第3話 勝負は唐突に

 スミカさんによって開かれたリビングの窓。

 外から入り込む風は、スミカさんの長い髪を揺らす。

 直後、シキネの大声が響き渡った。


「ああ! 出てきた! なんか出てきた! ねえクロワ! なんか出てきた!」


「ふむふむ、あれはおそらく、あの家の住人じゃい」


「住人? そっか! 住人か!」


 とにもかくにも声が大きいシキネ。

 クロワッサンっぽい髪をふわふわさせるバックパッカーさんは、クロワという名前らしい。


 スミカさんはシェフィーたちを連れ、笑顔のままシキネとクロワに話しかけた。


「はじめまして。私はスミカ=ホームよ。この子はシェフィーちゃん」


「よっ、よろしお願いします!」


「この子がミィアちゃん」


「はじめまして~!」


「こっちの子がルフナちゃん」


「よろしく」


「そしてこの子が――」


「え? ちょっと、私の紹介はいらない!」


 抵抗虚しく、私はスミカさんによってテラスに引きずり出されてしまう。


「この子がカワゴエ=ユラちゃん。私とユラちゃんは異世界から転移してきた異世界人で、私はこの家が本体の勇者なの。よろしくね」


「よろしく!」


「よろしくじゃい」


 簡単な挨拶を終えると、シキネはクロワに向かって瞳を輝かせた。


「やっぱりだ! やっぱり勇者だった!」


「ほらね、ウチの言った通りじゃい」


「すげえよ、クロワ! うん? でも、異世界人? 勇者と異世界人? どんな違い?」


「ウチとシキネの関係と同じじゃい」


「なるほど! アタシが勇者で、クロワが異世界人ってことか!」


「その逆じゃい」


 ええと、つまりシキネが異世界人で、クロワが勇者ってことかな。

 ということは、クロワがショクの勇者ということ。 

 ならばと、スミカさんは質問した。


「シキネちゃん、お隣のカールした髪型がかわいいクロワちゃんは、どんな子なのかしら?」


「コイツか! コイツはな、すげえヤツだ!」


 まったく紹介になってない。

 シキネが声の大きい人で、たぶんバカだということぐらいしか分からない。

 結局はクロワ本人が自己紹介をしてくれた。


「ウチはクロワッサン=ミールじゃい。本体はクロワッサンで、この姿は思念体を人の形にしたものじゃい。クロワでいいのじゃい」


 ほうほう、クロワはスミカさんと似たような存在らしい。

 家や食べ物に勇者をやらせるなんて、女神様は何を考えているんだろうか。


 そんなことより、疑問はまだ残ってる。

 クロワが勇者だとすれば、どうしてシキネがマモノと戦っていたのかだ。


 ただ、その疑問を解消するために質問する勇気は私にはない。

 それ以前に、質問をする隙すらなかった。

 ニタリと笑ったシキネは、私たちをじっとにらみつけ、言い放つ。


「おい! アタシと勝負しろ!」


「え?」


 ちょっと何を言っているのか分からない。

 分からないから黙っていると、シキネはもう一度言い放った。


「おい! アタシと勝負しろ!」


 それはさっき聞いた。

 私が分からないのは、なぜ勝負をしなきゃいけないのかだ。


 しかし、シキネの勢いは止まらない。


「勝負は4回勝負! 先に2勝した方が勝ちな!」


「待つんじゃい。それじゃ2対2で引き分けになるんじゃい。3回勝負で2勝した方が勝ちにするべきじゃい」


「クロワの言う通りだ! やっぱりクロワはすげえな!」


「当たり前じゃい」


 仲が良さそうな二人だけど、私の気分はげんなり。

 なんで意味不明の勝負をしなきゃいけないのか。


 私はリビングに戻ると、ソファに倒れ込み、シェフィーに聞いた。


「ねえシェフィー、なんか勝負をしなくても良くなる魔法とかないの?」


「そこまで使い道が限定された魔法、さすがにないです!」


 だよね。


 にしても、シェフィーもシキネの言葉には呆れているみたいだ。

 そりゃ唐突に勝負だと言われれば呆れるのが普通。


 まあ、普通じゃない人が私の周りにはいっぱいいるんだけど。

 例えばミィア。


「勝負? おお~! なんか楽しそ~! ミィア、ショクの勇者と勝負する~!」


 天真爛漫な心に勝負という単語は魅力的すぎたらしい。

 ミィアがこうなれば、ルフナの反応も決定する。


「勇者との勝負に心を踊らせるミィア……戦いの神の降臨だ! よし、私も勝負に参加して、ミィアの勇姿を脳に焼き付けるぞ!」


 テンションが爆発したルフナを、もう誰も止められない。

 極めつきはスミカさん。


「あらまあ、もう一人の勇者さんと勝負だなんて、面白そうだわ。私、受けて立っちゃおうかしら」


「スミカさんまで乗り気なんだ……こうなったら、泣いて馬謖を斬るしかない」


「だから、故事の使い方が間違ってるわよ。何回馬謖を斬るつもりかしら?」


 みんながやる気なら、シキネたちと勝負をするしかない。

 私はリビングでごろごろしているから、みんなには頑張ってもらわないと。


 ということで、なんだかんだと私たちは勝負をすることに。

 シキネとクロワは意気揚々と、勝負の内容を説明しはじめた。


「よし! 1回戦は綱引き勝負だ!」


「え? 綱引き勝負?」


「普通に戦えば、シキネが勝つに決まっているんじゃい。だからハンデをやるんじゃい」


「そうだ! ハンデをやる! クロワ、どんなハンデをやるんだ?」


「こっちはシキネ一人、そっちは動く家で綱を引くんじゃい。それで勝負じゃい」


「ということだ! お前らにハンデをあげたクロワに感謝しろ!」


「ハンデが凄すぎる気が……」


 勝つ気がないのか、私たちがナメられているのか。


 だいだい、なんで勇者と勇者の勝負の1回戦が綱引き勝負なんだろう。

 勇者と勇者の勝負といえば、剣技と魔法でドッカンドッカンやるヤツじゃないのか。

 これじゃあ運動会にしかならない気がするけど。


 まあ、ハンデのおかげで勝負の内容が楽になったと思えば、まだマシか。

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