第49話 計画書と準備

「わざわざ来てくれて助かるわ、ロサ」

「我が神がお呼びなされたら如何なる事態でも馳せ参じます」


「それでね、わたくしの計画が出来たから”シーラちゃん”の試練を利用させてもらうわ」


ロサは驚いた。

下界の一個人の名を神が知っていたからだ。

確かに前世の伴侶の婚約者だが、神の口から放たれたことに驚いたのだ。

何故なら”他の妻たちの名”は誰一人、口にしなかったからだ。


一方のテネブリスは一人を除いては他の妻たちなど、どうでも良かった。

“何度殺しても飽き足りない者”は母である始祖龍から、”決して殺すな、殺せば更なる悲しみが訪れる”と強く言い聞かされていたからだ。

胸の奥底から込み上げてくる苛立ちを欲情に変換し、アルブマにぶつけて欲求不満を解消する姉だった。



そんなテネブリスには壮大な計画があった。

それはつい最近、”今のこの世界”を知った時からだ。

入念に考慮し手伝ったくれる妹に礼と称して快楽を与え眷属を総動員して準備した計画。

それは転生前の自分を複製し、今自分の中に居る多重龍格の本能を移す事だ。


しかし、その計画に横槍が入った。

どこから情報が漏れたのか解らないが始祖龍たるスプレムス・オリゴーからだった。




エルヴィーノ・デ・モンドリアン

メルヴィ・デ・モンドリアン

シーラ・ジャンドール

パウリナ・モンドラゴン

ロリ・ヴァネッサ・シャイニング

ロザリー・ファン・デ・ブリンクス

「以上の六人を未来の大破局点プント・カタストロフィコに転生させるわ」


「ええっ、お母さま、わたくしも!?」

「そうよ、複製体が有るでしょ? 魔法で魂の分割も可能になったと以前報告書で見たわ」

「・・・」

「貴女だけが頼りよテネブリス」

「・・・」


驚きと不安の表情のままテネブリスは瞬時に思いついた。

(全員が転生するって事は、最初からやり直す事が出来る訳か・・・じゃ私が第一夫人になって・・・他の子たちの邪魔も出来るわね)


「お母さまの予言の通りに致します」

「ありがとうテネブリス」

「お母さま、未来の大破局点はどのくらい先の事ですか?」

「解らないわ。漠然としているの。でも遥か遠い未来よ」

「・・・今の我らの力で可能でしょうか?」

「大丈夫。みんなで準備するわよ」

「解りましたお母さま。アルブマもお願いね」

「勿論ですわお姉さま」


(多分大丈夫だと思うけど・・・)


スプレムスの心配をよそに、一族総出で準備すると事なった。

本来はゆっくりと準備するつもりだったが、国内の事はほぼ全て把握しているスプレムスが、テネブリスの極秘研究を察知し宣言する事となったのだ。


それも巡り合わせだと感じたスプレムスは今の状況を利用しようとした。

それはテネブリスも同じだった。


自分の前世の体は複製体として確保し、様々な外的因子を取り入れて男を虜にする体に作り上げてある。

それも複数体だ。

何故ならばテネブリスの思惑は淫魔に侵されていたからである。

前世の体を三体作り、一体は未来への転生用で、一体は下界に戻し家族と暮らす用で、最後の一体は・・・

(ふふふ、永遠にお兄ちゃんを犯してあげるから・・・)


テネブリスは自分用の器には様々な実験を行い準備してある。

保有魔素量の増加の確認、使用魔法及び魔法陣の習得行使の確認、常時発動する魔法の習得行使の確認、魔法制御の習得行使の確認、体に取り入れた外的因子の習得行使の確認、魂魄複製の習得行使の確認、魂魄同調の習得行使の確認、魂魄統合の習得行使の確認、更に素体を識別し転生させる習得行使の確認だが、これは未来も過去も同様だ。


