第34話 血脈と嫉妬

テネブリスの記憶に存在する前世の記念日は3つ有る。

1つは愛する者の産まれた日。

1つは自らが産まれた日。

もう1つは愛しい我が子が産まれた日だ。


自らが産まれる予定は同族に教えたが、愛する者の産まれた日は教えて無かったテネブリスは、その日をずっと下界を映し出す魔導具の前でその瞬間を待っていた。

そして自室でその瞬間を目の当たりにし、前世の家族と同様に喜ぶテネブリスだった。


フィドキアからは重要な案件が有ると必ず報告に訪れていて、愛する者の”両親”を始めて知る事となったテネブリスだ。


(そんなっ、”あの人”がアルブマの血を受け継いでいたなんて・・・じゃあの子も・・・)


純血だと思っていた我が子に、最も愛しい龍族の血が入っている事を認識した瞬間でもあった。


愛しい者が成長する様を見て微笑ましく観察する暗黒の支配者たる龍だ。

下界の数十年など瞬く間に過ぎ、前世の自分が産まれる直前になると、龍族一同が部屋に押しかけて来た。


「貴女達、どうしたの?」

「お姉様のお生まれになる瞬間を見たいと全員の意向なの。だからお姉様と御一緒にその時まで見守っていたいの」

「アルブマ・・・」

「はぁ・・・仕方ないわねぇ。そんなに面白いものじゃ無いわよぉ」

「お母様のお生まれになった瞬間は非常に興味が有ります」

「ベルムったら・・・解かったわ、皆でその時を待ちましょう」


下界を映し出す出す画面の前で待っていた。

中でも第一ビタ達は興味深々の様だ。

何故ならば、自分達も龍人を産み落としたからだ。

フィドキア以外の龍人は創生では無く、愛を育み受胎され母の胎内から生れ出て来たからだ。

その思いがテネブリスに対してビダと龍人は親近感を持っていた。

とは言え、テネブリスの前世なので龍族とは一切関係は無い事も承知の上だが、魂は同じなので敬意を示し全体で観察する事になったのだ。


「慌ただしくなって来たわ」

「母親も大分苦しそうだね」

「大丈夫かしら」

「自分の出産が懐かしいわ」

「おい、静かにしろ」

「貴女達、煩いわよ」

「あっ産まれそう!!」


当事者のテネブリス以外が異様に盛り上がっていた、その時。


「産まれた!!」

「お姉様!!」

「お母様!!」

「姉貴!!」

「姉上!!」

「姉さん!!」


「「「おめでとうございます!!」」」


「ありがとう、みんな」


龍族全員が満面の笑みを浮かべていた。


「「「可愛いぃぃ!!」」」

ビダ達が口を揃えて褒めちぎる。


「生まれたてのお姉様、愛くるしいですわ」

「恥ずかしいから止めて頂戴、アルブマ」


「あんなに小さくて柔らかそうなお母様、可愛い」

「ベルムったら」


「あんな無垢な子が・・・転生って凄ぇなぁ」

「セプティモ、何が言いたいのかしら?」

「あっいや・・・姉貴もこんな時が有ったんだなって・・・」

「当たり前でしょう、貴女も同じ様に可愛かったわよ」

「わ、私の事はいいから産まれたばかりの姉貴をもっと見ようよ」

真っ赤な顔でアタフタするセプティモだ。


そんな姉を見てセプテムとスペロは無難に褒め称えた。


寝ている姿も可愛い前世のテネブリスを時を忘れて見続けている龍族達に、大神から念話が届いた。


(貴女達、可愛いからって何時までもそこに居ないで、自分達の持ち場に戻りなさい)


そそくさと移動する龍族の1人に、更なる念話が有った。


(アルブマ、着て頂戴)

(はい、お母様)


