第2話 ククク、この私こそが——

 朝食を食べ終え、私たちは紅茶タイムの真っ最中。

 まだミィアは物静かなままだけど、暖房と朝食、紅茶のおかげで、寒さは撃退できた。


 ぬくぬく空間で、私はほっと一息つく。


「やっとリビングが優しい世界になったよ……」


「ねえシェフィーちゃん、『山の上の国』もこのくらい寒いのかしら?」


「はい、気温はいつもこのくらいです」


「そうなのね。なら、あたたかい夕食を考えないと」


「気温がこのままなら、ミィアはずっと物静かなままだね」


 いつもより静かな食事の時間は、これから数日間は続くみたい。

 紅茶のカップを両手で握ったミィアは、紅茶の湯気が少し動くぐらいの小さな声で言う。


「むう……寒いのイヤだよ……」


「ミィア! 私は物静かなミィアも宇宙の神秘に等しいと思っているからな!」


「ルフナぁ……」


 弱々しい声と一緒にルフナに抱きつくミィア。

 想定外のことにルフナは悶絶する。


 なんだろう、いつもと違うのにいつもと同じ2人を見てると、なんだか微笑ましい。


 微笑ましい風景を眺めながら、紅茶タイムは過ぎ去っていった。

 食器をキッチンに下げたシェフィーは、窓の外を眺め、つぶやく。


「そろそろ『山の上の国』への門が見えてくる頃ですね」


 続けてシェフィーは振り向き、私たちに言った。


「あの、みなさんにお伝えしなきゃいけないことがあるんです」


「なに?」


「実は『山の上の国』に入国するためには、入国届けを出す必要があります。そして、入国のための事前審査に1日くらいの期間が必要になるんです」


 事務的な口調と事務的な内容。

 私は思ったことをそのまま口にする。


「ビザみたいなのが必要ってことね。意外と厳しい」


「『山の上の国』は魔法研究が盛んな国と聞いているからな、入国が厳しいのも納得だ」


「ルフナさんの言う通りです。でも、一度でも入国したことがある人なら、次から入国届けを出すだけで、事前審査なしでも入国できるようになりますよ」


 ちょっとした補足情報を口にしてから、シェフィーは続ける。


「それで、今日は事前審査のために『山の上の国』には入国できないと思うので、近くの『景色のいい国』で一泊しようと思います」


「ふむふむ」


「入国届けは私が出してきます。その方が早いと思うので。スミカさんたちは『景色のいい国』に先に向かってください。私も後から合流します」


 一生懸命なシェフィーらしい提案だね。

 私はシェフィーの提案に賛成。


 ところがスミカさんは乗り気じゃないみたい。


「う~ん、シェフィーちゃんを1人にさせちゃうのは、ちょっと心配だわ」


 優しいスミカさんらしい心配だよ。

 この心配にナイトさんらしく応えたのはルフナだった。


「なら、私がシェフィーを護衛しよう」


「フフフ、ルフナちゃんの護衛付きなら安心ね」


 これで決まり。

 シェフィーは明るい表情でルフナに頭を下げた。


「ありがとうございます! ルフナさん!」


「任せておけ」


 胸を張ったルフナは、ナイトさんらしい誇らしげな表情を炸裂させた。下着姿だけど。


 ただ、さすがに雪の積もった山道を下着姿で歩くわけにはいかない。

 ルフナは着替えるために寝室へと向かった。


 寝室へ向かう最中、ルフナは真剣な表情を私たちに向ける。


「スミカさん、ユラ、ミィアのことは任せたぞ」


「もちろんよ!」


「は、はい!」


 まさかルフナが他人にミィアを任せるときがくるなんて、驚いた。

 それだけ私たちがルフナに信頼されてるってことかな。


 数十分後、シェフィーとルフナは出かける準備を終わらせ、玄関に立っていた。

 シェフィーは私のコートを、ルフナはお父さんのコートを着込んでいる。


「では、行ってきます!」


「行ってくるぞ!」


「いってらっしゃい」


 私たちに見送られ、シェフィーとルフナは雪の積もる山道へ。


 扉が開いた一瞬だけでも寒くて死にそうになった私は、2人を見送って、そそくさとリビングに戻る。

 リビングに戻れば、私たちは私たちの目的地に向かって出発。


「さて、私たちはシェフィーの言う通り『景色のいい国』に行こっか」


「そうね」


「地図を見る限り……こっちだね」


「じゃあ、行くわよ」


 狭い山道の分岐点を左に曲がり、自宅は『景色のいい国』を目指して歩きはじめた。


 目的地に到着するまでの間は、ぶっちゃけ暇。

 とりあえず私はスマホを手にする。


 そんな私の服を、ネコ耳パジャマ姿のせいで本当にネコみたいなミィアが引っ張った。


「ユラユラ~、ゲームした~い。いい~?」


「いいけど、そんな状態でできるの?」


「寒くて元気が出ないけど、ゲームだけはできる気がする~」


「ほおほお、さすが我が弟子。どんなに体調が優れなくてもゲームだけはできるなんて、順調にゲーム道を歩んでるね」


 感心感心。


 さあ、そのままゲーム道を歩みたまえと、私はミィアにコントローラを授けた。

 ゲームをはじめたミィアは、物静かなまま、淡々とミッションをクリアしていく。


 一方の私はガチャタイム。

 物欲センサーに引っかからないよう心を無にし、石を投げ込んだ。


「レア、レア、レア……まあ、こんなもん――うん!?」


 滅多に見られない光が輝いてる。

 これってもしかして、確定演出じゃない?


 ワクワクドキドキしてスマホの画面にかじりつけば、大きなSSRの文字が。


「きたぁぁぁ!!」


 久々の大当たりだよ!

 真っ黒なロングコート姿がかっこいいSSR『影の支配者・シャドウマスター』が出たよ!

 これで今日は満足! もう後はどうでもいい!


 だなんて1人で騒いでいたら、スミカさんが私の肩を叩いた。


「ねえユラちゃん」


「なっ、なな、なに!?」


「あんな場所に女の子が2人いるのだけど……」


「はえ?」


 いきなりよく分からないことを言われて、私はプチ混乱。

 そのままスミカさんが指し示した場所を見てみれば、スミカさんの言う通りだった。


 谷へと突き出た崖に、女の子が2人立っている。


 1人は、ボブショートの髪型に縁の細いメガネをかけた、魔導師みたいな格好の女の子。

 もう1人は、明るい色の長い髪と、ぶかぶかの真っ黒なロングコートを風に揺らした女の子。


「何してるんだろう?」


 私がそう疑問に思っていれば、ロングコートの女の子がこちらを向いた。

 そして、しばしの間を置き、笑いはじめる。


「ククク――クククハハハ、ハーーハッハッハッハッハッハ!」


 いかにも悪の組織っぽい笑い声。

 そのわりに声が甲高く、のぞいた八重歯も合わさって、正直かわいい。


 謎の女の子の謎の笑い声に癒されていれば、女の子は腕を組み、仁王立ちした。


「お前ら、ウワサに聞くジュウの勇者であるな! ククク、この私こそが――」


 たっぷりすぎる間を置いて、女の子は堂々と名乗り上げる。


「『ツギハギノ世界』を影から支配する、シャドウマスターであるぞ!」


「はん?」


 現実世界でもSSRが出たのかな?

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