第14話 特別



 「ご、五属性全てですか!? そんな人、この世界探し回っても十人といないんじゃ……」



 「全属性が使える、通称『オール』は、私を含めて七人かしら。魔法協会が把握している範囲では、それくらいだったはずです」



 やたらと興奮しているモモに反して、アリアは平然と続ける。

 勿論、その辺無知である七海はただ二人の会話に入ることが出来ない。状況を呑み込むので手一杯だった――って、だから主人公置いてくの止めろって。



 「把握している範囲では、って、まだ他にも使える人がいるのですか? 協会の管理は厳しいと聞きますから、漏れがあるようには思えないのですが」



 「流石に全てを把握するのは不可能ね。このアイゼンの中だけならともかく、遠く離れた町まで注視しておくのは難しいですから。 その為に、私のような『魔法特捜隊』がいるのです」



 そう言ってアリアは肩にかかる髪を避け、ローブの襟に付いたブローチを見せた。

 それは協会の頂点に掲げられていた、あの六芒星の形をしている。

 

 次から次へと……。

 でもつまり、彼女は優秀な魔法使いで、協会の人間ということだ。

 逆に言えばそれしか分からないんだけど。

 とりあえず喋らないと亡き者にされちゃうッ! 必死にしがみ付かないとッ!


 焦燥に駆られた七海が、乾いてくっ付きかけていた唇を開く。



 「その……魔法特捜隊というのは、具体的には何をする集団なのですか?」



 「魔法の関与する事件や事故の調査、または警備、監視。協会側からの頼みで、魔法使いのリストアップも行っています」



 ゴードンが話していた内容の多くは、この特捜隊によるものだった。

 しかし一つだけ、七海が知らない活動があった。



 「リストアップ? 何の為に?」



 「大方は、危険そうな人物に予め目をつけておくことが目的です。魔法には、人を助けるような“白魔法”と人に害を与えるような“黒魔法”があります。それぞれ、回復や呪術がその例です。そしてこの“黒魔法”を扱う魔法使いの存在を、協会は是としないのです。それと――」



 冷静に考えてみればそうだよな。

 こうして聞く限り彼女らは、言わば警察のような役割だ。


 少しずつ理解が追い付いてきた七海は、アリアに次を促す。



 「それと?」


 

 「――秀でた能力を持つ魔法使いを見つけることも兼ねています。特捜隊に迎え入れることを考えれば、力のある者が多いに越したことはありませんから」



 力強いアリアの瞳が、七海を捉える。じっと掴んで離さない。

 まるで彼に、を感じているかのように。

 また七海も、彼女の期待を感じざるを得なかった。


 そんな緊迫感に耐えられなかった七海が、先に聞きそびれた、恐らく彼にとって最も重要な質問をする。



 「えっ……と、特捜隊についてはよく分かりました。それで……、『マルチ・ウィザード』、引いては『オール』のことなんですが……、アリアさんがその能力を発現した際には、兆候か何かがあったのでしょうか」



 何度でも言おう。

 『オール』であることが、この世界で非凡な才能を持つことを示すなら、僕がオールそれを手に入れるのは当然である。

 今はまだ感じないが、いずれ彼女が経験したような“天才の予感”が、僕にも現れるはずである。

 まずはそれを知らなければならな――



 「ありませんわ、そんなもの。使える魔法は、生まれ落ちた時点で決まっていますから。色んな魔法を試してみたら、イメージ通りに使えた。それだけです」



 ――そうですか……。

 偏に、それでこそ“天才”なんだけど。


 でも、そうなるとやっぱり僕は……。



 あらぬ予感に襲われて思わず苦笑いとなる七海は、強がりに声を絞り出す。



 「そ、そうですよね。僕もそういった経験ありますから、分かります」



 遠い記憶が、彼の頭の中を駆け巡る。





 ――『あらぁ、もうこんな難しい掛け算が出来るようになったの。まだ幼稚園生なのに、遥は凄いわねぇ。』





 ――『じゃあこの問題は……、七海君。 ……ふむ、なるほど。その考えは先生にもなかったなぁ……。じゃあみんな、何か分からないことがあったら、先生の他に、七海君にも教えて貰いなさい。』





 ――『遥はいいよなー。あんな大学にもう推薦で合格決まっててさ。しかも数学しか勉強してないんだろ? 頭良い奴はやっぱり違えわ。』








 ――……そうなの? 僕って――――






 ――そうだ。僕には経験がある。


 手応えのなかったはずの試験だって、プレゼンだって何とかなってきた。

 周囲もそれを、凄いと褒めてくれた。

 自分は他と違う。だから。




 気が付けば、陰のあった彼の表情は晴れていた。

 モモとアリアは、その変化を奇異の目で見ている。



 「やっぱり気持ち悪いわね、このバカ」



 とアリア。



 「ふ、普段はいい人なんですよ? 普段は……」



 とモモ。


 僕、そんなにヤバい顔してました?



 「なな何ですか! こっちの事情ですからほっといてください!」



 恥ずかしくなった七海は声を荒げて突き放した。

 感情のジェットコースターと化した彼を、二人は漠然と眺めている。



 「あなたがそう言うなら構いませんが……。ところで、あなたが使える魔法というのは何ですか?」



 我関せずといった態度のアリアだが、今度は七海に興味を示してきた。

 それが意外だった彼は、羞恥も忘れて答えを急ぐ。



 「え? 僕が使えるのは、火属性の魔法です。多分」



 「多分?」



 首を傾げるアリアに、モモが解説を挟もうとする。

 止めておけ。その先は地獄d……、



 「ハルカさんの魔法は特別なんです! 綺麗な蒼なんです!」



 「は?」



 ……失敗に終わったようだ。

 アリアの頭上の『?』が、より大きく膨れ上がっているのが見える。

 罵倒はあれだけ出来るのに、何でこれは出来ないんだよ……。

 『よく分かる! モモちゃんの解説コーナー!』、これにて打ち切りです。


 そういう訳で、やがて理解することを諦めたアリアはこう提案した。



 「でも百聞は一見に如かず、と言いますし。私と一戦どうですか? あなたのその魔法、見せてください」



 「見せるくらいなら――、え? 一戦?」





 超好戦的なんですけど。怖いです、ここの女性。


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