これらの習得行使確認は長い時間をかけて準備されたものだ。

およそ人族が及びもしない悠久の時をかけて作り改良され実験されたのだから。

テネブリスが初めて欲望のままに考え、眷属が増えてからはアルブマと共に極秘に行ってきた集団が完成させた魔法陣の数々。


千年でも万年でもなく数十万年の時を使ったのちに完成された”選定者を任意で過去や未来における特定の素体に転生できる魔法陣”なのだから。


それが都合良く、下界の状況を利用出来ると判断したテネブリスの欲望を、利用したスプレムスなのだ。



テネブリスは自分の魂を移す前世の体を三つの器として用意し、転生させる女達は複製を一体ずつ作り、魂を分割させる。


そして問題の男だが、こちらは二体複製し転生用と下界用だ。

“元となった体”は奴隷用として、テネブリスが作る隔離された世界で、永遠に二人で暮らす計画だ。

勿論隔離された世界へはテネブリスは出入り自由だが、その男は出る事は出来ない。


これはテネブリスの”欲望”だけでは無く、二重龍格となった”理性”とも十二分に話し合ってだした結論なのだ。


それは欲望の闇を暴走させない為の”鎖で繋ぐ牢あり、薬であり、愛なのだ”。


過去、同族に心の傷と下界に多大な災いの爪痕を作ってしまった経歴がテネブリスの心に大きく残っていたからだ。


最愛のアルブマに時間をかけて愛情で説得し同族を納得させ、眷属には命令で終わらせたテネブリス。

全ての準備は整い、コラソンと龍人達との打ち合わせを最終段階として時が経って行った。




龍国のとある会議室。

テネブリスは母であるスペレムス以外の龍族を全員集めて説明を行った。


「みんな聞いてちょうだい。昔からお母さま・・・大神様が仰っていた大きな災いが遠い未来に起きる件だけど、具体的にそれを阻止する方法の説明をします」


テネブリスが説明したのは未来へ転生して、その原因を阻止及び排除する事だ。

その選定者がテネブリスの魂を分割した者を含む眷属の末裔であり、龍人の腕輪を持つ者及び加護を持つ者だ。


一同がざわついたのは、神であるテネブリスが率先して転生する事だった。

自らが転生者である事を告知して以来、何故か神としての格が一段上になり崇め奉る同族たちなのだ。

そのテネブリスが再度、率先してしもべ達を引き連れて転生すると聞かされたから驚いたのだ。


ざわつくのは反対する意見も含まれていた。

しかし、いくら龍族と言えども直接意見は出来ない。

些細な事であれば眷属が違っても問題無いが、今は違うのだ。

龍人のラソン、インスティント、カマラダ、バレンティアはフィドキアに詰め寄る。

第2ビダのルクス、シエロ、マル、モンタはテンプスに詰め寄る。

第1ビダのオルキス、ヒラソル、ナルキッス、プリムラはロサに詰め寄る。

使徒のベルス、フォルティス、リベルタ、オラティオはベルムに詰め寄った。

同族のアルブマ、セプティモ、セプテム、スペロは事前に聞かされていたし、不本意だが納得している。


だがそれはテネブリスを案じての事なので眷属がなだめてその場をしのいだ。


「みんな聞いてちょうだい。転生魔法陣は長い時間をかけて作り上げたものよ。間違いは無いわ。それにわたくしの魂魄も少ししか移さないから大丈夫よ」


そして下界の選定者の説明になった。

担当するのはロサと龍人達。

また龍人のラソンには腕輪を持つ者とは別の1人に加護を与え龍国に連れてくる役目が言い渡される。


時系列は、ラソンが先に行動し選定者を龍国に連れてきて複製を作り保管する。

次にロサが試練を利用して下界から選定者達を連れてきて複製を作り保管する。

これは複製体を作った後で身体に魔法的な微調整を行う必要があるからだ。


本人たちは一旦下界に戻し、複製体はそのまま転生の準備に移行する。


重要なのは時期だ。

選定者に怪しまれず転生させなければならない。

強引だろうとも魅力で支配しようとも龍族に出来ない事は無いからだ。

