第19話『奇襲』

「やっぱり慣れないわね。戦っているのに待機だなんて」



 レヴァン国際部隊からミサイル第一波が発射され、ユーストル防衛戦が開戦してから二時間が過ぎた。



 ユリアーティ偵察部隊は決まりの通り待機が命じられ、原則として今現在行われているユーストル防衛戦には間接的な関与しか出来ず、ラッサロン浮遊基地で更新される戦況を見る以外になかった。



 今いる場所は多目的室で、普段関わっているユリアーティ偵察部隊は全員集められていた。正面の巨大モニターには基地指揮所の情報の一部が表示されて簡易的な現況が分かる仕組みだ。


 ルィルは席に座って水を飲みながらそのモニターを見る。



 一応のところ両艦隊に被害は出ていない。ミサイルも互いに一波を撃ちあって全弾迎撃し、それ以降は撃ちあわず五百キロのところで停泊していた。画面はニホンホンシュウの一部から東側のユーストルが映り、そこに光点としてラッサロン艦隊とレヴァン国際部隊艦隊があった。



 いくら開戦したからと言って前時代のようにむやみやたらとバンバン撃ちあうようなことはしない。現代戦ではほんのわずかな隙をついて攻撃し、必中撃沈で戦況を有利にして壊滅から全滅に至る前に政治的敗北をさせていく。



 それに今回の戦争は非常にデリケートでもある。異星国家ニホンが絡み、世界の同意を得ずに同盟国のみでの進駐。メリットよりはデメリットの方がはるかに大きく、勝ち負け関係なくレーゲンら三ヶ国は国際社会での信用度は著しく減るだろう。



 いくらレーゲンの国教の聖地を手に入れるためとはいえ、国の生命線である経済を潰されれば元も子もない。



 土地は雄大なれど人口は反比例して少ない。理論上は全世界で自国の領土を有効的に使えば一切国交がなくても繁栄は出来るが、土地への拒否感から協力し合わなければ疲弊していく。



 世界から非難を受ける可能性が高いのに、たった直径四千キロしかないクレーターもといユーストルを欲しがる理由にはいくらか可能性はある。けれどどれも物証がなく、調べようにも悲しき本能でそうもいかなかった。



「ニホンが調べてくれればいいんだけど」


「何を調べてもらうんだ?」



 一人で考えて呟いていると、同じく待機を命じられているリィア大尉が隣に座った。


「いえ独り言です」


「そうか」



 話が途切れ、ルィルとリィアはそろって動かない光点を見る。


 周りも待機と言う休息を言い渡されても、いつ戦況が動くか分からないためか雑談はほどほどにモニターを意識している。仮に動いたところで、ここ半月通常の業務と訓練から離れていたルィルたちは何もできないのだが、仲間が戦っていることを考えると純粋に休むことなどできない。



「……無茶なことをしようとは考えるなよ」


「しませんよ。いつから私は特攻兵になったんですか」


「ニホン絡みだと見境ないからなお前は」


「そういう隊長も同じじゃないですか。人のこと言えないですよ」


「お前よりは節度は守ってるつもりだ」



 よく言うよと内心で思いながら視線をリィアから正面へと向ける。


 昨日ニホンに警告しに行く際、本当ならエルマと二人で行くはずだった。今までのニホンの行動から安全は間違いないはずが、それを聞いたリィアは危険の一点張りで無理に同行した。


 ニホンが不正な捕虜を取って得をしないのは誰もが知っている。それで節度は守ってると言っても説得力がなかった。



「まあここにいるみんなあまり大差ないと思いますけど」


 元々はユーストル内を偵察する分隊を統合して中隊に再編された異星国家偵察部隊。当初は全員突然現れた異星国家に驚愕していたが、ニホン人と接して類似する文明と文化に次第にのめり込んでいる。



