【短編版】勇者召喚したら男子校生というヤツがクラスまるごと来てマジで失敗した

坂東太郎

第1話


 失敗した。


 魔法陣よりひとまわりもふたまわりも大きく輝く光。


 失敗した。

 それが私の思いだった。


 私は宮廷魔術師ラスタ・アーヴェリーク。

 そしてここはアーハイム王国、地下にある勇者召喚の間。


 度重なる強大な魔物の出現、周囲の国の侵攻に対抗するため、しがない宮廷魔術師である私に白羽の矢が立ったのが一年前。

 私が細々と続けていた、長い時の中で失われた「勇者召喚」の研究。


 「一年以内に実現せよ」


 王命が下った。


 これまで申請しても許可が下りなかった予算は、以来、莫大なものに。

 助手もついた。共同研究者もついた。15年も申請し続けていた王宮内の禁書庫に、あっさり入れるようになった。


 寝食を忘れて研究に没頭した。

 当たり前だ。

 王命なのだ。

 失敗したら、一族郎党打ち首だと宣告されている。

 まだ若い妻のリリアと、幼い娘のサーシャがいるのだ。

 城に用意された一室に泊まり込み、研究に没頭した。


 長い年月の末に失われた「勇者召喚の儀」。

 ようやく研究が実を結び、準備が整ったのが昨日のこと。


 そして今日、ついに実行したのだ。


 だが、輝きは明らかに魔法陣よりも大きい。


 こんなはずではない。

 平静を装いながら見守るしかない。


 魔法陣の輝きは、召喚の対象が強大であるほど強くなる。

 それは「勇者召喚」であっても例外ではない。


 何が出てくるのか。


 明日も私の首は繋がるのか。

 リリア、サーシャ。

 神よ。

 信じてもいない神に祈る。


 魔法陣がひときわ大きな輝きを放つ。


 思わず目を閉じる。

 私が目を開けたとき、そこにいたのは…


 上下とも黒い服を着込んだ、40人の若い男たちだった。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 私をはじめとした宮廷魔導士と王宮騎士団は、彼らを別室に連れて行った。


「なんだよこれ」「俺ら学校にいなかった?」「田中ちゃん先生は?」「おおおおお、異世界召喚キターーーー!」「姫は? ねえ姫騎士は?」


 ざわざわとうるさい彼らを座らせ、私は説明をはじめる。

 同時に、部屋の隅で待機する宮廷魔術師長に目で合図を送り、「ステータス鑑定魔法」発動の依頼をする。


 異世界に呼び出したこと。あなたたちは強大な力があるはずだということ。その力で魔物を倒し、国を守って欲しいということ。


 説明した。

 がんばって、説明した。

 がやがやと騒ぐ彼らを無視して、必死で説明した。


 ひとしきり説明した後、彼らから質問がくる。


「ってかさー、これ帰れるの? ダルいからさっさと帰りたいんだけど」


 派手な髪色の男たちが集まったグループ、その中心にいた男の質問だ。


 私は正直に答えた。帰れるはずだ、と。勇者召喚と同様に、「勇者送還の儀」の伝承も資料も残っている。研究を進めているから、少なくとも1年後には帰れるはずだ、と。


「え? 1年もここにいるってこと? まあこっちで遊ぶからいいんだけど。そっちが呼び出したんだし、生活は面倒見てくれるんだよね? 金も」


「俺ら戦わなきゃいけないの? フツーの男子校生だったんだぜ?」


 彼らは「男子校」という男だけが集まる学校で学んでいた、まだ半人前の存在らしい。

 だが、問題はない。


 魔術師長から渡された、彼らのステータスと職業、能力が書かれた羊皮紙を流し読みする。

勇者、聖騎士、竜騎士、賢者、忍者、時魔法使い、大召喚士、治癒士、再生治療師、男の娘、暗黒騎士、ネクロマンサー、性騎士、モンスターテイマー、結界法術士、陰陽師、侍……