自分だけ呼び出された事に不安を感じたアルブマだった。


「お母様、どのようなご用でしょうか?」

「アルブマ・・・予知夢を見たわ」

「それは、どのような予知夢でしょうか?」

「・・・龍国内が・・・破壊されるわ・・・」

「は、まさかお姉様が!!」

「そのまさかよ」

「一体どうしてですか、お母様」

「解らないわ・・・でも時間が無いの」

「そんなぁ・・・今のお姉様は全てを打ち明けて何も秘密は無いはずなのに・・・じゃ今度はもう片方のお姉様に聖玉に入って頂ければ・・・」

「それは危険だわ。聖玉に入って暴走すれば、それこそ元に戻れなくなる可能性も有るでしょう」

「では一体どうしろと・・・」


苛立つアルブマに指示を出すスプレムスだ。


「アルブマ、スペロと一緒に外郭に行きなさい」

「外郭・・・龍国の外側に!!」

「えぇ、外に出て成龍状態でも入れる部屋を作らせて頂戴。室内は貴女の魔法でテネブリスの属性を中和するようにするの。中に入るのはテネブリスと貴女とベルムだけね」

「解かりましたお母様」

「とにかく急いで頂戴。テネブリスには私から説明しておくから」


大神からの依頼を受けてスペロに説明し外郭へとやって来た。


「姉さん、どの位の大きさで作れば良い?」

「そうねぇ、私達2人が成龍状態でも余裕が有る方が良いわ」

「解かった、やってみる」








テネブリスは母であるスプレムスに呼び出されていた。


「テネブリス、貴女には当分のあいだ外郭に作った専用の部屋に居て欲しいの」

「? 何か不都合でも有ったのかしら、お母様」

「いいえ、これから起こる可能性が高いのよ・・・解かるでしょ?」


暗に理解しろと言っている母に対して理由の追及はしないテネブリスだ。

今まで散々心配と迷惑をかけて来たのだから、母の予知夢を信じる事にした娘だった。


「解かりました。ただちに向かいます」

「向こうにはアルブマに案内させると良いわ」


その言葉で最愛の妹が関与していると教えられた娘は急いで妹の居る場所へ向かった。


「アルブマ、外郭に案内してくれるかなぁ」

「お姉様!! 直ちに参りましょう!」


上機嫌のアルブマに案内されて龍国の外に出たテネブリス。

辿り着いた場所で見た物に驚くテネブリス。


「これは・・・成龍状態でも持て余しそうな大きさね」

「ええ、私とお姉様が成龍状態でも余裕が有る部屋にしたのよ」

「・・・」


それは、その言葉通りの意味だろう。

(私がまた暴れると思っているのかしら・・・でもお母様の予知夢であれば・・・でも一体何が起こるのかしら?)


原因は解らないが予知夢は未来の断片だけを知らせる物だと周知の事実なのだ。

アルブマは最愛の姉を隔離して2人で転生前の姉を愛でる事が出来るので幸せ一杯だった。


ほんの一時の数十年の間だが、映像に映るその成長に一喜一憂し至福の時を共有する事が出来たのだからアルブマにとっては何よりも優先する事項だった。


そして時は刻々と進んで行ったのだった。


前世の自分が”大好きだった兄”が家を出て、その悲しみに昼夜泣き続けている少女を見て過去の悲しみを思いだし涙が頬を伝った。


「お姉様!!」

「大丈夫よアルブマ。昔を思い出しただけだから」

「愛していたのね」

「ええ、貴女と同じ位よ」

「もう、ちょっと妬けますわ」

「「フフフッ」」


そんな悲しみも見守っていると、ラソンから念話が入るアルブマだった。

転生前のテネブリスはフィドキアが監視し、”大好きな兄”をラソンに監視させる指示を出していたアルブマだった。


(我が神よ、テネブリス様にお伝えしたい事が御座います)

(あらラソン、どうしたの急に)

(それが・・・)

(何かしらハッキリ言って頂戴)

(ええっと・・・お兄様がエルフの女に・・・手籠めにされました)


最後の方は小さな念話だったので良く聞き取れなかったアルブマだ。


(もう直接見るからいいわ)

