彼女の名前は黒薔薇姫

「……ホントはちょっと、その気があるんだろ?」


「なんですって?」


 黒薔薇姫は俺の方を見てくると、無言で大鎌を向けてきた。


「しつこい男は嫌いよ。さあ、早くトマトを買って来なさい。でないと壁に新しい穴をあけるわよ?」


 彼女はキツメの顔でそう言ってくると、再び否定してきたのだった。俺は何気に不満を呟いた。


「じゃ、じゃあ……なんであのとき、俺にキスして来たんだ――?」


「キス? バカね、あれはキスとは言わないわよ。あれは只のエナジー補給にしか過ぎないわ。何を勘違いしているのか解らないけど、私に無駄に期待なんかしないことね?」


 黒薔薇姫が言うエナジー補給とは、人間の精気のことだ。キスして人間からエナジーを補給するらしい。でもそれはあくまでも緊急時だそうだ。吸血は本来、人の生き血を吸ってエナジーを補給するのが当たり前らしい。でも、彼女は人間の生き血は吸わない。ヴァンパイアなのに変わっているといえば少し変わっている。そのかわりに口からエナジーを貰うのが彼女のやり方だ。そしてあのとき、偶然あそこに俺がいた。


 彼女は未だに詳しい経緯は話してくれないが、どうやらあのときはピンチだったみたいらしい。そして、たまたまあそこにいた俺に狙いを定めて、彼女はキスをしてきた。そして、俺は彼女にエナジーを奪われたついでにファースト・キスも奪われた。そんな彼女は俺からファースト・キスを奪ったことは知らない。彼女は俺からエナジーを貰うと、あの後すぐにどこかに消えて行った。そして、その日の夜、彼女は再び俺の前に現れた。家の玄関をノックされた時は正直驚いた。まさか再び彼女に会えるとは俺自身も思っていなかった。そして、彼女は行く宛がないことを俺に告げると大胆にも家の中に転がり込んできた。


 普通だったらあり得ない状況だ。なのに彼女は俺に警戒もせずにそのまま部屋に居座り始めたのだった。そして、それが今日に至る。彼女は俺の部屋から出て行かずに、未だに居候し続けている。未婚でしかも、独り身の男の部屋に可愛い女の子がいる状況は普通だったら美味しすぎる。俺にその気があれば、彼女なんかとっくに食べてる所だ。なのに俺は、そんな彼女に未だに指一本触れられないでいる。




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