 さすがに命を賭してなんてことはルィルを含めて出来ないが、興味自体はラッサロン浮遊基地の中でも強いだろう。


 ルィルはイルリハランの国益に繋がるのとファーストコンダクターともあって強い意欲を見せているが、ユリアーティ偵察部隊の仲間と考え自体はそう変わらない。


 あくまでニホンと関わることで多大な国益に繋がると確信しているからだ。



 モニターに動きが起きた。



 第二派としてレヴァン国際部隊から数十の光点が現れ、まっすぐラッサロン艦隊へと向かい出したのだ。数十秒遅れてラッサロン艦隊からも光点が現れてレヴァン国際部隊へと向かう。


 また、ミサイルと思われる光点より遅い速度で十個現れて移動を始めた。



「隊長、あれは戦闘機ですか?」


「だろうな。各艦に配備していたのを発艦したんだろ」



 現代の浮遊艦は駆逐艦に一機、戦艦で二十機格納又は外部に接続機構を使って密着している。それらの戦闘機が発艦して迎撃と対艦行動に移ったのだ。



「無人機の配備がまだなのが悲しいですね。あれで飽和攻撃してしまえば三倍の戦力差も……」


 人を乗せない無人機。それなら生命維持や人を乗せる場所を取っ払えるため小型化と安価に繋がって、一機の戦闘機の値段で数十機は導入できる。


「無人機の実用化に成功してるのはシィルヴァスだけだからな。あれば戦況を有利に出来るが無いもので愚痴っても始まらん。今は仲間を信じるだけだ」



「でもこうしてただ光点だけを見てるのは……」


「なら今までのニホンの資料をまとめたらどうだ? ここで一番ニホンを知ってるのはお前なんだ。お前がまとめる資料がそのまま政府に上がるんだからお前はお前が出来る仕事をしろ。少なくともただ光点を見てるよりは無駄じゃないだろ。いや無駄とは言わないが……」



 リィアに指摘されて、いまルィルのいる位置を再確認する。


 上から見ればルィルはユリアーティ偵察部隊の構成員の一員だ。しかし実際は偵察部隊の隊長であるリィアよりも、王族で外交役を担うエルマ軍曹よりもニホンとの外交に関わっている。



 ルィルとハグマ以外にももちろん交流はしても、ルィル以上にニホンを知る人はいないだろう。それだけの時間と中身を抱えている。



 でなければたった半月でニホン語をある程度流ちょうにしゃべれるようにはならない。ルィルとリィア以外ではまだ単語帳が必要なほどだから、リィアの言う通りルィルにしか出来ない仕事はあった。



「そうですね。時間は有限ですから、出来ることをします」



 待機中は命令により即応できる状態で待つしかないが、事務仕事くらいはその枠に入る。一晩ニホンで過ごした報告書はもう書き終えてしまったが、ニホン語の資料は最近忙しく書いていない。資料提出は近日中まででいいと期限が定まってなかったから置いといてしまったが、今のうちに書こうと目の前にあるノートパソコンを開く。



「……リィア大尉、レーゲンはどうしてそこまでユーストルが欲しいんでしょうか。アルタランや世界の同調がないままやったら、勝敗に関係なく苦しい思いをすると言うのに。宗教上の聖地では足りないじゃないですか」



「おそらくは聖地奪還は半分本音で半分は建前だろ。いや、建前が四分の一か五分の一か。なんにせよ、色々な意味でここを手に入れると世界の大半を敵に回してもいいと見てるのかもな」


「ではやはりこの地には資源が?」



「ニホンも向こうで似たような問題に直面していたらしくてな。歴史的事実や宗教よりそっちを疑ってきた」


「え、そんな話まだ詳しくしてませんけど?」


「徹夜でノギハラ中将と話をしているときに話題を振ってな」


「やっぱり参加したかったです。こういう時女は嫌です」



 ニホン交流の最前にいるのに女であることを理由に離される。それは不公平だ。女であると同時に軍人でもあると言うのになぜ特別扱いされないとならないのだ。



「そう言われると耳が痛いな。お前の気持ちは察するがそこは我慢してくれ」


「それでレーゲンが欲しがる地下資源ってなんですか?」



「ニホンの想像だとフォロン結晶石だそうだ。それも万トンクラス」



「……い、いやいやいや、それはないですよ。フォロンが万トンでこの地にあるって、いやいやいや」



 ルィルはニホンがした予想を即座に腕を振って否定する。


 フォロン結晶石は地下資源の一つであるが、希少性が宝石類並みに高い。たった二百キロ前後でイルリハランの一般会計を上回る価値がある。それが万トン単位であるとなれば世界経済が破たんする。



