第5話 お風呂場、こんなに広かったっけ

 家が静かになっても、私がやることはいつもと同じ。

 まずはゲーム。次にゲーム。たまにスマホをいじって、マンガを読んで、またゲーム。

 気づけば太陽は見えなくなっていた。


 キッチンにいたスミカさんは、大皿を持って微笑む。


「ご飯、できたわよ」


 ドカンとテーブルに乗せられる、鳥の唐揚げでいっぱいの大皿。

 続けて、白米が盛られたお茶碗と、野菜たっぷりのスープ、煮込んだお魚がテーブルの上に並んだ。

 とっても美味しそうな夕ご飯。

 私はすぐに椅子に座って、お箸を持ちながら手を合わせる。


「いただきます」


 そうして夕ご飯を口に運べば、スミカさんのお料理はやっぱり美味しかった。

 美味しすぎて、私は食べることに必死。

 おかげでスミカさんと話すこともなく、私は黙々と夕ご飯を食べ続ける。


 全部のお皿が空になれば、紅茶の時間だ。

 紅茶を飲み干せば、私はもう一度手を合わせた。


「ごちそうさま」


 夕ご飯はこれで終わり。

 私はお皿を下げ、アニメを見ながらソファの上でゴロゴロ。

 アニメが終わると、タイミングよく、あの声が聞こえてくる。


《お風呂が湧きました》


 ということで、今度はお風呂に直行だ。

 洗面所で衣服を脱ぎ捨てれば、十秒後にはお湯の中。

 お湯と湯気に包まれながら、私は浴槽の中で目一杯に体を伸ばす。


「はあぁ~、今日はお風呂場が広い~」


 久しぶりに1人で入ったお風呂。

 我が家のお風呂場、こんなに広かったっけ?

 他の家と比べても、決して広いお風呂場ではないはずだけど。


 ポチャン。


 天井から落ちてきた水滴が、私の胸の前に波紋を作った。

 静かな時間。

 何事もないこの時間は、私がお風呂から上がるまでずっと続く。


 お風呂から上がった私は、パジャマを着て自室へ向かおうとした。

 向かおうとしたけど、スミカさんに呼び止められてしまった。


「ねえユラちゃん、お願いがあるんだけど、いいかしら?」


「お願いの内容による」


「さっきね、高台のお城さんから頼まれたんだけど――」


「ちょっと待って。高台のお城から頼まれたって、どういうこと?」


「そのままの意味よ。高台のお城さんとお話をして、頼まれごとをされたの」


「高台のお城とお話ができるの?」


「当たり前じゃない。私、おウチなのよ」


「ああ、そっか……」


 建物同士がお話をして何がおかしい。うん、何も間違ってない。


「で? お願いって?」


「高台のお城さん、廊下に飾る絵画が欲しいみたいなの。それで、その絵画を私とユラちゃんに描いてほしいって、頼まれたのよ。ユラちゃんのお母さんの絵画セットを使えば、なんとかなるわよね」


「まあね」


「それじゃあ、お願いできるかしら?」


「絵心のない私に頼むことじゃないと思うよ、それ」


 とは言っても、高台のお城からの頼みごとなんて、断りにくい。

 しかも幸か不幸か、今日の――今日だけじゃないけど――私は暇。

 絵を描く時間ならたっぷりある。

 お母さんが道具を揃えただけで満足しちゃった、ムダに立派な絵画セットだってある。


「……分かった。やる」


「ありがとう! ユラちゃん!」


 ということで、押入れにしまいっぱなしだった絵画セットを解放。

 私とスミカさんは、さっそく絵を描きはじめた。

 絵を描くと言っても、私たちにできるのはお絵描きぐらいだ。


 画用紙に絵の具を塗りたくること数分。あっという間に絵画が完成する。

 出来上がった絵画を見て、私は少しだけ驚いた。


「スミカさんが描いたの、高台のお城だよね。すごくうまいよ」


「あら、本当? 嬉しいわ」


 そう言って微笑んだスミカさんは、私の描いた絵をのぞき込む。


「フフフ、ユラちゃんが描いた『もふもふのイス』の絵も、かわいいわよ」


「私が描いたの、アルパカなんだけど……」


「か、かわいいわよね、アルパカさん! なんだか、もふもふのイスみたいで――」


「もう『もふもふのイス』でいいよ。そう見えなくもないし」


 ともかく、これで絵画は完成だ。

 絵画というより落書きに近いけど、これが私たちの限界だ。


 筆を置いた私は自室へ戻ろうとする。

 そんな私にスミカさんは言った。


「今日も、いつも通りゲームかしら? 夜更かしはしちゃダメよ」


「大丈夫。もう私、寝るから」


「え!? まだ10時ちょっとよ? まだまだゲームしてていいのよ? 夜更かししていいのよ?」


「さっきと言ってること真逆だよね。今日はなんか、夜更かしする気にならないんだ」


「そ、そうなの……」


 妙に心配そうな表情をするスミカさん。

 私が夜更かしをしないのが、そんなに珍しいのかな? 珍しいか。


 自室のベッドに潜り込んだ私は、すぐに目をつむる。

 静寂に包まれた自宅だ。眠りに落ちるまで、それほどの時間はかからなかった。


    *


 早寝したからって、早起きができるわけじゃない。

 午前11時過ぎ、私はスミカさんに叩き起こされる。


「ユラちゃん! 早く起きないと! もうすぐ女王様との謁見の時間よ!」


「うぅ~、あと2時間……」


「もう! ユラちゃんったら!」


 不満げなスミカさんの声が聞こえるけど、私はまだ夢気分。


 そんな私を前に、スミカさんは実力行使に出た。

 私はスミカさんに腕を掴まれ、ベッドから無理やり引っ張り出され、洗面所に連れていかれてしまう。


 洗面所に到着すると、スミカさんは言った。


「まだ寝てていいけど、動かないでちょうだいね」


 言われた通り、私は洗面所で夢の続きを見ようとした。

 だけど、それは叶わなかった。


 冷たい水が私の顔に襲いかかる。

 メイクセットが私の顔をくすぐる。

 パジャマが体から離れ、代わりにシャツが私の体を包み込む。

 ハネハネの髪がセットされ、キレイに整う。


 こんな状況で寝るのは、さすがの私でも無理だった。

 結局、私は少しも眠れず、そのうちにスミカさんは高らかに宣言する。


「はい! 今日も大人ユラちゃんの完成! 眠たそうな表情以外は完璧ね!」


「ねえ、勇者パワーで女王様との謁見時間、遅らせられないの?」


「眠たそうな表情と言動以外は完璧ね!」


 謁見の準備はこれで終わり。


 リビングに行くと、ちょうどの時間だったらしい。

 テラスの先に広がる高台のお城のバルコニーには、たくさんの人たちが集まっていた。


「謁見、はじまるわよ」


「また人がたくさん……」


 数十人の騎士さんたち。数十人の高貴な方々。偉そうな魔術師さん。

 多くの人たちに囲まれながら、こちらを見ているミィアとルフナ、そして女王様。

 厳粛な雰囲気に、私の眠気は吹き飛んだ。

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