第17話『タイムリミット』

 レーゲンにいかに放射性物質の存在と、その危険性を伝えられるかが日本が抱える多国籍軍によるユーストル侵攻防止策の問題である。



 異星人と言う理由とフィリアでは存在しないか未発見なので、不安感を伝播させることは出来ても決定打にはならない。いくら異星国家を相手にしてもあやふやな理由で国が動くことは決してないからだ。



 それにいかに日本に使い方次第では危険な物質があるとしても、日本独自でレーゲンに伝えることは出来ないし、露骨に伝えてはより疑心暗鬼を与えてしまう。



 そこで日本はイルリハランが国土転移してきた当初から作成している日本の特集サイトを利用することにした。



 この特集サイトはイルリハランの外務省が国防省より提供された情報を公開されているので、一般人が作るサイトの元となっているらしい。そのサイトでは日本地図はもちろん、様々な分野で写真などの資料を使いながら解説している。地球にしかない自動車から比較的類似する政治体系と項目は数十を超す。



 そこに発電の項目が元々あって、そこに仕掛けることにした。



 ルィルたち三人が一晩とはいえ日本に来たことを利用して、その原料がどうして人を死に至らしめるのかを医学的に伝え、それを『交流』によって普通に得た知識として掲載させたのだ。



 この特集サイトはサーバーが何度もダウンするほどのアクセスが世界中が寄せて、開設した瞬間には一千万を記録して落ちた。その後増設を繰り返して、今や一日三億人は閲覧しているそうだ。



 異星人のことを政府の秘密の検閲を受けているとはいえ知れるのだから当然だが、そこに原子力発電所とその原料の一部を掲載した。



 ただ、この情報開示にはレベルがある。一般人に開示してもいいものから他国政府にだけ開示するものとあり、共有の意味を兼ねて外務省経由で広げることがある。もちろん有益な情報ほど広めないが、原子力発電の情報はイルリハランの友好国へ公開することとした。



 日本としては最重要機密と言える情報を広めるのは避けたいが、侵攻回避を考えた結果許すこととなった。



 もちろん原発と原爆の関連性は知られないようにしてある。原爆はあくまで熱と爆風による超広範囲に被害を及ぼすだけで、どういう原理で大爆発を起こすのかは何一つ話してはいない。



 あからさまに原発のことを伝えては警戒されるため、あえて蚊帳の外にする形で情報を開示させた。


 向こうからすれば日本を知るには独自の調査とイルリハランが提供する情報しかない。しかし日本は異星国家。イルリハランにも隠している情報があることを考えると、徹底的な情報収集と精査は必須だ。



 異星国家を相手に舐めて掛かっては、隣国との戦争でもまず勝てはしない。



 日本とイルリハランは、向こうが勝手に情報を精査することで、日本には原発が数十とあって攻撃をすれば致死性の物質をばらまいてしまうことを伝える方法とした。



 そして大々的に流布せず粛々と情報を記載したのは、政府宛てと言うよりはレーゲン国民宛てであった。フィリアの社会が地球の現代社会と似ているのなら、世論は常に警戒をしないとならない。世論にめっぽう弱い日本を基準にすると痛い目にあっても、世論によっては国が転覆することがある。あの中国も徹底的に情報統制するのは世論をコントロールして国家転覆を起こさせないからで、世論を誘導させられれば政府を間接的に誘導させられる。



 もちろん向こうの出方次第で確実性がないから確率は低いが、直接言えば却って聞く耳を持たない。例え本当にあるとしても、攻め入られる国からこの理由だからやめた方がいいと言ったところで、苦し紛れの言い訳と言われて資料を用意しても逆に怪しまれてしまう。



 これが地球で平時の外交であればなんてことなくても、信用がない異星国家の言葉を聞けと言うのが無理な話だ。通常の外交が出来ないとなれば向こう次第にするほかなかった。



 ちなみにレーゲンを中心とした多国籍軍による侵攻のことは、ミサイル破壊措置命令を出す説明もあってラッサロンで開催した記者会見直後から段階的に国民に伝えられている。



 そのことで野党やメディアから色々と外交の失敗ではないのか等で糾弾をされているが、当該国外から言われてはどうしようもない。日本が出来ることは人的被害を限りなく0にする行動をイルリハランが許可する範囲内でするしかなかった。



 そして交流はルィルたちの護送をもって一時中断。侵攻が起きてしまった場合の意思の伝達は、ルィルが渡した無線機を日本語で最小限ですることでレーゲンの盗聴対策を果たすこととした。



