第七話 確信
まえがき
やっと一日が終わった。
今日も大きな出来事もなく過ごせた事に安心しながら帰路に付くアルベルト。
そこに待っていたのは……。
「アルベルト=ランケス君、かしら」
学院から寮に向かう途中の
不意に後ろから声を掛けられ、アルが振り返るとそこには腕組みをした一人の少女が道の真ん中に立っていた。
吹き抜ける風が金色の髪をなびかせ、まるで宝石のように
「そ、そうだけど……。君は……?」
美しい少女の存在に
「ごめんなさい。私の名前はセルヴィア=ワーグハーツ。貴方と同じ学院の一年生よ」
「そうなんだ……。僕に何か用ですか……?」
丁寧におっとりとした口調で応対するアルだが、内心は早く話を終わらせて帰りたい気持ちで一杯だった。
同じ学院の生徒ならばアルの「不発」の事は耳にしているだろうし、それを知った上で自分の方から友好的に話しかけてくれるような変わり者はそうそういない。
実際に声を掛けてくる生徒の多くはアルと一度も会話をした事のない奴らで、能力がないのにこの学院に在籍し続けているアルに対しての不快感と侮蔑をこめた感情を言葉に乗せてぶつけてくるような連中ばかりだったからだ。
「あら、随分とそっけないのね」
「すみません……」
自分の言葉を受けて本当に申し訳ないとも思っていないのに、条件反射のように謝ってきたアルにわずかな苛立ちが生まれ、セルヴィアは語気を強めた。
「私と貴方は同じ学年なの。だから対等な口調でお願いしたいんだけど?」
「はぁ……」
この子は何が言いたいんだろう。
生返事を返したアルがついに直接的に何かをされるのではないか、と心配になって周囲を見回して警戒を強めるが誰もいない。
「何をしているの?」
「いや、別に……」
挙動不審なアルを訝しげに見てから、ふと自分の登場の仕方が悪かった事と、彼の境遇に考えを巡らせて最初の接し方を失敗したわね、とセルヴィアは胸中で悔やんだ。
だが同時に、このまま後にも引けないと覚悟を決めてセルヴィアは話を続ける。
「私、貴方の秘密を知っているの」
「え?」
その一言でアルはまるで背中に冷水を掛けられたように体の体温が下がったように感じた。
「ざ……」
言葉を発しようとするが上手く声が出せない。
緊張でアルの口内が一瞬にして渇いていく。
動揺から震えそうになる唇とキュッっと結び、至って平静を装う為に大きく息を吸ってからため息のように吐き出した。
「残念だけどっ……。僕が魔法を打てない事は学校の誰もが知ってるから……。秘密にはなり得ないよ。それじゃあね……」
彼女の言う秘密がその事だと決め込んで一方的に話を終わらせてその場を去ろうとするアルだったが、事態はそう上手くは動かなかった。
「あら? それは私の言っている秘密ではないわね。……霧の日の火災騒ぎ、と言えば分かってもらえるかしら?」
「っっ……!?」
アルの心臓がうるさいくらい
何でその事を? 見られていた?
これを公表されて……僕が犯人だと言う事が明るみにでたらとても厳しい処罰が下るだろう。
謹慎や停学?
