第39話 勘違いすんなよ?
イベントも無事に終わり、家に帰ったんだが、なぜか幽霊はいなかった。
なんだよアイツ、どこ行っちゃったんだよ。会場には来ないし、家にもいないし。
部屋は寒いし、風呂も沸かしてない。当然ご飯も作ってない。なんだかな、今日みたいに疲れた日こそ、やっておいて欲しいのに。
ブツブツ言いながらファンヒーターを点けて、風呂を沸かす。とりあえず風呂は洗っておいてくれたっぽいから、お湯を張るだけなんだけど……でも、帰って来てすぐに入りたかったな。
疲れ果てていた上に体の芯まで冷えていた俺は、ファンヒーターの真ん前に座って、ベッドに寄り掛かった。ああ、疲れた。ここはあったかいな。
こんなふうに疲れと冷えにやられた日のちょっとした暖かさは極めて危険だ。一撃で睡魔に負ける。意志の弱い俺なんか、簡単にやられちゃう。
ウトウトしてきた俺は、そのままの服装でごろんと横になった。万一眠ってしまっても、お風呂が沸いたら給湯器が音楽鳴らして知らせてくれるから起きられるはずだ。
ああ、部屋が寒いな。きっと床がフローリングだからなんだろうな。せめて冬場はカーペット敷くか。センターラグだけでもいいよな。カーテンも安物だしなぁ。今度の休みにホームセンター行って来るか。
買い物、幽霊は付き合ってくれるかな。アイツ買い物好きだしな。用が無くてもついて来そうだな。ついでにご飯の食材も買って帰ろう。
そういえばアイツどこ行ってんだろう? こんな時刻まで戻ってないなんて、珍しいな。どこかで事故に遭ってんじゃないか? 誰かに連れ去られたりしてないか?
ってゆーか、アイツ幽霊じゃん。今更事故遭えねえし。連れ去りようがねえし。
あ、給湯器の音楽が鳴ってる。でも俺、まだ眠いんだよなぁ。なんか起きられないんだよ、疲れちゃっててさ。それにやっと床があったかくなってきたんだよ。俺の体温で。今動くの、なんだかもったいないんだよな。
今日の夕飯どうすっかな。幽霊がいないとほんと俺なんもしねえな。てか、アイツに頼りすぎだよな、これじゃ全然一人暮らしになってないし、自活できてねえじゃん?
今日は何かちゃんと作ろうかな。何があったかな。じゃがいもと、玉ねぎと、こんにゃくと……あ、肉じゃができるじゃん。あああ、肉がねえや。肉じゃがの肉抜きってそれ、チーズバーガーのチーズ抜きみたいじゃん。
アイツ、なんで来てくれなかったんだろう。一緒にイルミネーションの中を歩きたくて、ずっと待ってたのに。言わないと来てくれないの?
本当はわかってんだろ? 俺がずっとああやって一緒に歩きたかったこと。お前と一緒にあそこを歩くのを想像して、プランを立てたこと。
俺さ、イルミネーション残してきたんだ。だって今日はまだ二十三日じゃん。イブは明日だしさ、明日一緒に行こうよ。撤収は二十五日なんだ、明日が最後のチャンスだしさ。あそこで一緒に並んで写真撮ろうよ。きっと綺麗な心霊写真が撮れると思うんだ。綺麗な心霊写真ってなんだよ。自分で考えて笑うわ。
っていうか、なんでアイツいないの? まさか家出? いや、家出するような要因はどこにもなかったはずだ。喧嘩もしてないし、出かける前もゴキゲンだったし。
じゃあ何? え、まさか俺以外に幽霊見えるやつとばったり会って、それで意気投合してそっちに転がり込んだとか?
おいおいおい、浮気は許さねーぞ。お前は俺専用の幽霊なんだから。
俺専用の幽霊って変な言葉だな。普通に俺に取り憑いてる幽霊でいいじゃん。
あ、いい加減起きないと。風呂沸いたんだった。ああ、めんどくさい。体が動かないよ。金縛りに遭ってるみたいだ。頭も痛いし。
え? ちょっとマジで体動かんのだが。ちょっと待って、これ、どうなってる? 金縛り? 幽霊もいないのに? なんで?