「私もそれを聞いた時はつい鼻で笑ってしまいました」


「エルマで……いえ、エルマ軍曹」



 気づくとエルマが横にいてリィアとは反対の席に座ってルィルが挟まられる状態となる。


 ここのところ妙に二人がルィルに絡むことが多い気がする。ニホン交流の重要な役目を持ってるからか、それとも異性として見られているのか聞くに聞けない。


 ティア、お願いだから羨望な眼差しで見るのやめて。



「エルマ軍曹もここに大量のフォロンの結晶石があると?」


「ニホンはこちらでの固定概念を持っていませんからね。我々からすれば絶対にないと言えても、向こうからすればそうなの? 程度ですから。それにレーゲンはともかく同盟国程度で世界に喧嘩を売るのは聖地奪還だと動機が弱いです。でも……」



「万トンクラスのフォロンがあれば構わないと言えるわけですか」


「もちろん証拠がないので何とも言えませんが、根拠は言えます」


「ニホン転移」



「はい。なぜ小さな島とはいえ、国土が転移する超常現象を説明するならフォロンが一番合理的です。レヴィニウムもまだ分からない部分は多いですが、それ以上にフォロンは我々の理解を越えた物質。分かる範囲で利用をしても、ひょっとしたら転移現象に作用する特性を持っていても不思議ではないです」



 アルタランが公表する年間フォロン結晶石の産出量は十三トン。今現在地上にある総量が二千トンだ。たったそれだけしかないところで万トンクラスのがあれば、確かに世界の覇権は手に入れられるし、それだけあれば国土転移の理由の説明もありえなくはない。


 受け入れ先にフォロンが大量にあって成り立つかは分からないが、状況を考えるとありえないとは言えないだろう。



 確かに大量のフォロン結晶石があるはずがないと言う固定概念を持っていれば、レーゲンの行動は聖地奪還の方向性で考えてしまっていた。例え地下資源にしてもフォロン結晶石以外を考え、テレビでも考察にフォロンは一切出ていないから逆に根拠とも言える。


 多くを知らないニホンの想像だから鵜呑みにすればただ混乱を招くだけだが。



 両艦隊より発射されたミサイルとしての光点が触れあって消え、いくつかが通り過ぎていった。ラッサロンから速いのと遅い光点が現れる。


 漏れたミサイルの迎撃と戦闘機だろう。


 さらに各艦から時差をもってミサイルが発射され、第一波から二時間の静寂を待って本格的な戦争が始まった。



 これから回避と防衛の隙を突かれた艦から落ちていく。戦いが始まった以上は相手の命と人生のことは考えない。軍人であり、やられなければやられる。ならば政治的決着がつくか最後の一兵になるまで戦い続けるだけだ。



『ユリアーティ偵察隊出動要請。ニホン水上艦より発光信号確認。点滅パターン四。レーゲン分隊による行動と認識。場所は接続地域、レーダーで感知した』



 頭で考えるよりも早く反復で覚えさせた体が動く。


 突然の指示でも待機していた全員が一斉に動き出し、統率の取れた行動で多目的室を混乱もなく出る。


 リィアとエルマは貴重な時間を使って色々な細工をニホン前線基地と相談していた。


 その一つが発光信号による意思伝達だ。



 市販の無線機による連絡は間違いなく無線傍受されるため、綿密な情報交換以外では使わないようにしている。そのためその他の意思伝達手段として発光信号をノギハラらニホンの前線基地の幹部と相談して決めたのだ。


 これなら発光を見られたところでレーゲンに意味は通じず、明確にラッサロンに向けられたとも言えず言い訳が立つわけだ。


 それがいま実証され、厄介な案件を排除するために動く。



「ルィル曹長、やっぱりいましたね」


「ええ。何をしているかは分からないけれど、好き勝手にはさせられないわ」



 レーゲンの分隊がニホン近辺にいるのにわざわざこちらが動くには訳がある。


 ニホンは国家未承認という立場上レーゲンの分隊が暗躍したところで取り締まることが出来ないのだ。ニホン全域で適応するのはイルリハラン王国の法律で、ニホンが自国民以外のリーアンにするとさらに問題を重ねることになる。