 レーゲン侵攻に合わせて運用をすることにした元アメリカ海軍第七艦隊のミサイル駆逐艦は、現役と元自衛官の協力により、航行と対空戦闘を中心とした人員配置によってアーレイバーク級八隻中三隻が効果的に狙うであろう大都市を護衛出来る海域へと出航していった。



 圧倒的に時間が無いとはいえ間に合わせるのが日本気質だ。それも引き延ばせず緊急であればあるほど日本人は間に合わせようとし、本来ならアメリカ海軍が運用する駆逐艦を、性能を限定したとはいえ戦闘目的で運用するのだからその凄さがうかがえる。



 レーゲンが言うことを信じれば侵攻は明日でも、日本は第二次世界大戦時のソ連の不可侵条約の破棄や、レヴィアン問題による日米安保の破棄が突然起こることを経験している。明日来るから明日までに準備をするのは三流のするやりかただ。一流であれば布告無しでも対応できるようにするべくするもので、日本は明日という見方をせずいつでも対処できるよう動いた。



 万全ではないが、敗けない戦いをするために日本は各地で動く。


 それは異地でも同じだった。



「少し早く来すぎましたね」



 時間は九月三日午前八時二十五分、ルィルたちを乗せたオスプレイが交流地へと着陸するも、少々早く来てしまいまだソルトロンは来ていなかった。



「すごい揺れるんですね。オスプレイと言うのは」



 さすがに空を飛べるからと言って乗せないわけには行かないので、ルィルたちもオスプレイに乗って交流地へと来ている。まだ羽熊達はフィリアの乗り物には天空基地以外乗っていないので分からないが、制振性ははるかに上のようだ。



 言ってしまえば反重力装置によって浮いているのだから振動がないのは当然か。



「これが地球科学の限界ですね。一応磁力で浮くのもありますけど、高くは飛べません」



「フィリアではレヴィロン以外で飛ぶのはロケットエンジンだけで、航空力学は研究してますが、非効率過ぎて実用化はしてないですね」



 一定の速度が必要な航空力学と、熱と電気さえあれば飛べるレヴィロン機関。どちらが安定しているかは誰だってわかる。フィリアのジェット機も推進力をジェットエンジンに委ねて、揚力はレヴィロン機関に任せれば極端な話、翼がなくても飛べる。それが潜水艦のような外見の飛行艦となるのだ。



 なら軍艦にジェットエンジンを積まないのかと聞くと、艦体が大きく木材を多く建材に使っているから亜音速まで加速すると艦体に影響が出てしまうため、それらの風圧に十分耐えられる建材で作らなければ瓦解してしまうそうだ。



「ルィルから見て、日本もレヴィロン機関は作れます?」


「この非浮遊機が作れるなら作れると思います。フォロンに与える電気を精密に制御できれば浮くので」



 ならヘリみたいにローター部分をレヴィロン機関に置き換えられれば、羽なしで空を飛ぶことが容易になる。飛行機にしても機体に取り付ければ万が一エンジンが停止しても安全に着陸できるし、垂直離陸が出来るから滑走路がなくなる。



 日本国内で使えないデメリットはあっても、今後日本が異地で活動することを考えれば重要な機関だ。



「ソルトロンはまだですね」



 遠くにラッサロンが見え、ソルトロンなのか点が移動しているのが見える。速度が七百キロ近く出ることを考えればすぐに着くだろう。



 陸自の隊員たちはそれぞれ周囲に展開して、潜んでいるかもしれないレーゲン軍の小隊を警戒し、通訳以外することのない羽熊は脚立の上に座って地平線を歩くウィルツを眺める。



 数十秒眺めた後、スマートフォンを取り出してメールを開いた。



 異星交流の最前線に立ち、ネットで身分がさらされるようになってから一般には出回らない情報を得ようと、電話帳に登録した人や登録した人の友人と質問が絶えない。



 そんなことを言ってしまえば前線から外されると分かりきっているのに、それを理由に断っても薄情者だのちょっとくらいいいだろとふてぶてしく聞いてきて、もう数十通が未読として無視している。親や親せき、会ったことのない遠縁の人までくるからいやになる。



