第002和

 隔絶された異空間に存在する妖精霊王国の外に広がるのが、超巨大国家アークシール超帝国である。

 アークシール超帝国の成り立ちは、かつて存在した五つの巨大国家が一つの超帝国として統一された事から今に至っている。

 超帝国の途方も無く広大な国土の中には、妖精霊王国のように独立した国家が数多く存在しており、さながら超帝国の国土は一つの世界そのものだと言えた。

 そしていつしか超帝国は、世界中の剣刀師や道術師などの騎士や戦士が集う土地〈 ナイトランド 〉と呼ばれるようになったのである。


 数多の騎士団や戦士隊が生まれては消えていくナイトランドには、知らぬ者などいない強大な軍事力を有した三つの騎士団が存在していた。

 その三大騎士団というのが、超帝国軍であり五超黒ごちょうこくと呼ばれる五人の英雄が従えるアークシール超帝国騎士団、皇帝の私設軍であり四個騎士隊の三頭さんがしらが統率するウェザー騎士団、そして三大騎士団の中でも圧倒的な戦力を誇り人々から畏敬される日輪ノ騎士団である。

 オテント隊はそんな日輪ノ騎士団に属し、商売を生業としてナイトランド中を駆けずり回っている特務部隊なのであった。


 やっとの事で久遠の丘の頂に辿り着いたオテント隊の三人は、休む間も無く荷車と共にひたすら歩を進めていた。

 よく見れば大将軍の角の形状と数が荷車を押していた時とは随分と大きく異なり、角張った角が虹色に煌めいている事に変わりはないが、数は二本に減り形状は左右非対称となっている。

 左側の角は渦を巻くように前方にぐるりと伸び、右側の角は緩やかな弧を描くように上方へと伸びていた。

 どうやら将軍は自身の角の形状や数を自由自在に変化させる事が出来るようだ。

 そんな不思議な力を持つ将軍がギギと共に、荷車を引くプリオの前をご機嫌な様子で歩いている。


「なんとか山場は超えられたな、プリオちゃん」

「はい! 将軍閣下とギギさんの助力のお陰です」

「ギッギッギ」

「まだまだオイラは力不足で、情けないっすよね・・・」

「そんな事はないぞ、プリオちゃんは良くやってる大したもんだぞ」

「将軍閣下・・・」


 少し気落ちしていた様子のプリオだったが、将軍の余りにも真っ直ぐな言葉に励まさられると少年らしい笑みがこぼれた。

 普段から人や自分に対して異常なまでに厳しい将軍が、純粋にプリオを誉めた理由は至って単純である。

 それはプリオが懸命になって引き続ける二輪の荷車に積まれた品を、人力によって運搬する事など常識的には無理であるからだ。


 荷車に積まれシートで覆われている品は、ナイトランドにおいて希少価値が極めて高い特殊玉鋼と呼ばれる鉱物であり、製鉄法で人によって作られた一般玉鋼とは違い、特殊玉鋼は大自然が生み出した天然の鉱物なのである。

 この特殊玉鋼は一般玉鋼とは比較できない程に硬く重く、そして不可思議な特性を持つ事でまだまだ未知の鉱物として全容は解明されていない。


 今回オテント隊が受けた仕事の依頼内容は、商会が入手した白道びゃくどうと呼ばれる特殊玉鋼を妖精霊王国の精霊王エレメイストに届けるというものであった。

 玉鋼白道はその余りの重量に運搬泣かせとして知られており、通常では馬機バキという馬の何十倍もの力を持つ馬型の機巧種に引かせるか、人種族の中でも最大の怪力を誇る巨人族ギーガスの手を借りて運搬する事が一般的である。