 よってイルリハランとニホン、両国が合法で周囲に文句を言われず進むならイルリハランが対処するしかない。



 不幸中の幸いなのがイルリハランとニホンが蜜月とまではいかずとも連携を済ませる仲に現場レベルで出来ていることにある。全てが前代未聞だがそれはニホンも同じだ。


 あらゆる面で同レベルだからこそたった半月でここまで構築でき、それはレーゲンにとっては予期できない誤算だろう。一切交流をしないからこそこれだけは相手を上回っているはずだ。



「移動は高機動艇で行く。チームは六編成。対処は三チームで行い、残りは後方支援だ」



 ソルトロンでは出航までに時間がかかるが高機動艇ではすぐに出発が出来る。


 総勢四十五人でなるユリアーティ偵察部隊は順次武器庫から装備を受け、六個チーム六台の高機動艇で十分と掛けずにラッサロン浮遊基地を出発した。



      *



 高機動艇がイルリハランとニホンの陸上の国境線まで五キロまで近づいたところで、前線基地から黒煙が上がっているのが見えてきた。


 チーム一で後部座席に座るルィルは窓から顔をのぞかせて双眼鏡でのぞき込む。ユーストルから移動させたのだろうオスプレイが対装甲弾を受けたのか浜で大破して炎上、黒煙を昇らせていた。


 建物にも同じく対装甲弾を打ち込まれたらしく二階と三階が吹っ飛び崩れてもいる。



「レーゲンはなぜわざわざ攻撃出来ないニホンに攻撃を? わざわざ防衛の権利を与える口実になるだけなのに」


「奇襲を掛けて前線基地としての機能を落とし、我々との交流を妨害するつもりでは?」


「いくら急造の前線基地とはいえ、分隊程度で落とせるほど軟弱な兵力ではないぞ」


「もしくはニホンに手を出させるのが目的の可能性もあります」



 可能性の話はそこまでにして各自武器の確認をして出撃の準備をする。


 軍人たるもの憶測のみで行動をしては自滅する。頭の隅に予想として置いておくのはよしとしても、それを前提で動いてしまうと惑わされて予想外の結末に招くことがあるからだ。


 少なくともレーゲンの分隊がニホンの前線基地を襲撃していることは目に見えて事実であり、理由についてルィルは深く考えないこととした。



「レーゲン軍分隊と断定。あいつらニホン内地にいるぞ」


 同じく助手席に座るリィアが双眼鏡を覗きながら言う。ルィルの目にはそこまでは見えないが、戦歴のあるリィアが言うのだからそうなのだろう。そしてどういう体勢であるのか分かる。



「あいつらこっちの公開情報見てないのか? フォロンがないってのに」


 フォロンがないのは安全上最優先で公表している。それを真実かどうか思うのは相手次第だが、それを完全無視するのは愚か以外にない。ブラフだとしても確かめるのは当然だ。


 偵察隊七〇三の時にマンローの事故はあれ境界線は警戒したものだ。



「……いや違う。やつら敢えて飛び込んでる」


「どういうことですか?」


「体に太いチューブのようなのを撒いてやがる。おそらく何メートルかの落下衝撃を緩和するやつだろ」



 この世界に住むリーアンは生態として空に立つ種族だ。そのため意識が無くても空中に静止が出来て、疲労はするが睡眠に限らず失神でも自由落下することがない。


 ということは、レーゲンはわざわざ準備をしてニホンに入ったということになる。



「良い兆候ではないですね。意図していると言うのは」


「しかも向こうにいるとなるとこちらも手出しが出来ん」



 体の自由が利かない不安は十分理解している。こちらはニホンのことを知った上で、すぐに建物上階に上がったからそれほどでもなかったが、柔い浜の上に寝そべるなど精神を病むレベルだろう。


