第5話 ヤミノ世界してんのー

 ネコマジューたちに見送られ、自宅は村を出発した。

 目的地はもちろん魔王城。


 と言っても、魔王城らしい建物は、おそらく地平線の向こう側らしい。

 今、頼りになるのはまおーちゃんだけだ。

 スミカさんはまおーちゃんに尋ねる。


「魔王城はこっちの方角でいいのよね?」


「うん、みんなもそういってた。それに、まおーじょーのまりょく、かんじるもん」


「じゃあ急ぎましょう!」


 駆け足気味で、自宅は『ヤミノ世界』の暗い大地を進んでいった。


 魔王城に到着するまでの間、自宅の周りには誰もいない。

 リビングで魔法陣を整理していたシェフィーは、ふとつぶやく。


「ルリさんとイショーさん、シキネさんとクロワさん、今頃何をしているのでしょう?」


「さあ。私たちと同じく魔王城に向かってるんだと思うよ」


「そうですね。でも、途中でメトフィアの部下に襲われていないか心配です」


 たぶん、それに関しては大丈夫なはず。

 あの2人を止められるマモノはいないはずだよ。


 とは思ったのだけど、私の頭にはとある単語が浮かび上がった。

 ラスボス前、魔王城に向かう道中にエンカウントする敵といえば——


「ゲームだと四天王を倒す展開が待ってそうだよね」


「ミィアもそう思うよ〜! 3人の勇者がそれぞれ四天王を倒して、魔王城で最後の四天王を倒すの!」


「そうそう。で、最後の四天王を倒してラスボス戦がはじまる感じ。そこからラスボス神曲がかかるの」


「おお〜! なんだか楽しみになってきた〜!」


「ユラさんとミィア様、完全にゲーム感覚です! だけど、なぜか頼もしいです!」


 ツッコミを入れられてるのか、頼りにされてるのか。

 何にせよ、ミィアが順調にゲーム道を歩んでいて感心感心。

 そんな感じで、魔王城到着までの時間を雑談で過ごす私たち。


 ところが、のんきな時間はここまでらしい。

 突如として外からクールな声が聞こえてきた。


「ジュウの勇者、待って」


 言われて大人しく動きを止めた自宅。


 窓の外を見てみれば、白い肌と青白い髪が特徴的な、氷の甲冑を着た女の子が自宅の前に立ちはだかっている。

 女の子は鋭い視線で私たちを見つめ、名乗りを上げた。


「私の名前、サムイ。ヤミノ世界してんのーの1人」


 まさかの四天王登場だよ。

 これにはさすがのルフナも苦笑い。


「噂をすれば、だな」


「フラグになっちゃったか……」


 とはいえ、本物の四天王に会えたんだから、それはそれで嬉しかったり。

 しかも四天王の1人であるサムイは、見た目はシェフィーと同じくらいの歳だから、怖さもあまりない。


 そんな私たちの気持ちなどお構いなしに、サムイは静かに言った。


「もう1人のしてんのー、アツイはショクの勇者に敗れた。でも、彼女はしてんのー最弱。ジュウの勇者、油断禁物。私、『ヤミノ世界』で最も優れた氷魔法の使い手。ジュウの勇者でも簡単には倒せない」


