第6話 侵略の理由

 ついに開かれる、魔王城玉座の間の扉。

 重く分厚い扉が開かれれば、その先は広大な部屋だ。


 高い天井、並び立つ立派な柱、シンプルな装飾。

 魔王城玉座の間は荘厳で、冷たい雰囲気が漂っている。


 私たちが玉座の間に足を踏み入れると同時、甲高い笑い声が響いた。


「オホホ、ついにここまで来ましたわね」


 声の主は、ずっと先に置かれた玉座の上。


 私たちは紫色のカーペットを踏みしめ、玉座の前に立った。

 ようやく私たちはメトフィアの前にやってきたんだ。


 派手な色のとんがり帽子をかぶり、ゴージャスなドレスに身を包んだ、切れ長な目が特徴のメトフィア。

 この魔女こそ、私たちが倒すべき存在。


 3人の勇者はそれぞれに言い放つ。


「お前を倒すのが、今のウチらの目的なんじゃい」


「まおーちゃんに悲しい顔をさせた報い、受けさせてあげる」


「かわいいみんなのため、私は戦うわ!」


 宣言とともに、3人の勇者の武器がメトフィアを狙った。

 対するメトフィアも魔法の杖を掲げ、戦いに備える。

 もはや、いつ戦いがはじまってもおかしくはない。


 そんな中で、テラスに出ようとするまおーちゃんを見て、ミィアは首をかしげた。


「う〜ん? まおーちゃん?」


 心配そうな表情のミィア。

 けれどもすぐに手を叩き、ミィアは納得する。


「分かった〜! まおーちゃんは、魔王様の責任を全うしたいんだね〜!」


「うん」


「だったら〜、迷う必要ないよ! ほらほら〜!」


 きっと王女様だからこそ、魔王様の気持ちが分かったのかな。


 ミィアに背中を押されたまおーちゃんは、テラスの上でメトフィアを見据えた。

 そして大きく息を吸い、魔王様らしく口を開く。


「メトフィア」


「フンッ、お久しぶりですわね、まおー様」


「しつもん、あるの。どうしてメトフィア、『ツギハギノ世界』をしんりゃくしたいの?」


 一番の謎だね。

 まおーちゃんからすれば、自分が追放された理由でもある。


 侵略の理由なんて、だいたいは資源獲得とか自分と違うものが許せないとかそんなものだけど、メトフィアはなんて答えるんだろう。


 質問を投げかけられたメトフィアは、魔法の杖をそっと降ろした。

 代わりに両手を広げ、芝居がかった口調で答える。


「まおー様も追放先で見たはずですの。『ツギハギノ世界』の色とりどりな世界を。比べて『ヤミノ世界』ときたら、灰色に茶色に黒色に……フンッ! なんてつまらない世界ですの! 気が滅入りますわ!」


 心の底から世界を拒絶するみたいな表情のメトフィア。

 いや、表情だけじゃない。

 言葉でもはっきりと、メトフィアは世界を拒絶してみせた。


「妾は『ヤミノ世界』が大嫌いですの。つまらない『ヤミノ世界』にいたって、暇なだけですわ。だったら、妾は『ツギハギノ世界』を我が物にしたいんですの! 暇を持て余すくらいなら、『ツギハギノ世界』を侵略し我が物にしたいんですの!」


 一瞬、私はぽかんとしちゃった。


 他の世界を侵略する理由が、暇だったから?

 そんなにめちゃくちゃな理由、ある?


 迷惑にも程があるよ。


 とは言っても、メトフィアの侵略はここまでだけどね。

 まおーちゃんはじっとメトフィアを見つめ、言い放った。


「もう、メトフィアはかてないよ」


「……そうかもしれませんわね」


「だけど、もしメトフィアが、『ツギハギノ世界』のしんりゃくをあきらめたら——」


「フンッ! あり得ませんわ!」


 せっかくのまおーちゃんの優しさすら、メトフィアは拒絶した。

 拒絶した上で、自分のわがままを貫き通した。


「ずっと『ヤミノ世界』で我慢していろと!? そんなのごめんですわ! こんな世界で、妾は満足などできませんの! こんな世界にいたって、暇の中で死んでいくだけですの!」


 どこかに絶望を抱えて、メトフィアはそう言い切る。


 よく考えてみれば、魔女の寿命はきっと数百年くらい。

 メトフィアはたぶん数百歳くらい。

 数百年間も〝暇な時間〟を過ごして、メトフィアは参っちゃったんだろう。


 つまり——


「……そういうことか」


「ユラさん?」


「メトフィアは、世界に楽しいことがいっぱいあるって、知らないんだね」


 誰だって数百年間も暇な時間を〝暇な時間〟として過ごせば退屈しちゃう。

 だけど、暇な時間も楽しいことはいっぱいのはず。


 なんとなくとはいえ、メトフィアが本当に望むものが分かってきたかも。

 私はテラスに出て、人見知りを発動しながら、でも勇気を振り絞って声を張り上げた。


「あ、あの、メトフィアさん!」


「あなたは……異世界の者ですわね」


 ちょっとだけ興味深そうに笑ったメトフィアの目が、私をにらみつけた。

 だから私は、今すぐに布団に丸まりたい気持ちを抑え、言いたいことをそのまま口にする。


「メトフィアさんが『ツギハギノ世界』侵略をやめない理由。それは、暇だから」


「随分な物言いですが、間違ってはいませんわ」


「じゃあ暇じゃなくなれば、『ツギハギノ世界』侵略をやめる」


「それも間違っていませんの」


「だったら私が暇な時間の過ごし方、ううん、おウチでの過ごし方、教えてあげる」


「はあ?」


 訳が分からないと、両手を持ち上げたメトフィア。

 これに関してはヤミノ世界してんのーたちも首をかしげていた。


 一方のシェフィーは、私の言いたいことが分かったらしい。


「もしかしてユラさん……」


「そのもしかしてだよ」


 私の返答に、シェフィーは苦笑い。

 続けてスミカさんが微笑んだ。


「フフフ、ユラちゃんが何をしたいのか、私にも分かったわ。つまりは、いつも通りにしていればいいのよね」


「うん、そういうこと」


「ならおウチの本気、見せてあげるわ!」


 スミカさんは力強く宣言した。

 頼もしいスミカさんがいれば、これからやろうとしていることは成功間違いなしだ。


 というわけで、私はすぐにメトフィアを自宅に招待する。

 ただし、そろそろ人見知りも限界なので、メトフィアの話し相手はシェフィーたちに任せることにした。

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