 しかも周りは異星人であり敵だらけともなれば、死ぬつもりで行かなければ軍人とはいえ遂行は出来ない。



「隊長、レーゲン軍が中にいる以上我々は手が出せません」


「ニホン軍が連れてこさせるしかない」



 リィアを先頭に三チームは三方向に広がりつつ鈍角に下降を始めた。小銃の安全装置を解除。銃口を下方向へと向けて速力を上げていく。



『狙っての発砲は極力するな。ニホン内で死なれると面倒だ』



 無線でリィアが簡潔な指示を飛ばす。要はニホンから一発も撃たずにレーゲン軍を引きずり出せ。そうしたら発砲してもいいと言うことだ。


 イルリハラン国内で軍事行動をしては射殺をされても文句は言わせない。向こうは自国の領土と謡おうとここはイルリハラン王国なのだ。



 近づくにつれて戦況がよくわかってきた。


 レーゲン軍分隊は浮遊高機動艇上限の八人が浜に倒れ、倒れながら銃を四方へと向け発砲している。相当乱射をしたのだろう。薬きょうが無数に散らばっていて、ニホン兵が撃たれたのか血があったりした。



 ニホン軍兵は弾をよけるために地上車両に隠れたりしているが誰一人撃ち返そうとしない。やはりニホン軍は軍隊としては異質だ。国際関係を鑑みての事だろうが、ここまでされて逃げるしか出来ないとは。だからイルリハランはニホンとここまで交流が出来たのだが。



 一人のレーゲン兵がこちらに気づいて仲間に叫んだ。


 完全に空に立つことが出来ず浜に倒れてもやはり軍人だ。大地への恐怖を気にしないように、うつ伏せから仰向けに変えてこちらに発砲してきた。



『散れ!』



 リィアの命令で一気に散開する。境界線を越えないように目測で確認しつつ、被弾をしないよう不規則に移動する。


 マンローがレーゲン兵に銃口を向け掛け、それを素早くリィアが下へと向けさせた。ここで撃っては最悪レーゲンの思うつぼだ。



『いいか、牽制以外絶対に撃つんじゃない! 敵の注意をこちらに引き付けてニホン軍にとらえさせるんだ!』



「ティア、誰でもいいからニホン兵に近づいて〝レーゲンヲ取リ押サエテ〟と伝えて」



 ヘルメットを被っているから大丈夫としてもルィルやリィアは真っ先にマークされる。ニホン軍がこちらの意図を理解してくれると信じようとやはり一度は伝えなければならない。そこであまり表舞台に出ないティアに指示を飛ばし、牽制として境界線付近に向けて三点射で撃つ。


 その間にティアが地面近くまで飛び、境界線付近で地上車両に隠れるニホン兵に近づいた。



 他の仲間たちも牽制として当たらない場所めがけて発砲を開始する。


 だがこれは一時的なものだ。動けない相手に二十人近くが撃ち続けて当たらなければ、誰だって狙っていないと言うことが分かる。


 向こうがそれを気づくよりも前に取り押さえなければ、こちらに向いている銃口はまたニホンに向く。



 今考えられる最悪のケースはレーゲン兵がニホン内で死ぬことで、その過程は何でもいい。イルリハラン兵でもニホン兵でも自分自身でも、ニホン内で死ぬことがレーゲンの世論や士気を加熱させるには十分な理由となる。それだけは何としても回避し、捕虜としてこの争いを止める材料にさせるのだ。



『他にも仲間がいるかもしれない。周囲警戒を怠るな!』



 至近弾がルィルのヘルメット側面を通り過ぎた。風切り音が聞こえ、わずかな空気の揺らぎを頬が感じる。心臓が大きくはね、血の気が下がって体温が下がるのも分かった。


 こちらからは牽制しか出来なくてもレーゲンからは当てられる。いくら三次元で不規則に動こうと、当たるときは当たるのだ。


 ルィルは歯をかみしめて手に力を籠める。



 ニホン兵が動いた。



 地上車両の陰から手で指示を出しているのが見えた。すぐに動くだろう。


 ルィルはよりレーゲン兵を引き付けるために至近弾を敢えて撃つ。


 マガジンの残弾を撃ち尽くし、空のマガジンを捨て新たなマガジンを手早く装填する。


 レーゲン兵八人の内五人が空に、三人が陸に目を向けている。ニホン兵はその陸の三人の死角の車両から駆け足で飛び出し、一人に対し三人がかりで覆いかぶさるように抑え込んだ。


