彼女の名前は黒薔薇姫

「おい、お前ーっ! 人が住んでいる部屋の壁に大きな穴をあけるな! ここを出るときどうしてくれるんだっ!?」


 そう言って大鎌が食い込んだ壁に向かって指を指すと猛抗議した。すると、彼女はチッと舌打ちをして言い返してきた。


「何よ、大袈裟ね。ばっかみたい。たかが壁に穴があいただけなのに、何そんなに怒っちゃってるのかしら?」


「なっ、なにーっ!?」


「……そうね、この私に口声しないことね。でないとこのカルディナの餌食にしてあげるわよ?」


 彼女はそう言って細い腕で食い込んだ大鎌を軽々と壁から引き抜くと、俺の方に向かって鋭い刃を向けてきた。物騒な大鎌を向けられると、俺は急に言い返せなくなった。


「くっ……!」


 彼女は見た目は可愛いいのに、中身はとんでもなかった。ワガママで女王様のように俺のことをコキ使ってきた。そんな彼女の名前は黒薔薇姫。変わった名前で、どう見ても普通の人間の女の子じゃないことは確かだった。何故なら彼女は、あの伝説のヴァンパイアだった。ここまでくると、普通はそんなバカなみたいな話を信じるわけがないが、だけど彼女は正真正銘のヴァンパイアだった。それもかなり身分の高いお嬢様らしい。それにつけ加え、肌は色白で雪のように白い。それに長い髪は真っ黒で、瞳は不気味なくらい赤い。それに格好も普通じゃない。真っ黒のレースが付いたドレスを身に纏っている。


 それに彼女の好きな物はトマトジュースで、日の光が苦手らしい。そんな彼女を見ていると、ますますヴァンパイアに見えてくる。俺が警戒した目で彼女のことをジッと見ていると、黒薔薇姫は腰に手を当てて、上から目線で話してきた。


「そんなことより陽介、早く新鮮なトマトを買って来なさい。この私にカップラーメンなんてものを食べさせるようなら、只じゃおかないわよ?」


 彼女はそう言ってツンとした態度で俺を上から見下ろした。どうやら彼女はカップラーメンは食べないらしい。俺なら普通に食べるのに、カップラーメンはおきに召さないようだ。俺は彼女のワガママな注文を黙って聞きながら、チラリとテーブルの上に置いてあった目覚まし時計を見て時間を確認した。


「……ムチャ言うなよ黒薔薇姫。今何時だと思ってるんだよ? こんな朝の6時に八百屋さんがあいてるわけないだろ、市販のトマトジュースじゃダメなのか?」


 そう言って言い返すと、彼女は恐ろしい目付きで俺の方をキッと睨んできた。これ以上、言い返すと彼女の怒りに触れると思った俺は、黒薔薇姫の機嫌をこれ以上損ねないようにやんわりと受け答えた。


「わっ、わかった。今からトマトを買ってくるよ、だから部屋の中で暴れるのはよしてくれよな?」


「――よろしい、さすが下僕2号ね。賢明な判断だわ。この私の機嫌を損ねないように精々、下僕らしく従順に尽くすことね?」


「は……はぁ……」


 黒薔薇姫はそう話すと、自分の長い黒髪を優雅に触ってみせた。俺は彼女の下僕2号(?)として、ますますこき使われるハメになったのだった――。


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