「どうしたのアルブマ」

「ラソンからだけど、お兄様がエルフの女と何か有ったらしいの」


“はっ”とした直感と嫌な予感のしたテネブリスは画像を”兄の元”に切り替えた。

すると・・・


一瞬で血の気が引くアルブマと、一瞬の硬直の後で激昂するテネブリスがいた。

「なっ!!!」

「ダメええぇぇぇ!! 視てはダメよお姉様!!」

「そこをどきなさいアルブマァ!!」

「きゃぁぁ」


テネブリスの前に立ちふさがるアルブマを、強引に払いのけた先に映し出された映像は・・・幼い男の子を手籠めにするエルフの女と目会まぐわう”あられもない姿”が映し出されていた。


「そんな・・・この女と”やった”の・・・違う、この女に襲われたのねぇ・・・」

「ダメェェェお姉様ぁぁ落ち着いてぇぇ!!」

必死にテネブリスに抱き付き属性魔法で怒りを抑え込もうとするアルブマ。


「大丈夫よアルブマ・・・私は・・・わたしは・・・あの女を絶対に許さないんだからぁぁぁぁぁ!!!」


にこやかな顔から憤怒の形相へと変わり、絶叫しながら見る見る内に成龍に変貌するテネブリスを見て自らも成龍と姿を変えたアルブマ。


前世の少女にとっては浮気では無いが、過去を見てしまったテネブリスにしたら浮気以外の何ものでも無かった。

内側から沸き起こるのは女への怒りと殺意に、愛しい兄に対する嫉妬と後悔だ。

後悔とは”あの時の自分”の幼さが他の女に兄を取られてしまった事だ。

兄が家を出て行く前に自身の身体で襲えばよかったのにと後悔の念で苛まれるも、嫉妬と殺意がぬりつぶしていった。


(許さない、絶対に殺してやる、この手で確実に引き裂いてやるぅぅぅ)

と叫んでいるつもりだが、実際は咆哮を放っているようにしか見えず、念話でようやく理解出来るのだ。


テネブリスの怒りは収まらず、ブレスで部屋の壁を壊そうとするが対極する属性で守られているので崩壊には至らなかった。

しかし、そんな些細な事で苛立ちが増幅してしまい、鬱憤を晴らすために部屋を壊す事へと目的が変わっていたテネブリスだ。

何度試してもビクともしない室内にアルブマも安心し様子を見ていると、動かなくなったテネブリス。


「お姉様・・・」


するとテネブリスの魔素が集結し咆哮と一緒に黒い塊が口から弾き出された。


大きな音で崩壊する部屋の一面をくぐり、悠然と出て行くテネブリス。

それを見て追いかけるアルブマ。


外郭に出たテネブリスは何度も咆哮を上げた。


(浮気者ぉぉぉ!!)

(絶対に許さないからぁぁ!!)

(あの女は必ず殺してやるぞぉぉ!!)


これを何度も繰り返し、暗黒の彼方に叫び続けていた。


(お姉様も私と同じなんだ・・・)

やはり同類だと認識したアルブマが笑みを浮かべる。


(お姉様、良いのかしら。あの2人を頬っておいて)

ガルルッと振り向くテネブリス。


(私だったら誰と何回、どんなふうにしたのか全部確認してから復讐するけど、お姉様はどうされるの?)

アルブマの念話を聞き理解したテネブリスだ。

急速に二足歩行型へと変身するとアルブマも習った。

アルブマに近づき強引に抱き寄せて唇を押し付けて舌を絡ませるテネブリス。


(ああぁぁ強引なお姉様も・・・良いぃぃわぁぁ)


「アルブマ、お前は私の物よ」

「勿論よ、お姉様」

「だけど、あの男も私の物よ」

「解っているわ。その為にいろいろ準備して来たじゃない」

「ありがとうアルブマ。愛してるわ」

「私もよ、お姉様」


半壊した巨大な部屋に入り、先程まで居た住居施設のある場所に戻った。


そして改めて浮気現場を再確認する2人だった。





Epílogo

嫉妬に燃えて大暴れの女とそれを利用する女。

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