第40話 オブジェ?

 今日は幽霊と一緒に買い物に来ている。昨日、死に損なった時に考えたセンターラグを買いに来たのだ。

 ほんの二畳ばかりのサイズのラグだから、そのままお持ち帰りだ。帰りに食材買って帰る事だってできる。

 とはいえ、昨夜幽霊が頑張って焼いて来たケーキがあるんで、イチゴと生クリーム買って帰れば、あとは二人で飾り付けして食うだけだ。他にチキンでも買って、ピザでも頼めばいいだろう、どうせ一人前だし。


 俺が右手に丸めたラグ、左手にチキンの袋を下げて歩いていると、前方から見たことのある男女が歩いてくるのが見えた。あれって……田島さん?

 そう思う間もなく、彼女の方が「羽鷺さーん!」と手を振って来た。

 横で幽霊が『あれ、タージ・マハルさんじゃない?』とか言ってる。間違いじゃないけど、『田島波留』さんであって『田ー島波留』さんじゃない。


「羽鷺さんもお買い物ですか?」

「ああ、うん。ええと、塙さんでしたっけ。初めまして、羽鷺です」


 俺はカレシの方に挨拶したんだが……彼の方はなぜか幽霊の方を見ていた。


「あ、どうも、塙です。田島さんからお噂はかねがね。昨日のクリスマスイベントも菊花展もとても良かったです」


 っていいながらも幽霊の方をチラチラと。まさか、この人、見えてるんじゃ?


「今日は羽鷺さん、お一人ですか?」

「え、あ、いえ、その……」

「ああ、やっぱりそちらの方、お連れさんですか。初めまして、塙です」

『こんにちは、あたし、小場家玲子っていいます』


 おいおいおい、会話始めたぞ!


「え? どうしたの?」


 田島さんが驚くのも無理はない。彼女は見えないのだ。


「ああ、羽鷺さん、カノジョさんと一緒だから」

「え?」

『カノジョってわけじゃないんですけど、同居霊です』

「ああ、そうなんですか」


 彼は田島さんに「羽鷺さんの隣に幽霊さんがいるんだよ」なんてフツーに説明してるが、田島さんの方は「は?」って目をまんまるくしてる。そりゃそうだわな。

 と、そこで塙さんが突然幽霊の方に向き直った。


「あの、失礼ですけど小場家さん、どこかでお会いしてませんか?」


 おい、幽霊相手にナンパかよ、カノジョが横にいるのに!


『あー、やっぱりそうですよね、三年前のクリスマスの企画の担当だった塙さんですよね。その節はどうもありがとうございました』

「こちらこそ大変お世話になりまして」


 へ? 知り合いか? 俺と田島さんはあんぐりと口を開けたまま二人の会話を聞いているしかない。俺はまだ二人の会話が聞けるからいいけど、田島さんは自分のカレシが誰もいない空間に向かってフツーに喋ってるようにしか見えないんだ、めちゃくちゃ気持ち悪いだろう。


『あたし、あの企画が終わって家に帰ってそのまま死んだんですよー。ご挨拶にも行けず申し訳ありませんでした』

「え? あの後ですか? これは何と申し上げていいか……ご愁傷様です、っていうのも変ですよね。いや、でもこうしてまたお会いできるとは思いませんでした。良かった良かった。あ、すみません、デートのお邪魔をしてしまいまして。また機会がありましたらゆっくりと」

『そうですね、ぜひ!』


 塙さんはニコニコと俺に挨拶して、田島さんを引っ張って行ってしまった。きっとこれから質問攻めに遭うに違いない。


「塙さん、お客さんだったの?」

『うん、あたしの最後の仕事のお客さん。いい人だよー』


 二人の後姿を眺めながら、幽霊がボソリと言った。


『そっかー、田島さん、塙さんとラブラブかー。結婚とかするのかー。いいなぁ』


 そうだ、コイツはもう結婚できないんだった。いいなぁって言ってるところを見ると、結婚願望はあったんだろうな。


「お前が生きてたら、結婚申し込んだかもしれないのにな」

『えっ? 誰が? 想ちゃんが?』


 はっ、しまった!


「いや、なんでもない」

『ちょっと、もう一度言ってよー!』

「いや、知らん。何かの気のせいだ」

『聞いたー! もう一度言ってー!』


***


 家に帰って。

 家が無かった。


 いやいやいや、あるんだよ、家は。

 住める家が無くなってたんだ。

 

 ちょっと待てよなんだこれ!

 大きなトラックが刺さった俺の部屋の周りで、警察官が現場検証をしていた。


 待って待って、俺、こんなオブジェ作ってねーし!


「羽鷺ちゃん!」


 呼ばれて振り返ると、秋谷さんちの亀蔵さんが血相変えて走って来た。


「やっと帰って来たね。もう大変だよ、いやあ、羽鷺ちゃんが出かけてて良かった。部屋にいたらどうなってたかわかったもんじゃない。いや、ほんと無事でよかった」

「えーと。俺は無事ですけど、運転手の方は大丈夫だったんですか?」

「ああ、ほら、バックで突っ込んでるからね。なんかね、ここの坂道の上の方で停めたらしいんだけど、ちゃんとサイド引いてなかったんだかねぇ。ガーッと下がって来てそのまま羽鷺ちゃんの部屋にザクっとね。運転手さんが車を降りてから下がり始めちゃってるんだよ。怪我人がゼロってのが不幸中の幸いだね」


 いや、俺の部屋はメチャメチャ不幸だよ。てか俺が不幸だよ。

 このセンターラグとチキン、どうしたらいい?


「俺、今日どうしよう」

「トラックの運ちゃんの会社がホテル手配してくれるらしいから。どっちにしてもあの部屋、直さないと住めないから、羽鷺ちゃん引っ越しになっちゃうけど、どうする?」

「え? 俺、一年分の家賃払ってますよね?」

「もちろんそれは返すけどさ、次の部屋、また探さなきゃなんないけど。うちの方で探そうか?」


 その前にちょっと落ち着きたいんだけど。

 と思う間もなく、俺は警察に話を聞かれ、トラックの持ち主の会社の人と話をし、センターラグは部屋に置いたまま、チキンだけを持って(もちろん部屋からケーキも持ち出して!)今夜の宿となるホテルへと向かった。

 街はクリスマスイブを祝う人たちが溢れていたが、俺にはそんな心の余裕はなかった。


 俺、いちいちついてねえ!

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