しかし、選定者を含むテネブリスとの感情的な関係性が存在するので極秘に行う必要がある。



そして時の歯車がテネブリスとスプレムスの思惑を後押しするように、下界の監視対象者達を利用して準備が進められていった。

炎の勇者の試練で、最終的に”対峙する者”の選定には龍人たちがもめた様だ。

管轄地域であり、眷属の末裔なのでインスティントが有力視されていたが選定者からの”不敬にあたるので変更して欲しい”と要望があったからだ。


他の龍人やヒラソルまでも参加に名乗り出たが、強い意志でその場を納得させたものが居た。

「その役目、我が行おう。龍人達は既に何度もその姿を見せているし、我はあの者達に協力は惜しまない」

「「「・・・」」」

「だったら私が・・・」

ロサの提案を一同が思案する中で反応したのはヒラソルだ。

ヒラソルの意見を遮ってロサが補足する。

「我を救ってくれた者達や我が神に力を貸すのは我の本意だ。皆の意向もあると思うが我が儘だと思って欲しい」

「「「・・・」」」

「解ったわ・・・」


一同に理解してもらったロサ。

そしてロサに辿り着くまでの障害を考える担当になったのはヒラソルとインスティンだった。

何故ならヒラソルとインスティンの眷属の末裔の試練と称した種族の儀式だからだ。

他の龍人達の意見も取り入れて、場所と障害の選定が行われた。


使うのは魔石にゴーレムを発動させる魔法陣を付与した物と一部の魔物だ。

それらを段階的に数を増やして難易度を上げる事にした。


また、その儀式が行われる場所は、魔法で作り出した物体をつなげ階層にした場所と亜空間をつなげる事にした。

入口が一種の転移装置になっている物だ。


余りにも現実離れした建物の見た目なので、生物の生息しない場所に設置する事にして、その場所には誰かが連れて来る事となった。


「ではその役目は我が行こう」

それまで黙っていたフィドキアが声を上げた。

「どうしてフィドキアが行くのよ、私の眷属よ」

「父上が最終試練であれば、その場所にいざなうのは我の役目であり・・・我が儘だと思って構わん」

「でも・・・」

隣で、まだ納得しないインスの手を握り黙らせたフィドキアだった。


「ではどこから連れて来るのだ? 時間をかけても意味がないぞ」

「ではイグレシア王都の近郊にしよう。ラソン、場所を決めて欲しい」


ロサとフィドキアが進めていたが、インスとのやり取りを見ていたフィドキアの片方から熱視線を感じていたので指示を出したのだ。

「・・・ではこの場所で」

それを見ていた周りの者はフィドキアも”配慮”が出来るようになったと感心していた。



試練の内容と場所が決まり、龍人たちには転生魔法陣の説明が行われた。

今回の転生魔法陣はかなりの魔素量が必要になる。

使徒やビダが行えば良いのになぜ龍人が行うのか?

勿論理由がある。

転生魔法陣の発動から収束までに必要な魔素は”外部から”送り込むことが可能だ。

重要なのは収束時点への精密な魔素の調整だ。

これには極小まで魔素を絞り込める龍人が最適だと判断したためだ。




龍国での会議も終わり、下界に降りてきたコラソンはさっそく念話で監視対象者に連絡した。

(やぁモンドリアンさん。皆さんの調子はどうですか?)

(あぁ、俺も含めて全員が以前より魔法の扱いが上達してるぞ)

(それは良かったですねぇ)

(所でどうした?)

(実はモンドリアンさん達が向かう目的地が決まりましたよ)

(本当か!?)


(はい。聖魔法王国アルモニアからアベストロース帝國に向う街道で国境付近にモリーノと言う村が有ります)


(村か!?)

(その村に”使者”を送りますから皆さんは村で待機していてください)

(解かった。ありがとうコラソン、みんなに知らせて来るよ)





Epílogo

龍国側の転生準備完了。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る