 教授は立場を意識して仕事に関するメールしかしないから安心できるが、内容は何であれ来てほしいある人からは一通も来ていない。


 と、横で画面をのぞき込むルィルに気づく。



「ドウカシマシタ?」


「イエ、チキュウトフィリア、星ガ違ウト言ウノニ、ドウシテココマデ科学ガ似テイルノカト思ッテ」



 そう言ってルィルも携帯電話を取り出した。折り畳み式の携帯電話だ。


 その画面にはマルターニ語で書かれた時間や文字があるのだが、その配置やらボタンは悉く日本のと同じだ。



「人ノ姿ト、技術ノ発展ト、使イヤスサヲ求メルト、自然ト同ジ形ニ収斂シテイクンデスネ」


「ヤッパリ、メイン画面ハ家族トカ彼女ノ写真?」


「写真ハ風景デスヨ」



「ソウ言エバハグマハ彼女カ奥サンハイルンデスカ?」


「彼女ガイタケド別レマシタ。隕石ガ来ル騒動デ」


「ソウナンデスカ」


「結構イルミタイデスネ。死ヌカラ全財産ヲ使イ切ル人モイレバ、モットイイ人ト楽シミタイト、マアミンナ自暴自棄ニナッテマシタ」



 それでも赤の他人を巻き込まない形でだから諸外国と違って世紀末感は出さず、ひっ迫はしても日本は壊れることなく活路を見出そうとしているから不思議なものだ。



「ルィルハ彼氏カ旦那ハイナイノカイ?」


「イマセン。私ハ軍人デアルコトニ誇リヲ持ッテマス。今、男ニ夢中ニナッテル余裕ハナイデス」



「私モ、コノ交流ヲ考エルト恋ヲシテル余裕ハナイデスネ」


「今ハ、無事ニ血ヲ流サズニ不毛ナ争イヲ終ワラセルノガ先決デスネ」


「ハイ」



 話している間に点だったソルトロンが大きくなり、高度を下げ始めていた。



 羽熊は民間人とあって食事は取らされたが、国防軍とルィルたちは朝晩水のみだから相当空腹のはずだ。それでも平然としているあたりさすがと言え、それでも地面に近づくと怖いのだからグイボラがどれだけ苦しめていたのかが伺える。



 ソルトロンが五十メートルくらいで停船すると、船体からいつものように数人の兵士たちが降りてきた。



「エルマ殿下、リィア隊長、ルィル曹長、ゴ無事デスカー?」



 ルィルと同じく女性兵士のティアが猛スピードで降りてきた。



「ティア、心配カケテゴメンナサイ。私達全員無事ヨ」


「ニホン軍ニ何カサレテマセンカ?」


「チョット! ナンテコト言ウノ!」



 さすがにそれはまずいとルィルはティアの口を手でふさぐ。



「ハグマハモウコッチノ言葉聞キ取レルノ。ソンナコト言ッチャダメヨ」


「大丈夫デスヨ。何モシテマセンシ、ソウ考エルノハ仕方ナイデス」


「スミマセン。ティアハ正直者デ」



「イイデスヨ。ユーストルカラ少シノ所デモ、異星ノ国デ一晩過ゴシタンデスカラ」


「ルィル曹長、目ニ隈出来テマスケド寝マシタ? ハッ、マサカ寝ル間マモ与エラレズニ……イエ、ゴメンナサイ、ナンデモナイデス」



 ルィルの睨みによってティアが黙り込む。



「タダ寝テイナイダケヨ。セッカクノニホンヲ寝テ過ゴスナンテ勿体ナイジャナイ」


「ルィル曹長ノ貞操ハ守ラレタト。アノ、目ガ怖インデスケド……」


「トコロデ、レーゲンノ動キハ?」



 聞きながらルィルはティアへの仕置きとしてこめかみをわしづかみにして締め付ける。



 悲鳴を出しながらティアは答えてくれた。



 今のところユーストルに潜伏しているであろうレーゲン軍小隊は発見できていないらしい。さすがにレーダー範囲は軍事機密で教えられないが、少なくとも日本並みか以上であろう。それで見つからないとすれば、巧妙に隠れているかそもそも乗り物だけで来ていないか。



 注目の原子力発電所の掲載は、さっそくテレビやネットで話題になっているらしい。フィリアにあって日本になければ興味から知りたくなるように、その逆であっても同じだ。



 主に殺人物質と言う表現で語られ、発電方法よりはその殺人のメカニズムの方が注目されている。宇宙に進出しているだけあって宇宙線の存在は知っているからメカニズムの受け入れは早いが、放射性物質そのものは発見はされていないのかティアは喋らなかった。



 これで日本に対して何かをすれば、その殺人物質がまき散らされるかもしれないと言う話が世界に広まる。そうなればレーゲン国内で侵攻賛成派と反対派の世論に分かれて絶対侵攻の政府判断に変化が起きるはずだ。



