする。
その際、付き添わないソルトロンの乗員たちは可能な限り艦尾に集まり、日本政府に対して敬礼をした。
主要メンバー以外農奴政策からハーフに至るまで知らないはずだが、これが何らかの最終であることを予感しているのだろう。
室内空港にはすでにアルタラン職員が待機しており、日本政府一団が来るのを待ち構えていた。当然メディアも大勢いる。
史上初の異星国家の政府が、正式の招待で異地の国際機関の本部へと来るのだ。
記者会見やメディア関係者交流会の時同様、注目されないはずがない。
そして前回や前々回では信用を得る最中だったからテロを警戒して徹底的な検査をしても、今回はあまり意味がない。
ここでテロを行おうと、日本の仕業に見せるには無茶にもほどがあるからだ。
ルィルたちの運転で下船をした専用飛行車は、床から五メートルと浮いたところで止まる。
そこで佐々木総理は専用飛行車の中で立ち、職員やメディア関係者に手を振った。すると拍手喝さいが起こる。
そのすぐ傍らにはアルタラン安保理議長を務めるモーロット議長が待ち構え、手を差し出しながら近づいた。
「ようこそアルタランへ」
「……熱烈な歓迎ありがとうございます」
意外にもモーロットは日本語で挨拶をした。そこだけ覚えたのだろう。
佐々木総理は一瞬間を空けて日本語で返し、隣にいる羽熊が訳す。
入り口は開きっぱなしだから風は常に入ってくるものの、佐々木総理は気にせず握手に応じた。
「このような状態でのあいさつをお許しください」
「気にしないでください。逆であれば私が車いすに乗るのですから」
天地生活圏が違うからそこはお互い様である。
モーロット議長はこちらと示し、微速で専用飛行車を移動させてアルタランの内部へと入る。
もちろん大量のフラッシュを浴びながらだ。
十万人が居住し、アルタラン本部のため通路は大きい。高さは十五メートルは優にあり横幅も十メートルはあるだろうか。
壁には床から三分の二くらいの位置で線が延々と伸び、上下で矢印が逆向きで描かれている。
矢印が描かれている高さと方向で進めと指示をしているのだ。そうすることで空中衝突のリスクを減らしている。
内部へは上に、外部へは下に矢印があり、専用飛行車は上下境界線付近を維持しながら奥へと微速で進んでいく。
予定ではこのあとすぐに、日本委員会が設置された部屋で委員会を含むレーゲン大統領と会談。委員会全員で昼食を取り、再び会談を行うことになっている。
会談は非公開で、昼食は公開される。
非公開は常識的に問題だが、異星国家を絡めることで押し通しているのだろう。
アルタラン内部は本道と間道に別れ、今通っている本道で間道はその半分ほどの幅になる。
本道と間道の幅の差のところに配管や部屋があり、スペースを出来る限り活用してるらしい。
日本でも地下鉄や地下街でそうした取り組みがあるから、似た環境になると考えは必然的に似るようだ。
案内板も至る所にあり、新宿や池袋駅ないを移動している感覚が時折する。駅よりは入り組んでおらずスッキリとしているが。
約十五分ほど本道と間道を行き来して、ある両開きの扉の前で止まる。
扉の横にディスプレイがあり、ユリアーティとマルターニ語で書かれていた。
ユリアーティは異星国家の意。つまり日本委員会が宛がわれている部屋だ。
ここが最終決戦場。
苦労して引っ張られてここまで来たが、今日で正真正銘終わりだ。
佐々木総理も、ここで終わらせると決めている。
ここを日本の外交勝利で終わらせ、一億二千万人の明日を創る。
とはいえ、それをするのは佐々木総理だ。羽熊は通訳に徹して、自分の意見は一切言わない。
なにより超人ハーフはまだ羽熊の分野でも、外交に関しては完全に部外者だ。素人が手を出して失敗すれば一生後悔するだろう。だからここから先、羽熊はただ通訳をするだけの存在になる。
頼みますよ。日本国総理、佐々木源五郎さん。
扉が開き、佐々木総理は同行するラッサロン兵に抱えられて中へと入った。
日本委員会の部屋はラッサロンの会議場とほとんど変わらない。
すでに日本委員会の面々は入室し、椅子の横で立って日本政府を待っていた。イルリハラン王国国王代理のリクトもすでに来ている。
地球基準なら握手などあいさつをするが、天地生活圏の違いからそれをすることは難しく、手順を飛ばして直接席へと向かう。
佐々木総理と羽熊が座ったところで日本委員会の大使たちも着席する。その中で一人だけ座らない人がいた。
フサフサと黄緑色に発光する髪を生やす十数人の中で、唯一髪の毛がない男性。
レーゲン共和国大統領、ウィスラー・バルランム。
まだ確証はないが、ハーフと言う先入観を持っているためか他の人と比べて雰囲気が大きく違う気がする。
「ウィスラー大統領、着席を願います」
ウィスラー大統領は佐々木総理と羽熊をしばし見続け、モーロット議長が促して席へと座る。
すると広報の職員が数人来て、数枚と写真や映像を撮りだした。昼か夕方のニュース番組で流すようだろう。
撮り終えると退室し、前回と同じ状態になる。いや、今回は発端であるウィスラー大統領がいて味方のエルマがいない。
ルィル達ラッサロン側も会議室にはいないから、日本対異地社会との対決だ。
