土の人形と木の人形

佐野心眼

土の人形と木の人形

 むかしむかし、緑豊かな大いなる地に、土の人形と木の人形がおりました。土の人形は大地の精霊から、木の人形は森の精霊から魂を吹き込まれたのです。

 おだやかに暮らしていたある日、散歩に出かけていた二人は偶然ぐうぜん出会いました。

 木の人形のあまりの出来栄できばえの良さに、思わず土の人形は声をかけました。

「やあ、こんにちは。あなたは木で出来ているんですね。まるで本物の人間のようだ。美しい、実に見事じゃないですか。」

 所詮しょせん自分は作り物だと思っていた木の人形は、そう言われて内心はほこらしく思いながらも、木の人形は一応へりくだって言いました。

「いえいえ、私なんかそれほど大したものじゃありませんよ。君の方こそ…」

 そう言いかけて、木の人形は一瞬言葉が詰まりました。よく見ると土の人形は、長い胴体に短い手足がくっ付いていて、顔の真ん中には小さな鼻がチョコンとありましたが、目と口は穴が空いているだけだったのです。

「き、君の方こそ、個性的というか…、独創的どくそうてきだよね、あははは。なんだか君といると自信が持てそうだ。」

「僕の方こそ、あなたと一緒にいると、なんだか自分も立派になったような気がするよ。僕達、気が合いそうだね。」

 こうして、二人は毎日毎日一緒に遊ぶうちに、お互いに無くてはならない存在になりました。

 しかし、土の人形が毎日毎日木の人形をうらやましがったりめたりするものですから、木の人形はだんだんとその気になって、自分は素晴らしいから褒められても当たり前だと思うようになりました。そして、いつのまにか土の人形を心のどこかで馬鹿にするようになっていました。

 ある日、二人は川で遊ぶことにしました。木の人形はプカプカと水に浮かぶものですから、スイスイと楽しそうに泳ぎまわっていました。ところが土の人形は土で出来ているものですから、ちょっと水に触れると、その水が体に染み込んできてしまい、ドロドロにけ出してしまうのでした。

「木の人形さん、木の人形さん、どうやら僕は泳げないよ。このままだと体が溶けてしまいそうだ。僕は岸辺で体を乾かしながら、あなたの達者な泳ぎをながめていることにするよ。」

「それはそれはお気の毒に。泳ぐことはこんなにも楽しくて気持ちがいいのに、それが出来ないとは、なんとあわれなことでしょう。私の体が土で出来ていなくて本当に良かった。ああ、水泳は本当に愉快ゆかいで気分がいいなぁ、あはははは。」

「いいなぁ、うらやましいなぁ。僕も木の人形になりたいなぁ。」

「そうでしょう、そうでしょう。私は土の人形じゃなくて本当に良かった。きっと私はこのままの形で何百年も過ごすことでしょう。」

 土の人形は、木の人形に何を言われても、悪く思いませんでした。木の人形に捨てられてしまうと、自分に価値がなくなってしまうような気がしたからです。

 木の人形は木の人形で、土の人形がいなくなると困ってしまうのでした。自慢できる相手がいなくなり、自分の価値が分からなくなってしまうからでした。

 二人とも、孤独にえられなかったのです。

 そんなある夜、二人の人形の住む森に、突然雷が広い範囲はんいに数百回も落ちました。二人は目を覚まして、あまりの恐さにガタガタと震えていました。

「今まで楽しく暮らしていたのに、僕達、どうなるのかな?」

「そんなこと、私にも分からないよ。」

「僕達、何も悪いことしてないよね?ばちはあたらないよね?」

「とにかく岩陰に隠れて、雷が当たらないように祈ろう。」

 そして、二人が命乞いのために神様に祈りを捧げていたときのことです。二人の目の前がパッと真っ白になって何も見えなくなりました。それと同時に、ダイナマイトが炸裂さくれつしたときのようなバーンという爆発音がすぐ近くで鳴り響きました。二人はそのとき何が起こったのか分からず、失われた視力が戻るまでの数秒間黙っているしかありませんでした。少し落ち着いてから、二人は自分達の目の前に雷が落ちたことを悟りました。

「ど、どうやら、雷の直撃はけられたみたいだね。」

「うん、祈りが通じたみたいだね。私達には運がある。」

「そうだよ、最後まであきらめるもんか!」

 しかし、雷に打たれた多くの大木は、数百トンもの大きなハンマーで叩かれたように砕け散って、あちこちに火の種をまきました。小さかった火はどんどんと広大な森に燃え広がり、気が付いた時には、いたる所に炎、炎、炎。もはや二人の人形の逃げ道はありませんでした。

「こうなったら、もうだめだ。僕が木の人形さんを守るから、僕の後ろに隠れてよ。」

「土の人形さん、ありがとう。でも、私が君の後ろに隠れたとしても、結局燃えてしまうでしょう。何しろ私は燃えやすい木で出来ているからね。私は、今度生まれてくるとすれば、君のような土に生まれたいと心から願うよ。」

 やがて森は、火炎の地獄となって二人の人形を取り囲み、人形もろとも焼き尽くし、百日間も燃え続けました。

 それから何万回星座が夜空を巡ったことでしょう。かつて広大な森であった所は平原になっていました。

 ある日、その平原に一人の農夫が訪れました。

「いや〜、これは素晴らしい土地だなぁ。俺はここに住んで、畑でも耕すとしよう。きっと実りの豊かな土地になるに違いない。」

 農夫はまず小屋を建てて、それから周囲の土地を耕し始めました。しばらく耕していると、くわにカチンと何か固いものが当たりました。

 何だろうと思って固いものを掘り起こしてみると、カチンカチンに固まった土の人形が、そのままの形で出てきました。

「あれ?これは焼物でできた人形じゃないか!何千年も前にこの土地のご先祖様が作った有難い人形に違いない。豊作を祈ってこの人形をこの土地の神様にしよう。」

 土の人形はこの小屋の神棚に大切に飾られ、この土地の守り神となりました。

 木の人形は燃えてすっかり灰になり、やがて黒い土になっていました。





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土の人形と木の人形 佐野心眼 @shingan-sano

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