 とっさに空に目を向けた五人が身を捻ろうとした瞬間、畳みかけるようにニホン兵に押さえつけられた。



『撃ち方止め! 撃ち方止め! 周囲警戒はそのまま継続』


「皆サン! 自爆スルカモシレマセン! 気ヲ付ケテクダサイ」



 標準装備であれば必ず手りゅう弾を持っている。ピンを抜かれて自爆をされたら全て水の泡だ。だが向こうも軍人、あらゆる抵抗をさせないよう叫んでいる間に両腕は背中で固定させていた。



「ふぅ、終わりね」


「あっけねー」


 そう愚痴るのはレーゲン兵に撃とうとしたマンローだ。


「動けない相手を取り押さえるんだからあっけなくて当然よ」



 敵の基地のど真ん中で空に立てずに時間がかかるのは一切手が出せない場合だけだ。動ければ当然早く終わる。



「ですけどニホン兵はなんで手を出さないんですかい?」


「国際条約を結んでないニホンが拘束したら捕虜じゃなくて拉致になるからよ」


「なるほど。だから俺らが出て来たわけですか」



 戦闘が終了したことで、ニホン前線基地のニホン兵たちが慌ただしく動き出した。


 オスプレイは燃え続けて黒煙を発し、被弾したのか車両の陰で倒れるニホン兵士に応急処置をしているのもいる。


 建物にも被弾してほとんど無抵抗で攻撃を受けたのだろう。被害はかなりのものだ。


 ルィルたちは境界線ギリギリで地面から二メートルの位置で止まった。



「我々はイルリハラン軍です。交流部隊の人はいますか?」


 各自武器を収めてリィアはニホン軍に話しかける。一番近くにいたニホン兵は交流では見たことがない兵士で、ニホン語で「ありがとう、少し待ってくれ」と返してきた。



「ハグマさんやアマミヤ大尉は無事かしら」


「アマミヤはともかくハグマは民間人ですからね。まっさきに安全なところにいますよ」


「離せ! 下等人種が俺たちを持ち上げるんじゃねぇ!」



 少し離れたところでレーゲン兵が体をひねりながら抵抗をしていた。まだニホン内にいるため空に立てず、三人から四人がかりで抱えられて境界線近くの浜に降ろされる。


「奇襲とはいえよくもまあ少人数で異星人の前線基地を攻撃したな」


「いいか、何もしゃべるんじゃないぞ!」



 さすがに余計な情報を与えないために黙るよう指示を飛ばした。黙りこむ代わりにすさまじい殺気を視線に乗せて放ってくる。



「安心しろ。お前らの処遇はニホンじゃなくて我々イルリハランが決める。異星人に体を切り刻まれるようなおぞましいことはしない。まあ、国際部隊撤退のための大事なカードにはなってもらうがな」



 ニホンとしても資料を提供すれば解剖的なことはしないことは分かっている。しかしラッサロン浮遊基地以外では一般的な『異星人』の印象が強いから、解剖やら人体実験とおぞましいことを考えてしまうが、同レベルの文明で話が分かるならそんな心配はわずかでもする必要がない。



