第4話 勇者パワーってチートじゃなきゃいけないの!?

 クロワはバックパックからロープを取り出した。


「さあ、さっそく勝負の準備をするんじゃい」


「さっさとやるぞ!」


「フフフ、ワクワクしてきたわ」


 やる気満々のシキネとスミカさん。

 ルフナはクロワから受け取ったロープをテラスの柱に固く結びつける。


 一方、家の外、シールドの外側にいるシキネは、クロワから何かを受け取っていた。


「あれは……クロワッサン?」


 シキネはクロワからクロワッサンを受け取り、それを口の中に放り込んだ。

 すると、シキネの体が光に包まれはじめる。

 なんだか異様な光景。


――まさか、あのクロワッサンが勇者パワーの源だったりして。


 そんな私の推測が正しいのかどうかは、実際に勝負がはじまれば分かることだ。


 テラスの柱に結ばれた一本のロープを、シキネは強く握りしめている。

 自宅とシキネの間に立ったクロワは、右手を掲げて合図した。


「綱引き勝負、はじめじゃい!」


 合図と同時に、シキネとスミカさんの大声が響いた。


「うおおおおお!!」


「ええええい!」


 自宅は全速力で駆け出す。

 シキネはしっかりと掴んだロープを思いっきり引く。


 1秒も経てば、ロープは鉄の棒みたいにピンと張っていた。

 そして、自宅は駆け出した方向とは逆に動き出す。


「あらあらあら?」


「い、家がシキネさんに引きずられてます!」


「絵面が筋肉自慢番組みたいだよ……」


 一人の少女が一軒家を引きずるなんて、めちゃくちゃだ。

 あれこそが勇者のチートな力っていうやつなんだろう。


 負けじと自宅も脚を動かそうとするけど、その場に踏ん張ることすらできていない。

 ミィアとルフナは、ソファの上で必死になるスミカさんを応援した。


「まだ負けてないよ! スミカお姉ちゃん、頑張って~!」


「脚を地面に食い込ませるんだ! 持久戦に持ち込め!」


 戦いに慣れたルフナのアドバイスが効いたらしい。

 ルフナの言う通りに動いた自宅は、勝負をこう着状態に持ち込むことに成功した。


 そして、その状態が数十秒も続いた頃。

 唐突にシキネの力が弱まり、自宅がシキネを引きずりはじめた。

 この事態にシキネは焦りを前面に出す。


「うわわ! どうなってるんだ!? クロワッサンの効き目がもう切れてきたぞ!?」


「まずいんじゃい。勇者パワーに対抗するには、もっと大量のクロワッサンが必要だったんじゃい」


「おいクロワ! なんとかしてくれ!」


「分かってるんじゃい。口を開けて待ってるんじゃい」


「あ~」


「吐かないように気をつけるんじゃい」


「ぶへ!」


 駆け寄ったクロワは、シキネの口に大量のクロワッサンを押し込めた。

 口をパンパンにしたシキネは、まばゆい光に包まれる。


「すへえ! へんひんはらひはらはわいへふふ! うおおお!」


 何を言っているのかは分からない。

 それでも、綱を引っ張るシキネの力が強烈になったことはたしかだ。

 自宅は踏ん張ることもできなくなる。


「ヤバいクロワッサンのおかげで、シキネがパワーアップした!?」


「大変です! 家がどんどん引きずられていきます!」


 まさにチートパワーだ。

 スミカさんは顔が赤くなるぐらい全力を出した。


「負けないわよ! ええい!」


 結果、ロープの結ばれたテラスの柱がミシミシと音を立てはじめた。


「スミカさん! 家が壊れる! 勝負中止!」


「でも、このままじゃ負けちゃうわ!」


「いい! 家が壊れるよりは!」


「……分かったわ」


 必死の願いは通じ、自宅は脚を止める。

 続けざまにスミカさんはテラスに出て叫んだ。


「シキネちゃん! 降参するわ!」


「うおおおお!」


「シキネちゃん!?」


「勝負に集中しすぎて聞こえてないみたいです!」


 おかげでズルズルとシキネのチートな勇者の力に引きずられる自宅。

 シキネが綱引き勝負を中断したのは、自宅が300メートルぐらい引きずられてから。


 やっぱりあの人バカなのかな?


 綱が地面に置かれると、クロワがシキネの腕を掴み、誇らしげに言う。


「綱引き勝負はシキネの勝ちじゃい。これでシキネが1勝じゃい」


「やったぜ!」


 大喜びのシキネは、わざとらしいぐらいのガッツポーズを決めた。

 そして大喜びしたまま気の早いことを言い出す。


「なあクロワ! 次はなんだ!? 何をするんだ!?」


「ジャンプ勝負なんてどうじゃい」


「クロワの提案ならなんでもいいぞ!」


 バカは休憩という言葉を知らないのか。

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