第九話 葛藤

 まえがき

「私を……魔力をめて思い切り殴って下さい!」

「え……? ええええええっ!?」

 何だかもう色々とえええ!? な案件です。


























 セルヴィアの口から飛び出した「最後のお願い」の内容に困惑し、返事をするより早く手を引かれてあれよあれよという間に実技訓練場に立たされたアル。


「さぁ、いらっしゃい……」


 助走距離等を考慮してなのか少し離れた場所で両手を広げ、アルからの攻撃を全面的に受け入れる体勢を取るセルヴィア。


 彼女は一体何を言っているんだろう。


「で、でも……」


 たとえ魔力は吸収出来たとしても物理攻撃が生み出す痛みはダイレクトに伝わのに……、と考えてアルは及び腰で慌てふためく。


「遠慮しなくていいのよ…」


 踏ん切りがつかないアルに精神的なプレッシャーを与えるかのようにセルヴィアが一歩を踏み出して距離を縮めたのに対して、このまま逃げ続ければ諦めてくれるかも……なんて淡い期待を抱き詰められた距離と同じくらい後ずさるアル。


「遠慮とかじゃなくってっ!こう…倫理的に、ね?」


 取り繕うように友好的な笑顔を浮かべて見たもののセルヴィアの意志は固く、そこに迷いはなかった。


「違う……違うわ……。私が……私がそうして欲しいと言っているのよっ!!」


 真剣な顔でビシィ! っと自分の顔を親指で指しながらセルヴィアが吠える。


「さぁ!! アル!!」

「神様ぁ…」


 普段は神様に祈ったりしないアルだったが、この時ばかりは神様がいるならこの状況をどうにかして下さいと念じながら天を仰いで救いを求めた。


「アルベルト=ランケス!! 早く私を―――思いっきり殴りなさいっ!!」

「ぼ、僕には出来ないよっっ!!」


 セルヴィアの大きな声に、普段の弱気な声が嘘かと疑いたくなるくらいの声量で返すアル。


「どうして!?」

「お、女の子の顔を殴るなんて事、僕はしたくないんだ!!」


 ぎゅっと目を閉じ、両手を握りしめながら精一杯の声で自分の考えを述べたアルに、セルヴィアの動きがピタリと止まる。


「……ぇ……?」


 小さく声を漏らすセルヴィア。


「え……?」


 何の声? と、アルが目を開けてみるとそこには右手を口元に当てて左手を右肘みぎひじに添え、驚きで目を大きくしたセルヴィアが立っていた。


「えっ、アル君、私の顔を本気で殴る……つもりだったのっ……? えっ……?」

「えっ……? ……あぁっ……!!!!」


 二人の間に微妙に気まずい空気が流れ、自分の勘違いに気付いたアルが声を上げてからペコペコと頭を下げる。


「ご、ごめん! そうだよね、手から手とかでもいいんだよね!? ごめんね!? セルヴィアさんが両手を広げたからつい顔なのかなとか勝手に思い込んじゃって……!」

「う、ううん。私も動作が紛らわしかったわよね。ごめんなさい……。……そうね、出来れば顔は避けて手とかにして欲しいかなって思うわね……」


 セルヴィアもぺこりと頭を下げた事でお互いに遠慮とよそよそしい雰囲気が生まれる。


「それで、その、手なら殴ってもらえるかしら?」


 何故か上目遣いでそっと手を前に出すセルヴィア。

 実際の所、この所作しょさはアルに対しての精一杯の色仕掛けだったとのちにセルヴィアは語る。


「う、うん、手なら……」


 頬を赤らめて、魔力を右手に集中させるアル。


 本来は「協力はしない」「レディへの顔面パンチは断固としてしない」と言う理由で拒否していたアルだったのだが「手」とハードルの低い箇所に変わった事で「それなら出来る」という思考にすり変わってしまっていた。


 アルは魔力を練り、イメージを思い浮かべる。

 炎。

 蛇のように細くて長い炎が規則正しく並んで柵になって僕たちを守るようなイメージで。


「いくよ……?」

「え、ええ」


 アルの体から魔力は一切感じられない。

 何も漏れでてはいない。

 それでも今日一日見てきたアルとは違う様子にセルヴィアが腰を低く落として身構える。


 アルは両足を肩幅の外まで広げて上半身を後ろにゆっくりと引き……勢いよく前に動くと同時に右手の拳を突き出した。


 パァン!!