「中尉、武装解除したらレーゲン兵を高機動艇に連れていけ。ここの状況を聞いたら俺たちも戻る」


「はっ! 了解しました!」


 リィアは元別偵察隊の隊長である中尉にレーゲン兵を任せ、ルィルと共にヘルメットを外しながら少し横に離れる。



「リィア大尉、ルィル曹長」


「アマミヤ大尉、無事でしたか」


 イルリハラン軍が捕虜の受け渡しに来たことで出てきたのだろう。アマミヤが駆け足で来た。ハグマはいなかった。


「来ていただいてありがとうございます」


 チキュウ式の敬礼をして、ルィルとリィアはフィリア式の敬礼をする。



「アマミヤ大尉、被害者は何人いますか? ハグマさんは?」


「正確な数字はまだですが、襲撃の十分前には把握して避難していたので心配するほどの被害はないはずです。羽熊さんはすぐに避難させたので無事です」


「そうですか。被害が少ないことを祈ります。それでアマミヤ大尉、簡潔でいいので襲撃の経緯を聞いても?」



 アマミヤはハグマほどマルターニ語が堪能ではないが、マルターニ語とニホン語を合わせながら話せる範囲で話してくれた。


 ニホンのレーダーにレーゲン兵が反応したのは五十分前で、実際に攻撃が始まったのは四十分前らしい。目視できる距離まで近づいたところでニホン軍は退去するよう警告をするも、レーゲン兵は返事代わりに対装甲弾を撃ち込んできた。



 撃った対装甲弾は二発。一発は臨検を恐れて内陸に移動させたオスプレイに、もう一発は前線基地で一番大きい建物に命中した。


 その後レーゲン兵は落下の衝撃を和らげるチューブを巻いて低空で浜に侵入。誰も寄せ付けないよう銃を撃ち続けた。


 当然今後を考えるとニホンはレーゲン兵を射殺することは許されず、事前に決めておいた発光信号を水上艦を使って伝えて今に至る。



 話を聞くだけではレーゲン兵たちの具体的な目的が見られない。前線基地にダメージを与えるためとしても消耗率は決して大きくなく、ニホン軍の対応を調べるにしては生存、帰還を考えていない。


 であればその逆を考えれば辻褄が合う。つまり戦死を前提とした作戦。


 特攻と呼ばれる忌まわしき作戦だ。捕虜として生存することも、帰還することも考えず戦死を前提とした作戦。人道上の問題からはるか昔に廃れたのを再び使うとは、レーゲンはなりふり構わず行動に起こしている。



 ひょっとしたらニホンの推測は間違っていないのかもしれない。


 この地には世界を敵に回しても手に入れたい何かがある。


 そう考えを纏めていると、ニホン側からニホン兵数人に護衛されながら近づいてくるキノミヤに気づいた。



「イルリハラン軍ノ皆サン、コノ度ノ支援アリガトウゴザイマス」


 キノミヤは両手を前で重ね、深々と頭を下げた。



「政府ヲ代表シテ感謝シマス」


「いえ、これも結果的には我が国のためですので」


「レーゲン兵ノ処遇ニツキマシテハ、イルリハラン軍ニオ任セシマス」


「国際法に乗っ取った処遇を取らせていただきます」


「そして今回のレーゲン兵の襲撃に関しては迅速に外務省経由で非難を通達、さらには報道もさせましょう」



 話に加わるのはエルマ軍曹だ。


「よろしければ前回同様に非難映像を流せますがどうしますか?」


 アマミヤ大尉の通訳を聞きながらキノミヤはうんうんと頷く。


「マダソノコトニツイテハ政府ヨリ許可ガ来テイマセン。ナノデ許可ガオリ、マタ皆サンガコチラニ来タ際ニオ願イシマス」



 非難の映像でもコメントでも、外交官の独断でするわけにはいかないのだろう。全権を持たされれば出来るが、彼女の言動を見るとさすがに政府によるコントロールが必要か独断で動く場面はなかった。



「リィア大尉、我々もレーダーによって戦闘は確認しています。国際部隊が迅速に撤退することを祈っています」


「ニホンが転移してこなくても、遅かれ早かれ起きたことです。我々もそのために日々訓練してきたので、必ずやこの地を守ります」



 決してニホンを守るとは言わない。それはニホンも承知の上で、アマミヤとキノミヤは静かにうなずいた。


「あと十分状況分析し、その後基地に帰投する。他にもレーゲン兵がいる可能性がある。周囲警戒は一瞬も怠るな」



 果たしてレーゲン軍からの奇襲はなく、レーゲン軍襲撃の写真など証拠を十分に集めて帰投した。


 このニホン前線基地への奇襲攻撃は、様々な証拠を添付の上迅速にレーゲン及び報道で全世界に伝えられた。

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