第9話 え?
一同の視線が、奥にいるゴードンに集まる。
緊張に場は一気に静まり返り、呼吸一つ聞こえない。
その中を、ゴードンが銀色の鎧に身を包んだ騎士達に歩み寄る足音だけが響く。
「何の用だ、ガリア。もう
やがて歩を止めた彼は、ガリアという名の騎士に堂々と言い放った。
――“対価”? それに“払った”とも言っていた。
この騎士団とやらはライプ村と何か関係があるのか?
明らかな侮蔑を含んだ口調で、ガリアは問う。
「ケッ、あの程度の食糧で
『キンケッチ』の名が出た時、ゴードンの威勢は途端に失われた。
動揺した彼は、詰まる言葉を何とか繋げて声に出す。
「それは……、……それでも提示されている分は納めたはずでは――ン グッ ! ! !」
言葉の途中でゴードンは、ゴンッ、という、ガリアに顔面を殴られた重い音と共に宙に舞った。
そしてその後方にいた七海とモモの前に叩きつけられる。意識こそあるが、直ぐには起き上がることは出来ない。
周りは声を上げることも出来ず、ただその惨状に目を瞑った。
「はーぁ “価値”の分からないバカは困るねェ。バカはバカらしく、何も考えずにせいぜい必死こいて働いときゃあいいんだよ。いいか、来週までに用意しとけ。チッ、汚え血が付いちまったじゃねぇか。ホラ帰るぞお前ら」
呆れた様子でそう吐き捨て、鉄の拳に散る赤い飛沫を振り払うガリアを先頭に、騎士達はぞろぞろと集会所から出て行く。
それを見届け、緊張の糸がプツリと切れた村人は、周りとヒソヒソ話したり、中にはその場で崩れ落ちる人もいた。
「ああ……、……そんな……、そん……ちょう……、……村長!」
その一部始終を見て目に涙を一杯に溜めたモモが、途切れ途切れの声で呼び掛ける。
すると、ゴードンは辛そうに身体だけ起こした。
不安定な彼の身体を、七海が横で支える。
「…………ウ゛ッ、……だ……大丈夫だ。……すまないな、ナナミくん。イッ…つ……、モモ、悪いんだが、少し手当てを頼めるかね?」
「は、はい!」
ゴードンが机の方を指差すと、モモは急いで引き出しを漁り始めた。
「いえ、これくらいは。…その、彼らは……?」
一連の説明で登場してこなかったあの騎士団の事を、七海は尋ねる。
それを隠し通せないと観念したのか、一つ大きな溜息をついたゴードンがゆっくりと話し始めた。
「……そうだな。彼らは、『ガウス国衛騎士団』と呼ばれる、その名の通りこの国の治安を守る事を命じられた者だ。先程のガリアらは、『ラグラン』という町に配属されている騎士だ」
救急箱を見つけたモモが戻ってきて、すぐさまゴードンの手当てを始める。切れた頬から流れる血を、丁寧に拭う。
それと並行してゴードンは続けた。
「以前は大都市・アイゼンと並ぶ町が他にもあった、という話をしたと思うが、それがラグランだ。正しくは、『ヌラヴォア』と言われていたが。そのヌラヴォアに、私やモモ、村人たちは住んでいたのだ」
『ヌラヴォア』という言葉に、モモの手が止まる。
七海とゴードンは、それに気付くことはない。
過去形の表現に裏を感じた七海が、繰り返す。
「
「そうだ しかし五年前、『キンケッチ・エーゲンバリュー』がヌラヴォアの町長に就任した時のことだ 経済発展と共に広がっていた“貧富の差” 大富豪が一定数いる一方で、税金を納めることすら困難な貧しい家も多く存在した 町の尊厳を貶めるような、そんなみっともない家を邪魔に思ったキンケッチは、独立した新しい村を作り、そこに貧乏人を流すことにした それが……、ライプ村だ キンケッチが長を務めるヌラヴォア改め、『ラグラン』となった町が、この村が動く為の資金を提供するその対価として、我々は“税”を、食材などをかなりの安価で彼らに提供している訳だ」
要するに、今の連中は立場上の弱みに付け込んで、村から更に“税”を巻き上げようって事らしい。
「…………」
進めば進むほど、ゴードンは弱弱しくなっていく。その空気に、七海も口を紡ぐ。
「私も、今こそ村長と名乗って偉そうに見えるかもしれないが、恥ずかしながら超が付くほどの貧乏だったのだ。だが……、だがモモは――――」
「やめてください!!!」
手を止めていたモモが、突然声を張り上げた。
その余りに大きな声に、
七海が目を向けると、彼女はまた、唇をぎゅっと、今度は更に強く噛み締めていた。
「――モモ……?」
「…………いえ、あまり……、思い出したくなかったので」
彼が声を掛けると、モモは少し雰囲気を和らげた。怒気はもうほとんど感じられない。
「……そうだな、私が口にすることではなかったな。悪かった、モモ」
片頬だけ青くなった顔をしっかり向け、ゴードンはそう、俯いている彼女に謝る。
どうしていいか分からないのか、そんな誠意の籠った謝罪をたっぷり時間を掛けて受け取る。
そして次に顔を上げたモモは、いつもの元気な彼女に戻っていた。
「い、良いです! しょうがない村長のために、今回だけは許してあげます!」
「ハハハ、そうしてくれると助かる」
モモの上からな言い草に、ゴードンはぶっきらぼうな笑顔を浮かべた。
七海を含め、他の村人もホッとしたようだった。それを機に集会所は、いつもの優しい賑やかさを取り戻す。
「でも村長、さっきの話はどうするんですか? 蓄えを考えても、これ以上彼らに献上する訳にはいきませんよ?」
「ムムムムム……、このままでは冬を越えられんからな……」
モモとゴードンが悩んでいる。
この村とラグランの騎士の関係を踏まえても、歯向かおうっていうのは現実的に無理な話だ。
かと言って“税”を納めなければ、村の経営が不可能になる。
「「「うーーーん…………」」」
三人の声が重なる。
「せめて、奴らに対抗するだけの力があれば……」
と、ゴードン。そして、しばしの沈黙。
その間、じーっと、モモが七海を見つめていた。
訳も分からず、七海は目をぱちくちぱちくりしている。
何なの? やっぱり恋してるの?
好意を伝えるのには五秒間見つめ合うのが効果的だとか聞くし。
するとやがて、何かに気付いたように、彼女の耳がピコンと跳ねた。
停滞した会話を、モモの一言が破る。
「“力”なら、ハルカさんが持ってるじゃないですか!!! 魔法っていう
…………えっと……、モモさん?
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