第27話 独り立ち
幽霊はあれから一切仕事のことには首を突っ込んでこなくなったけど、既に夏のマーチングフェスティバルの方はある程度のところまでプランが出来上がっていたので、思ったよりもスムーズに仕事が進んだ。
フェスティバル当日は午前中に市内をマーチングパレードで練り歩き、午後からはマーチングドリルを披露する。
パレードは
そのまま参加者たちには鎖猪瓦公園体育館で昼食を取って貰って、午後からは隣接する鎖猪瓦野球場でドリルを展開して貰う予定。鎖猪瓦公園体育館なら冷房も入るから、そこを楽屋にしておけば熱中症の心配もない。
夕方からは野球場の真ん中に
櫓の上に太鼓と笛と三味線が上がり、その場で生演奏される。歌い手も手配した。
野球場を押さえて、体育館の予約を入れ、当日の交通規制のための警察への届け出をした。こういうのも全部幽霊が教えてくれたんだけど。民謡の歌い手なんか、幽霊がいなかったら絶対に探せなかった。
そういう細かな手続きと同時に、秋のジャズストリートのプランニングも始まっていた。
今度は幽霊なしだ。ある程度の案は幽霊から貰っていたし、各種届け出の方法も春と夏で大体わかった。あとは俺と田島さんでどこまでできるかだ。
家に帰っても俺は一切仕事の話はしないし、幽霊も全く聞いて来ない。話すのはご飯や手作りスイーツの話、今日読んだ本の話、ジグソーパズルがどこまで進んだって言う話。毎日同じような話題ばかりだ。
きっと、幽霊は退屈してる。
わかってる。幽霊は仕事がしたいんだ。要領の悪い俺を見て、もどかしい気持ちになることがたくさんある筈なんだ。それを我慢して退屈な日々を送ってる。
そもそも彼女が成仏できない理由は、仕事に未練があるからなんじゃないかと思う。
なのに、それをわかっていながら、彼女の前で彼女の得意な仕事を要領悪くやっている。イライラするだろう。口出ししたくなるだろう。だけど彼女は何も言わない。
俺は結果を見せることでしか彼女に恩返しはできないんだ。
だから、自分の仕事に自信が持てるほどに成長したら、心おきなく彼女に仕事を手伝って欲しい。それまでは俺も彼女も我慢の時だ。
***
「ただいま~! ふあ~、ここ涼しいですね~。もう、外回り地獄ですよ~」
田島さんが汗だくで戻って来た。例年より遅い梅雨が明けたばかりの七月下旬。明日から市内の小中学校は夏休みに入る。
「どうだった?」
「写真撮って来たんで、ちょっとパソコンに落としますね。大体羽鷺さんの言ってたところでできそうですよ」
汗をふきふき、田島さんがメモリを差し込み、ファイルをオープンする。その間に、俺は自販機で冷たいイチゴ・オ・レを買って来る。田島さんのお気に入りなのだ。
「はいこれ」
「あ、イチゴ・オ・レじゃないですか、ありがとうございます! いただきます。うまうま~」
この幸せそうにイチゴ・オ・レを飲む姿が、幸せそうにご飯を食べる幽霊の笑顔とダブって困る。
「ええと、まず市役所前噴水広場。ここは余裕でできます。ここならピアノも置けますね。それからこっちが市民会館前ピロティ。ここも余裕があります。市民会館のピアノがそのまま使えます。やっぱりジャズはピアノが無いと話になりませんからねぇ」
そういうもんなのか。俺みたいな音楽音痴に音楽イベント任せたの誰だよ。ああ、幽霊だったか。
「それとー……あ、あった」
カタカタと器用に片手でキーボードを打ちながらも、もう片方の手はしっかりイチゴ・オ・レを支えている。どうやらイチゴ・オ・レの方が優先度は高いらしい。
「
やばい、この人いったい何語を喋ってるんだ?
「トリオからクインテットって何?」
「トリオは三人組、カルテットは四人組、クインテットは五人組です。ピアノ、ドラム、ベースの三人が基本のトリオ。そこにサックスとかトランペットが入るんですよ」
「田島さん、めっちゃ詳しいね」
「わたし、ラテンジャズ好きなんです」
いや、それがまずなんのこっちゃ分からんし。
「ディキシーランドジャズっていうのはニューオーリンズって言った方がわかりますかねぇ……聴いたこと無いかなぁ、ピアノとベースとドラムの三点セットはデフォルトとして、そこにクラリネットとトランペット、あとはトロンボーンとバンジョーが入るんですよ。白いシャツに赤いベストと蝶ネクタイ、黒いズボンで頭にはカンカン帽みたいなのをかぶるのが定番スタイルなんですけどね」
あー、なんか見たことあるような気もしなくは無いな。
「あと、ビッグバンドっていうのはアレですよ、二十人くらいで、トランペットとトロンボーンとサックスが五人ずつくらいいて、そこにデフォルトの三人組と歌手が入るようなやつです。グレン・ミラーとかベニー・グッドマンとか? ちょっとその辺は私の守備範囲じゃないですけど」
いやいや、十分知ってるって。俺、一つもわからんし。ミラー・グッドマンとか聞いたこと無いし。
「よくわかんないけど、人数で割り振っちゃえばいいかな?」
「うーん……そうですね、ジャンルで分けるのは無理っぽいし、参加人数でいいんじゃないですかねぇ。で、今のところ応募団体どれくらいですか?」
「現在で十三組。十人以上のグループは三組だね」
「いい感じじゃないですか」
田島さんがニヤリと笑う。自信のある笑顔だ。
俺はこんな顔ができているだろうか。
この秋のイベントで、俺は幽霊から独り立ちできるだろうか。
なんとしてもここで自信を付けて、幽霊に頼るんじゃなくて一緒に仕事を楽しむ方向に持って行きたい。
幽霊が、今の田島さんのような笑顔を取り戻すためにも。
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