猫のいない街

甘蜘蛛

第1話 風病

 冬の寒さを乗り越えようやく春の訪れを感じ始めた三月下旬に、風変わりな男が私たちの街に現れた。男は自分の名前が「ネコ」だと言った。いくら聞いても「ネコ」といい、頑なに自分の本名を言おうとはしなかった。男の外観はみすぼらしく、また不衛生さを感じさせるものであった。だが外見とは裏腹に街中の宿屋を転々と渡り歩き、飲食も何不自由している様子もなかったので彼の懐は厚いのだろう。

 この一風変わった訪問者に対する街の人たちの反応はよくなかった。街中を散策している様子を頻繁に目撃するが、何が目的でそのようなことをしているのかてんで思いつかず、そのうち様々な憶測や噂が立つようになり得体の知れなさから街の人たちは忌み嫌うようになった。

 しかし私は容姿からは想像もつかない経済力をもち、目的のわからない散策するこの男に強い関心を抱くようになった。怖いもの見たさがあったのは否定しない。だがこの男を見ているうちに自然と胸に湧き上がるこの説明のつかない不思議な気持ちの正体が知りたかったのだ。

 そう思うようになってから私はこの男と会話する機会を増やし、少しずつ行動を共にするようになっていった。それは男が街に現れてから一週間経ったころのことだ。

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