第37話 ほしい!

 菊花展が大成功に終わり、ついに今年はあと残すところクリスマスイベントだけになった。

 つっても年明け早々に成人式があるんだけどね。まあ、成人式は俺はサポートであって責任者じゃないから、気が楽っていえば気が楽だけど。


 さて、クリスマスだ。献血ルームと調整を取って、当日の献血バスの手配をしたり、グッズ販売用のテントを準備したりと大忙しだ。

 こういうイベントは、本当に細かいことが山ほど出てくる。何もかもが初めての試みだから俺の好きなようにできる反面、全部俺が手配しなきゃならないわけで、めちゃめちゃ大変だけどやりがいもある。

 イルミネーション用のLEDライトだって俺が買いに行ったんだぜ、ホームセンターに。グッズ販売用POPだって自分で準備したし!


 当日のグッズ販売をどうするかということになって、いっそサイコキネンジャーにアクタースーツのまま売り子をやって貰ってはどうかという案を出してみた。アホかって言われそうではあったけど、田島さんも課長も「それで行こう!」ってメッチャ乗り気だった。冗談が通じない人に冗談なんか言うもんじゃない。


 準備に走り回って、くたくたになって家に帰るという日が続いた。家では幽霊がご飯を作っておいてくれる。寒い日は鍋やおでんにしてくれたり、肉抜き(!)のすき焼きにしてくれたり、幽霊なりにいろいろ考えてくれてる。

 そして、いつも一緒にご飯を食べている。一人で食べるご飯は、いくらアイツの作ってくれた美味しいご飯でも、なんだか味気ない。でも幽霊と一緒に食べるだけで数段美味しく感じるから不思議だ。どうせ幽霊の方は全く減らないのに。


『ねえ、想ちゃん。最近ちょっと頑張りすぎじゃない? そんなに頑張らなくても、みんなちゃんと認めてるから、もう少しほかの人に仕事を回すとかして、ちょっと手を抜きなよ。倒れちゃうよ』

「うん、大丈夫。ちゃんと田島さんにも割り振ってるし、いろんな人に仕事任せてるから」

『それにしても帰りが遅いよね。休みの日も調整に行ってたりしてるし。ちゃんと休まないと』


 幽霊なりに心配してくれてるのはわかる。以前これで喧嘩になって幽霊が出て行ってしまったのだから、同じ轍は踏みたくない。


「なあ、クリスマス、またケーキ買おうな。去年確か六個も買ったんだよな。今年はちょっと減らすか」

『そう言って想ちゃん、全部食べたじゃない』


 それもそうだ。


「今年、何が欲しい?」

『えーとね……』


 幽霊のやつ、なんだか楽しそうだ。幽霊になってもやっぱりこういうイベントは楽しいんだな。元々企画屋だしな。


『イチゴショートと、フルーツタルトと、ティラミスと、プリンアラモードと、ガトーショコラと――』


 いやいやいや、指折って数え始めたけど、俺が聞いてんのはそこじゃねえ。


「ケーキはわかった。プレゼントだよ。またジグソーパズルってわけにもいかんだろ? 別にまたジグソーパズルでもいいけど」

『え? またプレゼントくれるの? いいよ、あたしどうせ死んでるんだし』

「死んだのは体だけだろ? 魂はまだそこにいて俺と会話してんじゃん。そういうの、死んだって言わないから」

『でも、想ちゃん、あたしに触ることもできないでしょ』


 そうか。コイツ、自分からこの世のものに触ることができても、誰にも触れて貰えないんだ。それどころか、こんなふうに必死にアピールしても、霊感のある人以外には存在すら気付いて貰えない。

 コイツは死んでから、ずっとずっと『一方通行』だったんだ。そして、存在に気づいて貰った途端、みんな恐れ慄いてこの部屋から出て行ってしまう。


 コイツのそばに居られるのって、もしかして俺だけじゃん?


「誰だったか言ってたんだよね。人の死は二度あるって。最初の死は肉体が滅びた時。二度目の死は、その人の事を思い出す人が一人もいなくなった時。お前のことは実家のご両親だって覚えてるし、俺だって忘れた日なんか無いよ。だから死んだとか言うなよ、寂しいじゃん」


 何これ。俺、今、我ながらすげーイケメン発言した系? 自分で言っててガチクソ恥ずかしいわ。

 って、こんな照れるようなセリフをしんみりと言った後だっつーのにコイツ、あっけらかんとして様子でとんでもねえ発言しやがった。


『あのね、あたしなんにも要らないから……想ちゃんが欲しい』

「待て、俺を取り殺す気か?」

『違う違う、その欲しいじゃなくて』

「え、じゃあ、アッチの方? てかお前そのスーツ脱げないじゃん」

『そっちじゃない!』

「え、なに?」

『あのね、あの……想ちゃんにずっとそばにいて欲しい。あ、もちろん想ちゃんが鯛ちゃんと付き合うなら引っ込むよ? 邪魔する気ないから』

「は? 鯛子さん?」


 いきなりの爆弾発言に、それまでの流れがカンマ2秒でどっかに吹っ飛んだ。


「待て待て待て、どこから鯛子さんが出てくるんだよ」

『え? 想ちゃん、それマジボケ? それとも鈍感オブ鈍感キングマスター?』

「ごめん、ちょっとそのたとえがわからん」

『何の好意も無い人が、休日返上してゴミ屋敷片付けに来てくれると思ってんの?』

「いや、それは……てか、なんでお前それ知ってんだよ」

『あ!』


 慌てて両手で口を押えてる。そういうことか。コイツ、どこかで覗いてたな。


「お前、マジで信じらんねーな。それって例えば俺にカノジョができても、どっかで覗いてるってやつだよな? 他人のイチャイチャとか覗いちゃうわけ?」

『そんなことしないよー。あの日は鯛ちゃんのところに遊びに行ったら、なんか出かけちゃうし、ついて行ったらここに来たから、なんだろうって思って――』

「それで覗いてたんだ」

『覗くつもりなんか無かったんだよ? それに、お掃除始めたからすぐに離れたし』

「そんで戻って来て、また覗いてたんだね?」

『うん、まあ」


 ありえねー。


「信じらんねーな。それって、俺がここにいる限り、誰と付き合っても、誰をここに呼んでも、絶対お前が見てるってことだよな」

『あ、でも絶対覗かれない相手がいるよ』

「誰だよ」

『あたし』

「はぁ?」

『あたしと付き合ってたら、あたしには覗かれないでしょ?』

「お前死人だろうが。幽霊が何言ってんだよ」


 あ、しまった! 俺、さっき自分で言ったばかりなのに。何やってんだ!


『まあね、死人だしね。こうして話し相手してくれるだけでも感謝してるよ、想ちゃん』


 カラっと言う幽霊に打ちのめされた。ああ、コイツはいつもこうして無理してたのに! 信じらんねーのは俺の方だ。


「ごめん、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど。いや、もうごめん、ほんとごめん。こんなバカでよければ、ずっとここにいるから」

『やった! 言質とりました』


 え?

 ニッコリ笑う幽霊に、俺はもう訳がわかんなくなっていた。

 なんなんだコイツーーーーーー!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る