第2話 こういうときこそスキルの出番

 スミカさんはなんの躊躇もなく、海へ突撃していった。

 浜辺に寄せては引いていく波は目前。

 自宅の脚はついに海に触れる。


「あら! 思ったより海って冷たいのね! でも気持ちいいわ!」


「浅瀬はまだいいけど、深いところまで行ったら――」


 どうなるか分からないけど、なんだかすごく心配だよ。


 海をジャバジャバかき分ける自宅は、海底を踏み締め陸から離れていった。


 しばらく歩けば、海面から海底までの距離は、自宅の脚の長さより長くなる。

 ここまで来て、いよいよ自宅の建物部分が海に浸かりはじめた。


「おお~! 船みたいだ~!」


「テラスに出れば海に触れられそうだな」


「こ、このまま進んで、だ、だだ、大丈夫なんでしょうか……」


「ふ~ん……」


 窓のすぐ外が海という状況に、ミィアとルフナはのんきでも、シェフィーとミードンは不安そう。


 それでもスミカさんは進み続ける。

 進み続けた結果、海面が私たちの膝ぐらいにまで高くなった。


「水槽みた~い! お魚、見えるかな?」


「ヒッ! お、お魚!?」


「落ち着けシェフィー。小さなお魚しかいない」


「ふ~ん!」


「フフフ、まだ進めそうだわね」


「いや、そろそろ危ない気が……」


 そんな私の不安が的中した。

 窓枠をよく見ると、少しずつ水が漏れ出している。


「あれ? ああ! あああ! 水入ってきた! 水入ってきたよ!」


「ホ、ホントです! リビングが水浸しになっちゃいます!」


「大丈夫だよ~! だってミィアたち、水着だもん!」


「さすがミィアだ! どこまでもポジティブ! この世界の太陽みたいな存在だな!」


「そんなこと言ってる場合じゃないって! 私たちは濡れても大丈夫かもしれないけど、電子機器が濡れたら――」


 大好きなアニメがしばらく見られなくなる。

 何より、大事なゲームのセーブデータが消し飛ぶ。


「データの死は私の死! スミカさん! 陸に戻って!」


「う~ん、ようやく海に慣れてきたところ――」


「お願い! 私はまだ、大事なものを失う覚悟ができてないの!」


「よ、よく分からないけど、ユラちゃんが必死なのは伝わったわ。すぐに陸に戻るわね」


 自宅は踵を返し、陸に向かいはじめた。

 陸に近づけば、窓枠から漏れ出していた水はぴたりと止まる。

 良かった、これでデータたちは助かった。


「ふ~、一安心一安心」


「水浸しは避けられましたね。でも困っちゃいました。これから『いろいろな島がある国』を移動するには、海を渡る必要がありますから」


「あ、たしかに」


 シェフィーの言う通りだ。

 海を渡らなきゃ、『いろんな島がある国』の移動なんてできない。


 こういうときこそスキルの出番だよね。

 さっそく『おウチスキル』を起動すれば、求めていたスキルがいっぱいあった。


「防水系のスキルなら、『窓枠キッチリ』とか『硬すぎ壁』、『洪水にも負けず』とかかな。この排水スキル『水ジャバー』とかも使えそう。解放解放っと」


「ユラユラ~、このスキルは~?」


「ええと、『隙間埋め埋め』か。虫対策スキルだけど、防水対策にもなりそうだね。解放」


「快適スキルにある『乾燥した床』というスキルはどうでしょう?」


「ああ、それもアリだね。解放っと」


 思ったよりも防水になりそうなスキルが残っていたらしい。

 私は次々とスキルを解放していった。

 スキルポイントが余っていたから、ついでに『ふかふかソファ・レベル3』とかも解放しておく。


「これで防水スキルは一通り解放!」


「まあ! それなら、また海に入っていけるわね!」


「待って! それはまだ早い!」


「そうなのかしら?」


「うん。防水スキルはあっても、海の上を移動するためのスキルツリー『海は広いねツリー』が解放されてないから」


「そのツリー? はどうすれば解放されるのかしら?」


「前の『土だらけツリー』を参考にすれば、一定条件を満たす必要があるんだと思う」


「海を自由に移動できる日は、なんだか遠いわね」


 ちょっとだけ残念そうに、スミカさんは肩を落とす。

 そんなとき、スマートフォンが細かく震えた。


「うん? メール? このタイミング、まさか――!」


 シュゼとチルと一緒にダンジョンに閉じ込められたときと同じ展開に、私は期待する。


 メールの送り主は、期待した通り女神様だった。

 こうなるとメールの内容にも期待しちゃう。


『タッタターン。スミカとユラにまた朗報じゃ。新しいスキルルートとして『海は広いねツリー』が解放されたぞ。土の中に潜ったり海を泳いだり、お主らも忙しいんじゃな』


「すごい! 完全に期待通り!」


 パーフェクトすぎる内容のメールだ。

 そろそろ女神様を祀った神棚でも作った方がいいかもしれない。


 ちなみに、メールはもう少し続いている。


『ワシはユラの両親と食事中じゃ。ユラの両親は優しいのお。毎日ご飯を用意して、話もしてくれるのじゃが、まるでワシを娘扱いじゃ。おっと、美味しそうなアップルパイが出てきので、メールはここまで。では、達者でな』


「お母さんとお父さん、女神様と同居してるの!?」


 元の世界で私の家族はどうなっているんだろう。


 すごく気になるけど、今は『海は広いねツリー』の方が大事だ。

 ちょうど『おウチスキル』も起動してるし、確認しよう。


「ええと……あったあった。これが『海は広いねツリー』だね」


「どうしたんですか?」


「いや、海を移動するためのスキルツリーが解放されたんだよ。ほら、スキル『船の旅』とか『波乗り自宅』とか」


「ということは、海の上でもどこでもいけるということですね!」


「フフフ、海を自由に移動できる日、すごく近かったわ」


「あ、スキル『水に強い電子機器』がある。このスキルツリー、最高かも」


 こうして、私の自宅は海の上すら移動できる海上移動要塞になったのだった。

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