 すっごくお約束通りなセリフを口にするサムイ。

 早くも四天王の1人がシキネとクロワに倒されているらしい。

 そのせいか、サムイは警戒心マックス状態で、すでに戦闘態勢に入っていた。


 スミカさんはテラスに出てサムイに呼びかける。


「ちょっと待ってちょうだい。私たちは——」


「問答無用。まずは氷魔法『吹雪びゅー』」


 一切の話を聞かず、サムイは氷魔法攻撃を仕掛けてくる。


 彼女が右手を突き出せば、どこからともなく現れた吹雪が自宅を叩きつけた。

 そう、今までどんな攻撃をも防いできたシールドを無視して、自宅の壁に吹雪が叩きつけられたんだ。

 もしや私、サムイがそんなに怖くなかったせいで、サムイを拒絶しきれてないのかも。


「魔法がシールドを抜けてきた!」


「あわわ! さ、寒いです!」


 雪に包まれる自宅の中で、私たちは寒さに震えた。

 寒さに極端に弱いミィアは、すぐさまエアコンを指さす。


「暖房、つけようよ〜」


「そ、そうだね!」


 すかさずリモコンを手にした私は、暖房のスイッチをオンにした。

 以前に『山の上の国』に訪れていたおかげで、暖房系スキルは解放しまくってる。

 おかげでリビングは、吹雪に負けないあったか空間に。


 サムイは首をかしげた。


「ん? 吹雪びゅー、効いてない?」


 けれども、諦めてはくれないらしい。


「ならば次の技『氷山ドッカン』」


 これは強烈な攻撃魔法だった。

 自宅の何倍もの大きさの氷山が、空から降ってきたんだ。


 幸い氷山はシールドにぶつかって粉々になったけれど、大量の氷の破片がシールドを抜け、自宅を覆い尽くす。

 氷風呂に浸かった状態の自宅は、もはや暖房だけじゃ寒い。


「床暖房もつけよう」


 これでオッケー。

 リビングはあったか空間に戻った。


 大技を封じられて、さすがのサムイも悔しそう。


「くっ……私、まだ負けてない。最終奥義『百年の冬詰め合わせ』」


 またも激しい魔法が自宅を襲った。

 雪が吹き荒れ、大地が凍え、草木は氷に包まれ、空気中の水分すらも結晶に姿を変える。

 極寒地帯の現象の全てが、自宅の周囲で暴れ狂う。


 気づけばシールドも凍りつき、自宅は冷たい世界に佇んでいた。

 スミカさんは体を縮こませる。


「外壁が凍りついちゃったわ」


「さすがに暖房だけじゃ寒いかもね」


 そうやって声を震わせていると、ミィアがリビングを出ていった。

 数秒後、にんまり笑顔のミィアが帰ってくる。


「みんな〜、お布団持ってきたよ〜! 一緒に入ろ〜!」


「いいですね! まおーちゃんも、どうぞ」


「うん」


「ミィアと一緒の布団でぬくぬくする……ああ! 最高のご褒美だ! よくやったぞヤミノ世界してんのー!」


 ということで、私たちは仲良くお布団の中へ。

 暖房と床暖房、そしてお布団と、究極のあったか空間の完成だ。

 あまりのあったかさに、私はほんわか気分。


「はわぁ〜、あったか〜い」


「フフフ、ユラちゃんと一緒だと、あたたかさ百倍ね」


 お布団の中でスミカさんに抱きしめられる私。

 このまま寝ちゃおう、と思ったとき、外から絶望したような声が聞こえてきた。


「なぜ? なぜ私の魔法、通じない?」


 そうだった、四天王と戦ってる最中だったんだ。

 あったか空間が気持ち良すぎて忘れてたよ。


 最終奥義を封じられて、サムイはガックリと肩を落としている。

 そんな彼女に、お布団にくるまった状態でテラスに出たまおーちゃんが声をかけた。


「サムイ、ジュウのゆーしゃのおふとん、あったかいよ」


「なっ!? どうしてまおー様が、そこに!?」


 雷にでも打たれたような表情をしたサムイは続ける。


「メトフィアから聞いた。まおー様は勇者に誘拐されたはず」


「ちがうよ! メトフィアがね、まおーを『ヤミノ世界』からついほーしたんだよ!」


「……驚き。それは一大事」


 ふむふむ、メトフィアはウソで四天王を味方につけてたんだね。

 ということは、まおーちゃんが姿を見せるだけで、メトフィアの戦力を削れるかも。


 実際、サムイは戦闘態勢を解き、まおーちゃんに向かってひざまずいていた。


「まおー様が元気そうで、嬉しい。まおー様、私はまおー様の味方」


「いっしょに、きてくれるの?」


「もちろん。元々、メトフィアが目指す『ツギハギノ世界』侵略には反対。勇者がまおー様を追放したのがウソなら、メトフィアを助ける義理はない」


「……ありがと、サムイ!」


 あったか空間でぬくぬくしているうちに、ヤミノ世界してんのーの1人が味方になった。

 うん、はじめての『ヤミノ世界』の旅は順調だね。

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