最悪の場合放火犯として学院を追放されるかも知れない。
認める訳にはいかない。
ここは何としてでも乗りきらないと。
「霧が出ていた日の火災? 初めて聞いたよそんな出来事。それにどうしてそれが僕の秘密とやらに関係あるの?」
「私、見たの。ランニングをしている時に木が燃えて倒れたのをね」
具体的な内容の目撃情報に、アルの心はいきなり折れそうになる。
だが、アルの記憶では周囲に人はいなかったように思えるし、誰かに呼び止められたりもしなかった。
「まさか! それが……僕だって言いたいの?」
アルの言葉に「ええ」と自信満々に頷くセルヴィア。
「フォルテナ学院の制服を着た銀の髪型の人影を見たの。学年は一年生。まだ情報が必要かしら?」
「そんなの……銀髪なんて僕じゃなくてもたくさんいるじゃないか……。それこそ霧が濃くて君が見間違えた可能性だってあるよ!」
アルの言葉を聞いたセルヴィアがニンマリと満面の笑みを浮かべた。
アルは何もボロは出していないはずだと動揺を隠して平静を装う。
「あらあら? 私は朝に火災があったなんて、一言も言ってないけれど?」
しまった! とアルは胸中で舌打ちした。
「そ、それは……君がランニングをしてたら目撃した、って…」
「私は朝にランニングしてた、なんて言ってないわよ?」
「……」
やられた。こいつは可愛い顔をした悪魔だ、とアルは胸中で毒づくがもう手遅れのようだ。
「それでもシラを切るというのなら自警団に通報して調査が入ると思うけど……」
「……僕をどうするつもり?」
小さくため息をついてせめてもの抵抗でセルヴィアを睨み付けた。
「え?」
「それを自警団に言って、僕を退学にするつもり?」
「まさか」
そう言ってセルビアは首を振ってから何かを思い出したらしく「あ」と声を上げた。
「でも貴方が木を焼いたお陰で私は恥をかかされたから、それは謝ってほしいわね」
「意味が分からないんだけど……」
アルの呟きを聞いて、セルヴィアが眉を上げてビシィ! とアルを指さす。
「貴方ね! さっきは悪いと思っていなかったのに謝ったじゃない。矛盾してるわよ!?」
「それはこっちの台詞だよ。火をつけた犯人を捜してたくせに何もしないだなんて矛盾してるよ」
「矛盾はしていないわよ。私は貴方にお願いがあって来たの」
「お願い……?」
こういう圧倒的不利な状況で出されるお願いは「お願い」とは言わない。
「命令」だ。
「そう。お願い」
「断ったら?」
「私は悪を滅ぼす正義を執行する為に、自警団に見た事を報告しないといけなくなるわね……」
「お願いの内容によるよ……。その代わり森での一件は誰にも言わないで欲しい……」
「いいわよ。元から誰かに言いふらしたりするつもりはなかったわよ」
「そ、そうなの……?」
さっきと言っている事が違う……とアルは胸中でツッコむ。
「うん。私はあの日からずっと貴方を捜していただけ」
「ぼ、僕を……?」
「そう。アルベルト=ランケス、貴方を」
出会った時のように。
セルヴィアが真っ直ぐアルを見つめる。
「……どうして、僕なんかを?」
問いかけるアルだったが、答えは返ってこなかった。
セルヴィアはくるりと身を翻すと、背中を向けて歩き始める。
「アル。今夜十一時に、学院の実技訓練場にいらっしゃい。その時に話しましょう」
「え!? 深夜に学院に忍び込むのはまずいって!!」
「こんな誰かが来るかもしれない場所や森で貴方の秘密について話せないでしょう?」
「そ、それはそうだけど……」
「さっきの一件は秘密にしておいてあげるから、その代わりに今晩、来なさいよね」
「え……うーん……」
森の放火未遂と学院侵入容疑、どっちが重い罪なんだろう……とアルは考えてみたがどうやら放火の方が罪が重そうだと判断して、アルは覚悟を決めた。
・ ・ ・ ・ ・
時刻は十一時前。
辺りは闇に包まれて人っ子一人いない。
時折吹く風が、厚着をしている体の体温を徐々に奪っていく。
「誰もいませんように……」
アルはボソリと神に祈りながら校門を乗り越えて敷地内へと侵入した。
幸い見回りの先生や警報装置などは発動しなかったのでそのまま校舎へは向かわずにまっすぐ実技訓練場の方へと歩いていく。
「こんな時間にこんな場所に呼びつけるだなんて……あの子は一体なんなんだろう……」
僕を捜していた。
何のためにだろう?
とにかく僕が学院に残るためにはここに来るしかなかった。
「訓練場……開いてるのかな……」
訓練場の取っ手に手を掛けて押してみる。
ギィ……
鍵はかかっておらず、訓練場の扉が音を建てて開く。
「し、失礼しまーす……」
真っ暗な建物内に恐る恐る足を踏み入れて周囲を見回す。
この長い廊下を進むと、修練場だ。
実際に見た事はないが、コロシアムの廊下もこんな感じで続いているんだろう。
そして廊下から門を一つくぐると……そこは訓練場だ。
「来たわね」
訓練場の中央。
そこに立っていたのは夕方言葉を交わした少女。
セルヴィア=ワーグハーツだった。
あとがき
月明かりに照らされた金髪の少女。
そして少女に対峙する銀髪の少年。
貴族と平民。
身分は違えど互いに先天性の障害を持つ二人。
二人が今―――運命の出会いを果たす。
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