 例え首都級の大都市に設置するはずがないと思われても、管理する人を殲滅しては結局はまき散らす。それに日本は異星国家だからフィリアの常識が当てはまるとは限らない。どこにあるのか分からない、殲滅してもならないの二つから原発の盾は機能する。



「あとは向こうの出方を見るだけですね」


「はい。けれど向こうからすれば神聖な場所なので、こちらの考えで来るとは考えないべきですね」


「ここまでしてまだ日本とイルリハランは国交がないと言うのも変な話ですね」



 そう羽熊が言うと二人はくすくすと笑う。



「でも本当に、初めての異星人がニホンでよかったと思います。同じチキュウでも違う文化の国が来たらどうなっていたか」



 それは言えている。必ず戦争が起きるわけではないが、常任理事国や北朝鮮、内乱続きの中東諸国が転移すればどうなっていたか。日本だけが特別とは言わなくとも、現時点の状態にはなれなかっただろう。



「羽熊さん、今日の交流はそこまでで日本に戻ります」



 今日はルィルたちを交流地に連れていき、イルリハラン軍に無事届けるだけを目的としている。これ以上の長居は無用と、羽熊は脚立から降りようとした時。



 イルリハラン軍の無線から一斉に音声が出た。



『ラッサロン浮遊基地ヨリ入電。ユーストル東方面ヨリ所属不明ノ艦隊四十五隻ヲ感知。ユリアーティ偵察隊ハ至急ソルトロンヘ帰還セヨ』



「ハグマ、アマミヤ、レーゲンが来た」



「すぐに日本に戻ります!」



 艦隊相手にオスプレイと護衛として来ているアパッチでは太刀打ちできない。



 ルィルたちはすぐさま空へと昇っていき、羽熊も地面に飛び降りると脚立を抱えてオスプレイへと走る。



 それに合わせてオスプレイのローターが回転を始めた。隊員たちは風が巻き始める中決まった場所へと着席をして、全員が搭乗すると後方ハッチが閉まって機体が宙に浮き始める。



『たった今海自と空自より、四十五の飛翔体を感知したと連絡。移送速度から飛行艦と断定しだが、目的地は不明』



「やっぱり時間がまだ足りませんか」



 増税や公業事業等、国が決めたことを例え地元住民が激怒して反対しても辞めないように、一度決めた侵攻は中々止まらない。



 さすがにイルリハランが流した日本の情報を短時間で鵜呑みにしては沽券にかかわる。とはいえ簡単な攻撃もしないだろう。



 原発に関する的確な情報を得ないでの攻撃は墓穴をほるどころの騒ぎではない。



「バスタトリア砲搭載の飛行艦も来ているんですかね」


「イルリハランには政治的に無理でも、日本にはないから初実戦で投入するかもしれません」



「地球世界初の原爆に続いてフィリア世界初のバスタトリア砲。何でこうも最強兵器の実験場になりますかね」


「そういう運命なのかもしれないが、さすがに安易な攻撃はしないでしょう。原発の盾もあるし、イルリハランも黙ってない」



「国民やメディアが反発してくれればいいんですけどね。中国みたいに言論統制や弾圧をしたらアウトですけど、一応民主主義なので国民の意見は政府に届くとは思います」



「なんにしてもこれから長い一日が始まるな」


「僕の役目もひとまずここまでですね」



 ここから日本とイルリハランは別々での行動だ。マルターニ語の通訳として動けないのであれば、羽熊の仕事は一時中断してことが終わるまで邪魔にならないようにいるしかない。



 日本は迫るミサイルを迎撃し、イルリハランは原発の盾を使いながら多国籍軍に撤退を要求する。



 最低限の通信はしても、次にルィルたちと会うのは多国籍軍が撤退した後だ。



「不思議ですね。これから忙しくなるのに暇になるんですから」


「ここからは本当の意味で国防軍の仕事です。羽熊さんは部屋で休んでてください」



 昨日一時はタメ口になっていたが、いつの間にか雨宮はまた敬語へと戻っていた。同学年でも立場が違うから自制を掛けたか、それとも上官から注意を受けたか、けれど羽熊はそのことに言及はしなかった。



「期待してます。落ち着いたら呑みましょう」



 言って羽熊は握り拳を雨宮に向けると、やや強めで握り拳を当ててきた。



 転移から働きづめで、睡眠時間も削って頑張って、戦いになるから休みとは不思議でも、ようやく休めると羽熊はホッと息を吐いた。

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