第4話 おウチに帰る時間

 謁見の場で、女王様は近頃の『ツギハギノ世界』についてを教えてくれた。


「3ヶ月ほど前のこと。南方にある『島々の国』にて、突如として、マモノが毎日のように出現するようになりました」


 なんだかゲームのあらすじみたいな話。

 女王様は話を続ける。


「すると、神話に登場する女神様が救いの手を差し伸べたのでしょうか、イの勇者様が『ツギハギノ世界』に現れます。イの勇者様のおかげで、南方のマモノ退治は順調に進みました」


 イの勇者は、きっと衣服の勇者のこと。

 これで、この世界に他の勇者がいることは確定だね。

 まだまだ女王様の話は続く。


「ところが、今度は世界の中心である『大きな帝国』にマモノが出現するようになり、イの勇者様だけでは手が足りなくなります。そうして出現したのが、ショクの勇者様。彼女の活躍により、『大きな帝国』は平穏を保っています」


 2人目の勇者であるショクの勇者は、食事の勇者かな。

 優秀な勇者が2人もいるなら、もう『ツギハギノ世界』は安全な気がするけど。


「不思議なことです。災害に等しかったマモノは、意志を持つようになったとでも言うのでしょうか。2人の勇者様がマモノたちを抑えると、まるで2人の勇者様に対抗するように、ここ『西の方の国』を含め、世界各地でマモノが出現するようになりました」


 なるほど、そういうことね。


「ジュウの勇者様が『ツギハギノ世界』にやってきた理由、もうお分かりでしょう。ジュウの勇者様、どうか世界をマモノから救っていただきたい」


 女王様がそう言ったと同時に、高貴な人たちが一斉に頭を下げた。

 なんだか壮観。

 人に頼りにされるのが大好きなスミカさんは張り切って答える。


「分かりました! ジュウの勇者である私にお任せを!」


 胸を張るスミカさん。

 対する女王様は、少しだけ申し訳なさそうに口を開いた。


「ただし、勇者様が勇者様として認められるためには、『大きな帝国』にて女帝様と会っていただく必要があります。そこでジュウの勇者様、いち早く『大きな帝国』に赴き、女帝様と面談していただきたいのです」


 フリーの勇者じゃダメだ、ということだろう。

 まあ、それは仕方がないこと。


 自宅でのんびりできるのなら、私は今すぐに『大きな帝国』に出発しても良かった。

 だけどスミカさんは、女王様にお願いする。


「一晩ぐらいは『西の方の国』に泊まっていきたいのだけど、ダメですか?」


「構いません」


「まあ! ありがとうございます!」


 こうして私たちは、一晩だけ『西の方の国』に泊まることになった。


 謁見を終え、女王様が城の中に戻ると、自宅は4本足をしまい、高台のお城の広場に腰を落ち着ける。

 緊張から解放された私は、フォーマルなメイクと格好のままソファに寝転がった。


「あ~、緊張した~」


「フフフ、みんなユラちゃんのこと、美人さんだって褒めてたわね」


「喜ぶ余裕なんてなかったけどね」


「本音は?」


「……嬉しかった」


 思い出すと、ついニヤニヤしてしまう。

 ニヤニヤしながらも、私は天真爛漫モードに戻ったミィアに抗議した。


「ところでミィア、なんで私を女王だなんて紹介したの?」


「え? だってだって、ミィアはユラユラを女王様だと思ってるからだよ~! のんびりの女王様~!」


「ああ、そうなの……」


 無邪気な思いを王女様モードで表すと、あんな感じになるのかな。

 女王様が私をどんな風に認識したのか心配だけど、訂正する勇気もないから、この件については放っておこう。


 とにもかくにも、ソファの上でゴロゴロする私。

 一方でミィアは私に抱きついてきた。


「ユラユラ~! スミカお姉ちゃん! ありがと~! ユラユラとスミカお姉ちゃんのおかげで、ミィアはおウチに帰れた~! ユラユラとスミカお姉ちゃんのおウチで過ごすの、楽しかったよ~! ミィア、またおウチに遊びにくるね~!」


 まるでお別れみたいなことを言い出すミィア。

 それはルフナも同じ。


「興味深い数日間だった。ミィアの楽しそうな顔も見られたし、いい思い出になったぞ。ミィアがユラの家を訪ねるときは、私もお邪魔させてもらうからな」


 意味が分からず言葉を失っていた私だけど、少し考えれば簡単な話。


「そっか……ミィアとルフナは、お城に帰るのが目的だったんだよね……」


 ミィアとルフナは目的を達した。2人は無事に自宅・・へと帰ってきた。もう2人が私のおウチにいる理由はない。

 だから、2人とはここでお別れ。


 違う。ここでお別れするのは2人じゃなくて、3人だ。

 とんがり帽子を抱いたシェフィーは、寂しそうな表情をしながら私に言う。


「ユラさん! スミカさん! その……今までありがとうございました!」


「え?」


「たぶん明日からは、見習い魔法使いのわたしじゃなくて、別の魔法使いがユラさんとスミカさんの道案内をしてくれるはずです。だから……ユラさんとスミカさんとは……もうお別れだと思います……」


「そっか……」


 心の底では分かっていたこと。

 みんなにはみんなのおウチがあって、いつかはみんな、自分のおウチに帰っちゃう。みんなとのお別れは、当たり前の展開。

 私はみんなを引き留めることはしなかった。


 驚いたのは、スミカさんが笑顔でみんなに手を振ったこと。


「みんな元気でね。また会える日を、楽しみに待ってるわ」


 もっと泣き叫ぶかと思っていたスミカさんは、あっさりとみんなを見送った。

 ミィアとルフナも、笑って手を振る。


「じゃあね~!」


「世話になったな」


 2人に続いて、シェフィーは何も言わず、お辞儀をするだけ。

 そうして3人は、自宅から去っていった。

 特別なことが起きることもなく、3人は自宅から去っていってしまった。


 私とスミカさんの2人だけの空間と化したリビング。

 静けさの中で、スミカさんはため息をつく。


「みんな、おウチに帰っちゃったわね。寂しくなるわ」


「ねえ、どうしてスミカさんは、みんなとあっさりお別れできたの?」


「家はね、いつか住人とお別れしなきゃいけないときがくるのよ。だから、心の準備をしておいたの」


「ふ~ん」


 それが家の心構えなのかな?

 それにしても、リビングは物音ひとつしない。


「静かだね」


「そうね。でも、ユラちゃんは静かなおウチで1人でいるの、好きだったわよね?」


「うん、まあね」


 極度の人見知りで、学校に行くとき以外は外出しない私。

 一人っ子で、友達を家に呼んだこともほとんどない私。


 そうだ、私は昔から、静かな空間で一人の時間を楽しんでいたんだ。

 シェフィーたちがいなくなって、私は日常に戻ったんだ。

 明日から私は、いつもの通り、目的地のない旅をのんびりと過ごすんだ。


 でも、なんでだろう。私の心は、ぽっかりと穴が空いたみたいだった。

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