 プリオが引く荷車に積まれている玉鋼白道は縦横直径で百センチ程の大きさであり、この重量と運搬する距離を考慮し場合、馬機なら三頭、巨人でも二人は最低必要となる。

 これだけ過酷な職務を一人で全うしようとしているプリオを、将軍が賞賛する事は至極当然と言えば当然なのだった。


 オテント隊では運搬職務の遂行は必ず隊員の人力によって行われるが、これは日輪ノ騎士団の団員としての日々の鍛錬を兼ねているからである。

 縦横無尽にナイトランドを巡るオテント隊は常に命の危険に晒される為に、力の有る者でしか生き残れない最も過酷な修練の場でもあった。

 オテント隊で日々を生きるプリオは優秀な隊員に違いないが、上には上でも遙かに上の実力者が、最強にして最高と畏怖される日輪ノ騎士団にはゴロゴロと存在するのである。


「何度も妖精霊王国に訪れている将軍閣下とギギさんから見て、今までの隊員さん達はどうでした?」

「っん? 四人の軍団長は流石のものだったぞ。それでもあたしのジーニアちゃんとリナーラちゃんが断トツだったけどな」

「ギギギギギィー!」


 将軍とギギの話に納得だと頷くプリオだったが、話はプリオの想像を次第に超えていく。


「やっぱり、あのお二方ですか。リナーラさんなんてオイラよりも年下の女の子ですよ」

「リナーラちゃんは何かとジーニアちゃんに張り合って不眠不休で働いてたからな」

「ギギッ」

「頭のおかしいあんにょヤロー達なら、今回の白道ぐらい背負って運ぶぞ!」

「ギッギィー!」

「せ、背負ってですか!?」


 かつてオテント隊に在籍していた怪力持ちの話を将軍とギギに聞かされたプリオは、自身が今まさに体験している苦行の如き職務に照らし合わせると驚く事しか出来なかった。

 素直に驚くプリオに将軍が追い打ちを掛けるように、怪力の二人をも遙かに超える大力無双の持ち主がいた事を思い出すと盛大に笑い出すのである。


「ブッぷぷぷ、ソウオドちゃんなら担いで運ぶだろうな!」

「・・・っえ? これを担ぐんですか!?」

「ソウオドちゃんは力比べで、ジーニアちゃんを何度もぶん投げてるからな」

「ギーガスに並ぶ怪力のジーニア隊長を投げるなんて・・・ マジパネェすね!」


 プリオは自身の知る二人の怪力をも凌駕するソウオドという人物の力に目一杯驚いて見せるのだが、何故か将軍はそんなプリオに怪訝な表情を向けながら小さく呟く。


「・・・んっ? マジパ?」


 今までに聞いたことも無いプリオの感嘆の言葉に将軍が真顔で固まってしまっているのだが、プリオはその些細な異変にまるで気付いてはいない様子である。


「ソウオドさんかぁ、一度お会いしてみたいなぁ。確か今は妖精霊王国で急成長中の騎士団を束ねてるんですよね。マジパネェ方なんですねぇ」

「・・・マジマジパネ?」


 プリオが話す度に将軍の顔が、見る見るうちに激しい怒りで満ちて行く。

 その事に気付くプリオだったが、時すでに遅しというやつである。


「どうかしましたか、将軍閣っ・・・」

「こんにょヤローのプリオちゃん! マジパネパネって、さっきからなに言ってるんだぁ! ふざけてるならブッ殺すぞー!」

「ギッギッギッ」


 プリオの言葉を遮り怒鳴る将軍の憤怒は、早々に沸点に到達すると大爆発を起こした。

 突然の事に一瞬面食らうプリオだったがギギの笑い声も含めて、このような光景がオテント隊では日常茶飯事でありもう慣れたものである。


「いぇ!? ち、違いますよ将軍閣下、マジは以前言ったように本気や本当って言う意味で、マジパネェで本当に凄いって意味っす!」

「・・・っん? 本当に凄いっていう意味なの?」

「そうです。オイラが育ったドワードの街で、異界から漂流して来たヒニトに教わった言葉なんですよ」

「なぁ~んだ、そっか。じゃ、いいや。相変わらずプリオちゃんは色んな言葉を知ってるんだな」

「ギッギギギギィー!」


 沸点からたちまちの氷点へ、怒りから上機嫌へと目まぐるしく移り変わる常軌を逸した将軍の心情は、まさに熱しやすく冷めやすいを地で行くものだった。

 そんなたわい無い事で騒ぐオテント隊一行を歓迎するよとばかりに、時より吹く撫でるような優しい風が、将軍の羽織るマントをバタバタと揺らしては一緒になって戯れていた。





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