掌編集

相沢唯愛

影と光の別れ

影と光の別れ

 しとしとと、月影の降り注ぐ夜の事でした。幾億、幾兆、それ以上の粒子が君の服に、髪に、肌に落ちては弾け飛んでその輪郭を浮かび上がらせました。夜闇との境が曖昧に滲んだそれに、無意識に触れようとして伸ばした右手をもう片方の手で押し留めたのです。君と同じ様に光に濡れた自分の手は、自分の物だと信じられないくらい冷たかったのを覚えています。


 さよなら。


 その一言を、たった四つの音を絞り出すのには永劫に感じられる程の時間が必要でした。それなのに振り返ってみれば、君と過ごした時間は刹那であったと思えるのです。

 無明の静寂しじまへと君が消えた後、踵を返して君が消えた方向ほと真逆の夜を拒んだように光り輝く街へと歩き出しました。暴力的な人工の光に月影は剥ぎ取られて、魂を暴き立てられて晒されているという被害妄想が付き纏います。

 まだこの心に君を住まわせたまま、街路を彷徨い歩いています。君はもう、何もかも忘れてしまった頃でしょう。

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