 もはや伝説となっている職業も数多く、聞いたことのない職業も高いステータスを持っている。


「みなさまは召喚の際、界を渡ることで強大な力を得てらっしゃいます。問題はありません。後ほどみなさまの能力をお知らせし、明日から専門の者が訓練をいたします」


「え、ヤダよめんどくさい。やりたいヤツはやりゃあいいけどさ。ウチは校則がなくて自由だから入学したってヤツばっかなんだぜ? 好きにやらせてもらうよ」


 絶句した。

 助けてくれないのか。

 言葉を尽くして説得した。

 まだ死にたくないのだ。

 リリアはこの一年、我慢してくれた。出世ね、すごいじゃないと笑ってくれた。大丈夫、あなたならできるわよ、と。

 サーシャはもう自分で歩けるようになっただろうか。一年も城に缶詰だった。きっと成長していることだろう。またパパ、と呼んでもらえるだろうか。

 説得した。

 それはもう、人生をかけて説得した。


「チートあるんでしょ? 俺はやるぜっ!」

「俺も俺も! ついに俺の眠っていた力が火を吹くな!」

「姫騎士はいますか? 女騎士は? ゴブリンはいますか? オークはいますか? とても大切なことなのです」

「この世界の成人は何才? そこらへん次第じゃ俺がんばっちゃうよ?」


 数名の勇者が協力してくれるようだ。

 よかった。

 きっとこれで生きていられるだろう。


  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 甘かった。


「協力する勇者がいれば問題ない。ただしお主が呼び出したのだ。他の者もお主が面倒を見よ」


 王からそのような言葉をいただいた。

 命が助かったことを安堵するのは、早かった。


 私は甘かったのだ。

 ヤツら、自由すぎる。



 ちょっと美人を見ると、ナンパというものをする。


「お、彼女かわいいじゃん。なにそれ、どこに持っていくの? 俺持つよ」

「姫様まじかわいい。活躍したら付き合えるかな? 俺も戦闘組に入るわ」


 やめてくれ。

 街娘ならまだいいんだ。

 侍女は礼儀見習いに来た貴族令嬢が多いんだぞ! やめて! その娘、侯爵令嬢だから!

 あ、そのお方は姫様だから! あ、もうやめてホント、姫様も顔を赤らめないで!

 おい、妻に声をかけるな! 殺すぞ!


 各所に謝った。

 すいません、すいません。

 ホントすいません。

 私が呼び出したんです、すいません。




 勝手に冒険者ギルドに登録する。


「テンプレきたーーーー! え? なに? 新人にからんでくるの? やっちゃう? ねえやっちゃうよ?」

「うひょお、ホントに言ったよ!『こ、こんな数……。あなたは何者ですか?』だって! 俺TUEEEEE!」


 やめてくれ。

 絡んできても殺したら犯罪だ。過剰防衛だ。

 壊すのは物と建物だけにしておいてくれ。

 あとそこ、それ褒めてないんだ。角兎を一度に狩り尽くしたら生態系が崩れるだろ。


 各所に謝った。

 すいません、すいません。

 ホントすいません。

 私が呼び出したんです、すいません。



 他種族を見ると奇妙な動きをし、鼻息荒く話しかける。


「ケ、ケモミミきたーーー! ねえ、それどうなってんの? 普通の耳もあるの? 尻尾、尻尾は? 触らせて、ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから!」

「おおおおお、エルフだ、あれエルフだろ! ねえ、きみエルフ? やっぱり森の中に住んでるの? 精霊魔法とか使える? 弓はうまいの? あとエ、エ、エエ、エロフなのかな? でゅふふふふふ」


 やめてくれ。

 獣人族の耳と尻尾は家族かつがい・・・にしか触らせないものなんだ。

 種族問題になる。

 族長とかもう顔がそのまま狼で威圧感がヤバいんだ。

 エルフに話しかけるな、彼らは静かな生活を好むんだ。

 あとエロフってなんだ、その笑いも気持ち悪いからよしてくれ。


 各所に謝った。

 すいません、すいません。

 ホントすいません。

 私が呼び出したんです、すいません。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 協力的な勇者たちが戦い、なんとか抑え込んできたが、ついに国境の砦が破られた。


 北からは魔物の群れが、東からは帝国軍が、西からは共和国軍が攻め込んできた。


 まるで示し合わせたかのような多方面同時攻撃。


 南は、協力的な勇者たちが皇国軍を撃破してくれた。


 全員洗脳済みとかまじキモいっす、俺が洗脳するならいいけど人がやるとかノーサンキュー、などと言って。


 だが、焼け石に水だ。


 王城内での軍議も終わり、この王都へ篭城し、最後まで抵抗するという決がでた。

 いや、それしか出なかった。


 私はひとり、彼らを集めた部屋に向かう。



「送還の儀の準備が整った。君らを国に還そう。滅亡寸前の国に呼び出してすまなかった。平和な国で、我らの分まで生きていって欲しい」


 私は彼らに頭を下げた。


「おい、おっさん。こっち見ろよ」


 声をかけられ、顔を上げる。


「ふざけんなよ。さんざん自由にしてきて、困ったら見捨ててはいサヨナラとかする訳ないだろ。自由には責任があるんだ。校則がないからって、俺らだって好き勝手やってた訳じゃないんだぜ? 言えよ。頼めよ」


