日常に帰る

 ケイは実家に戻ってからも、塞ぎ込んでばかりいました。食事も家族といっしょには取らず、自分の部屋で一人こっそりと食べていました。ケイは御座家で何があったのかも、タクヤに何をされたのかも、全く話してくれませんでした。私や父だけでなく、母にも……。それだけ心に負った傷が深いのだろうと、ケイが自然に元気を取り戻すまで、私達はケイをそっとしておくことにしました。

 ケイの事を家族で相談中に、私は両親にW村の異様さを伝えました。両親は信じられないという顔で、私の話を本気にはしませんでした。なぜ理解してくれないのかと、いら立たしかったですが、実際に見たのでなければ、にわかに信じられないという気持ちも分かるので、あまりしつこくは言いませんでしたが。

 警察に被害届を出そうかという話もしましたが、今の精神状態のケイを刺激するのはためらわれました。それに……警察はケイを探しもしなかったので、どこまで信用できるかという気持ちもありました。


 それから結局、お盆休みが終わる十八日まで、ケイの様子が元に戻ることはありませんでした。やせ細って弱っていくケイを見ているのは辛かったです。

 御座家から連絡が来るような事もありませんでしたが、まだ何があるか分からないからと、私は両親に警戒を緩めないように、ケイを一人にしないようにと念を押して、日常に戻りました。



 それから毎日両親に電話して話を聞き、毎週末実家に帰って、直接ケイの様子を見に行きました。ささやかな差し入れを持って。ケイの好きなお菓子とか。

 ケイはゆっくりとではありますが、少しずつ活力を取り戻していきました。見た目にも、やせこけていた肌にみずみずしさが戻り、血色が良くなって。九月の末には会話は少ないながらも、家族といっしょに三食をきちんと取って、おもしろい事があれば、大笑いはしなくてもほほ笑むくらいはできるようになって。両親といっしょに外出もできるようになって。十月からは大学にも行けるだろうと。一年留年してしまうのは、もうしかたがないとして、来年からじっくり勉強すれば良いと、一家で前向きに考えていました。

 W村でケイがどんな目に遭ったのか、分からないままでも良い。あの時を思い出して辛くなるくらいなら、きれいさっぱり忘れてしまった方が良いと、私は思っていました。もうW村とは関係ない。二度と関わり合いになる事はない。

 そう思っていたんですけど……。それが……。

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