ただし、イルリハランは今回はラッサロン独立があって中立を保つだろうし、日本委員会もまたハーフを秘匿し続けたことで中立を保つだろう。
つまり、この決戦は事実上の日本対レーゲンの対決となる。
「まずはウィスラー大統領、本日は急であれアルタラン本部にお越しいただいて感謝します」
「モーロット議長、回りくどい挨拶はいい。本題に入ろうか。ニホンも仰々しい挨拶は良かろう?」
「そうですね。メディア向けの挨拶はあとでよろしいでしょう」
日本の行政のトップに対して無礼極まりないが、日本側は特に咎めない。
権威的に『世界連盟安全保障理事会議長』と『国家元首』は同格とされる。
国連では名ばかりのトップとして事務総長がいるが、アルタランでは議長がトップだ。
この議長は独特で、中立を絶対とするアルタランの方針から本国の方針は聞かなくてもよいとされる。そうしないと、議長となった国がある意味安保理を動かせるようになるからだ。
そのため、議長に限り国家元首と同等の権威が与えられ、それがそのままアルタランは国と同列となる。
「いいでしょう。日本政府は、貴方がリーアンとチキュウ人のハーフではないかと疑っています。もし大統領から直接採取した遺伝子情報がそれを否定するのならば、ニホン政府はアルタランによる管理を受け入れると表明しています」
実際のところは佐々木総理の独断だから、国会の承認を得なければそれはできない。
が、国会の承認を経るならハーフはともかく、ウィスラーがハーフであることまで公にしないといけない。それは今後の事を考えると出来ず、表明しても口約束でしかなかった。
万が一ハーフでないなら政治的に非常にややこしくなるが、約束は果たされない自信があった。
「その確認を拒否させるのであれば、ウィスラー大統領はハーフと言う疑惑を公表するとしています。して、どうされますかな?」
表向きはレーゲン軍による襲撃や奇襲の謝罪だが、真の目的はこの疑惑の証明だ。証明さえできれば連動して謝罪につなげられるから、日本側も謝罪は特に考えない。
「……私がハーフ……か。中々面白い推論だ。意表をついて誰も考えないことだな」
「ウィスラー大統領、政治家は時としてあいまいな表現で明言を避けますが、ここははっきりと致しましょう。我々日本は、あなたがハーフか否かはっきりしない限り、明日以内にはモーロット議長が提示した疑惑を、ラッサロン基地より配信することを決めています」
同水準の政治家同士、手の内は分かっている。曖昧な表現で濁さないためにも佐々木総理は釘を刺した。
「先に申しておきますが、あなたがハーフだったとしてもそれを利用する気はありません。いえ、事実だった場合、それは全力で秘匿しなければなりません。どんな形であれ世間に広まれば、たちまち負のスパイラルとなり、最悪の事態になりかねなくなります」
最悪の事態とは、核兵器とバスタトリア砲の撃ち合いとなって何千万何億と死ぬ未来だ。
「そのカードでここまでお前たちは来たわけか」
「遺伝子の採取を許してもらえませんか? しなければ、世界は破滅に向かいますが」
「破滅に向かわせようとしている国がよく言うわ。お前たちが、アルタランの要求に応えれば済むだけのことだ」
「遺伝子の提供を願います」
日本はウィスラーの話に乗らない。ここで乗ればどんどん持っていかれるからだ。
日本はただ遺伝子提供を求め続けるだけでいい。
こうして聞いて訳していると、日本側が悪役をしている気分になる。
いつもやられ側だったから、少しいい気分がする。
国連の常任理事国はこんな気分なのだろうか。
少なくとも、即座に応じない時点で認めているようなものだ。ここで引っ張って日本の鼻を伸ばさせる意味はない。
むしろあっさり了承する方が焦る。
羽熊は佐々木総理を見ると、微笑みながらウィスラー大統領を見ている。
バッジが無かったらただの人なんて到底思えない。とてつもなく巨大に見える。
さすがは長期政権を維持し、前代未聞の国土転移に対処している人だ。
「……沈黙は肯定と認識しますが?」
ウィスラーは答えない。時間稼ぎだとしても、ここで何かを仕掛けることは不可能だ。
「公開したければするがいい」
腕を組んで眉間にしわを寄せながらウィスラーは口を開けた。
正直その返事は欲しくない。
「異星国家、勅令とはいえ政府から離反した軍事基地の言葉を世界は信じるかな?」
「しかし懸念は生まれます。合理性ある説明をすれば、市民団体が真偽の確認を求めてくるはずです」
「そんなものどうにでも偽装できる」
この瞬間、ウィスラーがハーフであることを認めた。
しかし同時に開き直りもした。
いくつか返答のパターンは考えたが、一番面倒なものだ。
「ニホンの遺伝子は決して流出させてはならないんだ」
もう隠すつもりもないようだ。
「ウィスラー大統領、認めるんですね? あなたは異星人同士のハーフであることに」
「ああ、認めよう。まさか気づくとは思わなかったがな」
これで潜在的に抱えていた、日本の農奴受け入れの口約束はなかったことになる。
あとは本質的な農奴政策を無くすだけだ。
「ではそのことについてお話をしましょうか」
佐々木総理は毅然とした口調で応答した。
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