体重い。頭痛い。いや、体重いなんてレベルじゃねえ。おかしい。病的におかしい。
まさか! 一酸化炭素中毒? いやいやいや、そんなに寝てねーし! 待て、わからん。さっき寝たばっかりのようでも結構時間が経ってるかもしれない。いや、だけどこれおかしいって。全然体が動かねえ。ヤバい、アタマははっきりしてるのに!
もしかしたら幽霊の死因はこれだったんじゃ!
鯛子さんは何と言ってたか。
寒い日で雪が降ってた。彼女は帰って来て真っ先にお風呂にお湯を張って、お風呂に入る前に亡くなった――確かそう言った。
今日みたいに真っ先にお風呂にお湯を張りたくなるくらい寒い日で、疲れ切っていたんだ。エアコンはなかなか暖まらないから、ファンヒータを点け、そしてそのまま疲れから眠ってしまい……。今の俺と同じ状況なら理解できる。
ってことは、俺はあいつと同じ運命を辿るのか?
明日、俺が来ないのを不審に思った田島さんが俺に電話をかけ、出る気配がなくて、ここに?
勘弁してくれ、俺はまだ死にたくない。まだたくさんのイベントがある。最古杵市がやっといい感じでレールに乗って動き始めた時だってのに、今のこの状態で死ぬなんて、死んでも死にきれねえ! 成仏できずに幽霊になっちまう! アイツみたいに! まさか、アイツそれで成仏できなかったとか?
だけど、体が動かねえ! 誰か来てくれ、スマホ……ああ、スマホに手が届かねえ、てか手が動かねえ! やべえ、幽霊どこ行ってんだよ、幽霊帰って来て! 死ぬ、マジで死ぬ! 頼むから帰って来て幽霊! ――玲子!
そのとき。ベランダのクレセントが勝手に回り、ガラスの窓がガラガラと勝手に開いた。壁側の窓も同じように勝手に全開になった。もちろん見えたわけじゃない。音と入って来た風でわかったんだ。
そしてあの待ち望んだ声が。
『想ちゃん! 生きてる? 想ちゃん!』
冷たい空気が入って来る。次第に頭がはっきりしてきて周りが見えて来た。幽霊が喚き散らしてるのがわかる。
「玲子」
『想ちゃん、大丈夫? 苦しくない?』
大丈夫なわけがないだろう……。
「あたまいたい」
『もう、想ちゃんのバカ。なんでこんなかっこで寝てるの、死にたいの?』
「死にたくないよ、お前に会いたかったよ。どこ行ってたんだよ」
『鯛ちゃんのとこ。ケーキ、自分で焼きたくて。鯛ちゃんに教えて貰ってた。すごい大変で、時間かかっちゃったから』
ケーキ……クリスマスのケーキ焼いてたのか。
『想ちゃんと一緒に食べたいなって思って。だけど、お菓子作りってお料理と違ってきっちり量らないとダメなんだ』
「なんだ……良かった」
『え? 何が?』
「お前に何かあったんじゃないかと思って、心配してた」
『自分の心配しなさいよ』
正論過ぎて返す言葉も無い。
ゆっくりと体を起こすと、なんだかまだぼんやりする。冷たい空気が部屋の中を通過していて思わずぶるっと体を震わせると、幽霊が気付いて窓を閉めてくれた。
『心配してくれてありがと、想ちゃん』
「俺の方こそ、心配かけてゴメン」
『明日、ゆっくりケーキ食べよ』
「うん。だけど……」
『ん? なあに?』
ええと……変な勘違いすんなよ?
「俺は、その、ケーキ作って貰うより、玲子にそばにいて貰った方が嬉しいかな」
幽霊はびっくりしたような顔をして、『やだもう!』と笑い出した。
『ずっとそばにいるよ!』
幽霊が俺の後ろに回って抱きついて来た。嬉しいけど、背後霊っぽさは否定できないな、と思った。
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