「っっ……!!」


 肉を打つ音が響くと同時にセルヴィアの右手にパンチ特有の痛みが生まれる。


 その直後。


「ぁっっ……!!」


 セルヴィアの全身を膨大な魔力の奔流ほんりゅうが駆け巡る。

 それと合わせてアルが抱いたイメージも流れ込んで来た。


「くっ……!」


 体内を所狭しと暴れ狂う魔力の波。

 その魔力が早く出させろと全身を跳ね回る。

 このまま放出を許してしまうと魔力は魔法ではないただの形なき暴力となって発動し、辺りが爆炎に包まれてしまうだろう。


(それは、ダメ……!!) 


 セルヴィアは歯を食いしばってその波を外に出させまいと必死に抑え込む。

 そうしながら同時にアルが思い描いたイメージを参考に膨大な魔力を調整、分割して細かな構築作業を行う。

 そして四苦八苦しながら一つの魔法を完成させたセルビアは言葉と共にその魔力を解き放った。


炎の……檻ぃっっフレイム・ジェイル!」


 ゴォォッ!! と燃え盛る炎がセルヴィアの手から放たれ轟音を上げながら渦を巻くように二人を取り囲む。


「うわっ!」


 反射的にアルが声を上げて両手で顔を覆う。


 やがて渦巻いていた炎が腕ぐらいの太さの炎に調整、変化されて鉄格子のような形状で二人を包んだ。


「す、凄い……」


 魔法が発動した事に驚きの声を上げるアル。


「セルヴィアの魔力構築と調整、すごいよ!」


 アルのイメージ通り。

 いや、それよりも美しく洗練された檻にアルが歓喜の声を上げる。


「いいえ。違うわ」


 炎の檻が周囲を赤々と照らす中、セルヴィアがアルを見据えて口を開いた。


「これは……。これがアルの力なのよ」

「え、でも……」


 僕は思い描くだけで、こうやって発動させる事は出来ないよ。


 そう言おうとしたのが伝わったセルヴィアは両手でそっとアルの両手を包み込んだ。


「「でも」じゃないわ。これは紛れもない貴方の力なの。そしてこの調整と構築は私の力。……この美しくも力強い炎の檻は「私達」の力なの」

「僕達の……力……」


 二人の頬が赤く染まっていたのは炎による熱さの為か。

 それとも赤々と燃える炎の色のせいか。

 はてまた他の感情によるものなのか。


 やがて魔力切れを起こしたらしく炎の檻がスッと消えていき、辺りが再び真っ暗な闇に包まれる。


 月明りのお陰でお互いの姿形、表情などは見えていたのだが今は炎の明るさで目が慣れていた為、今は真っ暗で表情が読みにくい。

 しばしの沈黙が辺りを包む。


「アル……」

「何……?」


 セルヴィアがポツリとアルの名を呟いた。


「私達が力を合わせればさっきみたいな素晴らしい事が出来る。もっと色々な事を試して新たなステップへ進む事が出来る!」

「……」

「貴方が不安だと言うのなら私が前に立って導くわ! 貴方に害が及ぶのなら私が盾となって守ってみせる!」


 彼女はどうしてこんなに真っ直ぐなんだろう?

 僕は彼女にどう答えてあげるべきなんだろう。

 最適な答えが導き出せず、何も答えられないままそんな事を考えて黙りこんでしまうアル。

 セルヴィアの表情は暗くてよく見えないが声が震えているのだけは分かった。


「私は……貴方を諦めたくないの……」


 ようやく目が闇に慣れてきたアルの視界に映ったったのは両目から涙を流しているセルヴィアだった。


「っっ……!……セルヴィア……」

「ご、ごめんなさい! 泣くつもりはなかったんだけどっ……」


 パッと両手を離して「あはは……」と力なく笑って目をごしごしとこするセルヴィア。


「ご、ごめん……僕……」

「ううん、違うの! アルは悪くないの! すべて私の我儘わがままなの……」

「我儘なのは……僕だと思う……でも……」


 そっと。

 セルヴィアの指がアルの唇に触れた。


「何も言わなくていいの。……本意ではなかったんだけどレディーの涙はずるいわよね? ごめんなさい」


 セルヴィアはそう言って踵を返す。


「私の最後のお願い聞いてくれてありがとう。今夜はお話が出来てよかったわ」

「セルヴィア……」


「厚かましいお願いなんだけど「最後の最後のお願い」、聞いてくれる?」

「何……?」


 セルヴィアがクルリと振り返り。


「今日の出来事は、忘れて下さい」


 そう言って微笑んで「バイバイ」と手を振ると、セルヴィアは駆けて行った。


「……僕は……」


 先ほどの熱く燃え盛った炎の魔法が。

 セルヴィアとの時間が夢だったかのように。


 実技訓練場には冷たい夜風と静寂の闇が蔓延していた。






あとがき

ここまでお読み下さりありがとうございました。




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