ギマンの森のオオカミ

佐野心眼

一、ギマンの森の伝説

 

 むかしむかしの大昔

 ギマンの森の大昔


 白いヒグマの旅の果て

 ギマンの森にたどり着く

 生けるものたち見あたらず

 しんと静まる深い森

 一本だけの聖なる木

 万年檜の大檜

 不思議な力を感じ取り

 根元に座り目を閉じる

 いずこともなく聞こえくる

 天のお告げが聞こえくる


『汝待つこと幾千年

 ついに現る神の使者

 我が声を聞き守るなら

 豊かな森を授けよう

 悠久の河マンダーラ

 清き流れを授けよう

 生きとし生けるものたちを

 集め暮らせよこの森に

 黒い心を持つものは

 入れてはならぬこの森に

 災いもたらすものたちは

 正義の仮面を被るもの

 我が戒めを守り抜け

 五つの戒め守り抜け


 一つ賢者を選び従え

 二つ互いを生かし殺さず

 三つ騙さず盗みをさせず

 四つ妬まず憎まず恨まず

 五つ欲深は足ることを知れ


 ゆめゆめ疎かにせぬよう

 我が足元に住むがよい』


 万年檜の天の声

 それを最後に黙り込む


 五戒授かる白いクマ

 思い悩んで苦悩して

 やがて使命に立ち上がる

 名も無きクマが英雄に

 急ぎ集める仲間たち

 選び出された三長老

 ウシとカラスと白いクマ

 それぞれ森を切り拓く

 クマは木を切り地をならし

 大きな広場を整えた

 カラスは種をばらまいて

 実のなる木々を育んだ

 ウシは土掘る河のそば

 クリスタル湖に注ぐ水

 やがて多くのものたちが

 噂聞きつけ集まった

 理想と希望に満ちあふれ

 楽園ここぞと押し寄せた


 多くの季節が流れ過ぎ

 五つの戒めどこへやら

 嘘と裏切り落とし合い

 私刑と報復繰り返す

 この頃森に流行るもの

 恨み憎しみ殺しあい

 富めるものこそ正しいと

 しぼり取られる貧困者

 支配権力独り占め

 正義の旗は今どこに

 疑心暗鬼の行く末を

 知る者いない今の森


 裏切り者の黒い影

 ここぞとトラを呼び寄せる

 猫を被った大トラが

 猫なで声で媚びを売る

 巧みに心を操って

 いかなる賢者も見通せず

 やがて一匹また一匹

 そっと餌食になる獣

 じきに暴くはトラの嘘

 糞に混じるは獣の毛

 開き直って怒るトラ

 手当たり次第食い殺す


 やっと気がつく白いクマ

 後悔先に立たぬもの

 思い出すのは天の声

 誓い新たに森のため

 命をかけて立ち上がる

 トラ退治へと動き出す

 敵と味方が入り乱れ

 天下を決める大いくさ

 年老いたクマ若いトラ

 ともに最後は一騎討ち

 両者深傷を負いながら

 かろうじて勝つ白いクマ

 トラは落ち行く森の外

 再びクマは英雄に

 歓喜の声のその下に

 転がるむくろ幾千か




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