(5)

「私でよければ、猫探しのお手伝いさせてください」

 と、私は意を決して言った。


「ホント? ラッキー! 助かった」


 リクト君が嬉しそうに叫ぶ。

 が、片やキノさんは浮かない顔で言った。


「……しかし、この契約は依頼主と我々キセキの探偵社との間に結んだものですからねえ。勝手に第三者の手を借りるというのはコンプライアンス的にまずい気もしますが……」


「相変わらず固いなあ」

 そんなキノさんに、リクト君は飽きれ顔だ。

「浮気調査とかプライバシー重視系の依頼ならともかく、単なる猫探しだよ? 別に誰が手伝ったって問題ないじゃん」


「しかし……」


「あのさ、キノさん。そんな細かいことより、依頼主の人にとっても猫が見つかった方がいいに決まってると思わない? 俺なんか間違ったこと言っている?」


「いいえ、確かにその通りです」

 キノさんはうなずいた。

「リクト、あなたには敵いませんね。――分かりました。依頼主には事後承諾を得るとして、是非お願いしましょう」


「あの、本当にそれでいいんでしょうか?」

 私は少し心配になって二人に尋ねた。


「大丈夫大丈夫!」

 リクト君が安心させるように言う。

「その依頼主の人って、そこのタワマンに住んでるんだけどさ、えらい金持ちのおばさんで心の広そうな人だからまったく問題ないと思うよ」


「リクト! 依頼人のことをベラベラ喋るのも絶対にバツですよ」

 キノさんはリクト君をそういって叱ったあと、こちらに向き直って言った。

「ともあれ、私としても是非協力をお願いしたいのですが――ああ、そういえばまだお名前をうかがってませんでしたね」


椎名しいなです。椎名しいなあおいと言います」


「へーめっちゃ綺麗な名前じゃん」


 それを聞いて、リクト君がふとつぶやく。

 が、名前を褒めてくれたところで、あまり嬉しくはない。

 むしろ、私にとって、このいかにも美少女キャラ的な姓名と現実のギャップが、昔からの悩みの種の一つだった。


 しかし、しかしだ――

 リクト君は、またしてもごく軽い口調で、


「顔もカワイイし、ま、よろしく! 俺たち何だかいい三人組トリオになれそうじゃね?」

 と、言ったのだった。 


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 カワイイ……。 

 かわいい……。

 可愛い……。


 私は一人で、ギリギリどぶ川にならずに踏みとどまっている濁った小川に沿って設けられた遊歩道を歩きながら、さっきのリクト君の言葉を、ひたすら草をはむ牛のようにモゴモゴ反芻はんすうしていた。                   


 もちろんリクト君だって、その場の雰囲気で、冗談半分で軽口を叩いたのだろう。

 それは十分わかっている、わかってはいるが―― 

 今まで生きてきて、男の人からかわいいだなんて言われた記憶ほとんどなかったから、どうしても胸の動悸を抑えることできないのだ。


 ……いけない、いけない。

 これではまるで異性を意識し始めたうぶな少女みたいではないか。 

 私はもう立派な大人。

 自分より(たぶん)年下のリクト君の些細な一言で、こんなにも心を大きく揺れ動かされてどうする? 

 一事が万事というか、こんなことだから就職試験にだって失敗し続けてしまうのだ。


 そうだ――

 それよりも今は猫探しに全力集中しよう。


 キノさんにざっと事情を聞いたところによると、飼い主さんはそれまでずっとリリィを室内飼いしていたらしい。

 なのに今から六日前、飼い主さんがふと気まぐれを起こしリリィを抱いて外に散歩に出た際、リリィはするりと腕から抜け出してどこかへ行ってしまい、それきり戻ってこなかったのだ。


 愛猫あいびょうが行方不明になった飼い主さんは当然真っ青になり、すぐさまペット探し専門のいわゆるペット探偵にリリィの捜索を頼んだ。

 ところが、その業者は三日経ってもリリィの痕跡すら発見できない。

 痺れを切らした飼い主さんは別の業者を探すことにし、リクト君とキノさんの“キセキの探偵社”をネットで検索して、“小さな奇跡を起こす”というキャッチフレーズにひかれ、改めて三日の契約期間内にリリィを探してほしいと依頼してきたそうだ。


 そしてまさに今日がその期限の日で、午後八時までになんとかリリィを見つけ出して捕まえないと、契約は打ち切られてしまう。

 今は午後の三時、もう時間はあまり残されてない――


 ということで、私たち三人は少しでも捜索の効率を上げようと、いったんバラバラに別れ各自リリィを探すことにし、もし誰かがリリィを見つけたらお互い携帯で連絡を取り合い集結することに取り決めたのだった。

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