 絶句した。

 好き勝手やってたクセに。


 まわりを見渡す。

 そこに、普段の彼らの姿はなかった。


 引き締まった顔。

 いずれも、目に強い光を宿している。


 私は、見くびっていたのだ。

 勇者を。

 自由な男子校生というヤツを。



「侵攻速度から考えて、あと一週間ほどで王都が取り囲まれる。このままいけば抵抗できて数時間だろう。もちろんそうならないよう最後まで抵抗するつもりだが」


 言葉を繋ぐ。


「頼む。頼む。平和な国から勝手に呼び出して、戦わせることは本当に申し訳なく思う。だが、頼む。私の命でも、金銭でも、望むならなんとか手を尽くそう。頼む。この国を助けてくれ。死なせたくないんだ。死にたくないんだ。妻がいるんだ、まだ幼い娘がいるんだ。頼む、頼む」


 両足を揃えて座り、額を地面にこすりつける。

 彼らから教わった、ドゲザ。

 何度も何度も、額を地面にこすりつける。


「任せとけって。ちゃっちゃと終わらせて、感謝されて侍女のニーナちゃんとしっぽりキメこむわ!」

「オッケー、じゃあ俺らは北の魔物の群れ担当ね。よーしみんな、魔物っ娘は殺すなよ!」

「負けて、兵士に好き放題される女騎士……ぐふ、ぐふふふふ……本物のクッコロが聞けるかな」

「圧勝してきてやるよ。帰ったらお前の奥さんもらうな。年上巨乳人妻ネトリとかもうどストライクっす」

「おいおいおいおい、そんなのアリなのか? じゃあ俺、お前の娘ね!」


 そんな言葉を言い残し、彼らは三つの集団に別れ、さっそうと戦場に向かっていった。


 やめてくれ。

 侍女のニーナちゃんは行儀見習いで王城にあがっている侯爵令嬢だ。

 あと魔物に完全人型はいないぞ。せいぜいアラクネやラミア、ハーピーだ。いいのか。

 陵辱もやめてくれ。大事な人質だ。金銭で交換するんだ。そんなのバレたらどっちかが全滅するまで総力戦だ。

 おい、誰だ、妻と子供をくれって言ったヤツ。お前らは首おいてけ。刺し違えてでも殺してやる。


 日本の男子校の高校生とは、かくも業が深いのか。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 彼らが出撃して三日。


 あっさりと勝利の報が届けられた。

 王城も、王都も、戦勝に沸く。


 あれほど重苦しかった軍議とはなんだったのか。


 できるなら最初からやってくれ。


 そんな言葉を飲み込みつつ、勇者召喚の間に向かう。


 各国との和平は成った。

 戦勝した我が国にずいぶん有利な条件で。

 国内の魔物は駆逐した。

 弱い魔物は残っているが、後は我らでなんとでもなる。


 戦後処理も祝賀会も終え、今日、ついに彼らを元の世界に帰すのである。




「ありがとう。君たちのおかげで、我が国は助かった。何度お礼しても言い足りない」


「なーに、さんざんお世話になったしな。いいってことよ」


 そんな言葉と笑顔を残し、彼らは魔法陣の輝きに包まれる。


 ……光が消えた時、そこには誰の姿もなかった。



 私は見ていない。

 言葉を返した男の右腕に姫様、左腕に侍女のニーナちゃんがいたことなど。


 私は見ていない。

 ラミアの胴体に乗り、ハーピーを背負った男がいたことなど。


 私は見ていない。 

 表情を取り繕いながら、目だけは隠せずメスの目でひとりの男を見るエルフなど。


 私は見ていない。

 ケモミミを触られて顔をとろけさせる獣人族の族長の娘など。


 私は見ていない。

 床にうず高く積まれた国宝とアクセサリーと金貨の山など。


 私は見ていない。

 私は見ていないんだ。



  □ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □



 ズズズッと勇者召喚の間の扉を開く重い音が聞こえる。

 最愛の妻リリアと愛娘サーシャだ。


「あなた、お待たせしました」


「うん、大丈夫だよ。さあ行こうか」


 見ていない、はずがない。


 ごまかせる、はずがない。


 このままこの国にいたら、待っているのは死のみである。


「私はちょっと不安だわ」


「大丈夫だよ。彼らの世界なら、きっと僕たちも受け入れてくれるはず。あんなに他種族の子たちが同行したんだから。責任さえとれば、きっと何をしても自由な世界が待っているのさ」


 私は宮廷魔術師ラスタ・アーヴェリーク。


 最愛の妻リリアと、愛娘サーシャとともに、異世界に旅立つ者である。


 願わくば、送還の儀を応用したこの世界渡航の術式が成功せんことを。


 願わくば、自由で業の深い彼らと、二度と会わずに済むことを。


 私は宮廷魔術師ラスタ・アーヴェリーク。


 ただそれだけを願う者である。



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【短編版】勇者召喚したら男子校生というヤツがクラスまるごと来てマジで失敗した 坂東太郎 @bandotaro

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