第5話 断罪せよ!


 深夜、私は貴賓室の窓からそっと闇に紛れ外へ抜け出ます。

 王都を闊歩し人間が集まりそうな場所を探します。四十分程歩きますと歓楽街のような場所を見つけました。外は暗く街灯はありませんので、酒場のランプの輝きは目立ちます。


 一軒の酒場の入口を塞ぐように立ちはだかります。二十人ほどいるでしょうか。少し足りませんがいいでしょう。

 糧を得る為に本来のぎょうになっていきます。



 その異形は悪。

 全ての世界の恐怖を集めて来たかのような姿形。

 口元は歪み、笑い顔は醜く、声は絶望に満たされている。

 広げた翼は闇。

 羽の一枚一枚が人間を三千回殺すほどの毒を持つ。

 大きく幾重にも重なった羽は蜘蛛の巣の様に獲物を絡め取る。

 赤く染まった眼球は死。

 その眼に魅入られた者は自ら死を願う。

 まばたきを忘れ、動きを忘れ、生を忘れる。



 十二枚の翼を大きく広げ完全に入口を塞ぐ。一匹足りとて逃がさぬ。

 入口近くにいた若いむしけらが我に気付いたな。


「ひっ、ば、化け物!」


「んー? うわぁっ! な、何だ!?」


「あ、悪魔っ!」


 一匹気付くと次々と伝染するようにむしけらどもが我に気付いていく。

 帯剣している虫螻が剣を抜こうとしておるが、ククク、手が震えてうまく抜けないようだな。


 一度我を見るともう目が離せなくなる。


 ゆっくりと深い闇で酒場の中を満たす。

 虫螻共から黒いもやが出るのを我の闇が吸い取る。


 虫螻共の恐怖を畏怖を絶望を味わい尽くす。


 おお、なんと人間は愛おしいのか。

 なんと傲慢で愚かで脆弱なのか。



 甘美甘美甘美甘美甘美甘美。



 皆、そこに眠るように横たわり、やがて闇が人間を喰らう。

 立ち去る時にはその酒場に人間は一匹も存在しておらぬ。


 同じように二軒ほどかて、浸蝕されていた身体が元に戻ったのを確認しお城へ戻ります。


◇◇◇


「おはようございます。オーリス様」


 侍女さんが入室され、早速お茶の用意をしてくださっています。


「朝早く貴族様方からお手紙が二通来ております」


 侍女さんが二通の手紙をテーブルに置いてくださいました。貴族の方々の手紙はパーティーのお誘いでした。少し保留します。


“今日はヴォルブ様が私に御用がなければ王都を散策したいと思いますが、伺ってきていただけますか?”


 聞いて参ります、と部屋を出られました。



 しばらく待つと、慌てた様子でマリスさんが駆け込んで来ました。


「オーリス様! 王都散策へ出かけるとか! ご案内します! 私が! 護衛も! 出来ますゆえ!」


“マリスさんは結構です。護衛と案内は黒騎士さんにお願いします”


「な、な、な……なぜです。私にもっと優しくして下さい!」


 何故だか「私を」崇めていらっしゃるようです。これはいけません。



『跪け!』


「きたぁっ!」ビクビクッ!


『主のみを崇めよ!』


「はうぅっ!」


“さぁマリスさんどうですか。主を崇めて下さいね”


「あなたが神です!」



 主よ……。朝の祈りはいつもより時間をかけました。


◇◇◇


 護衛と案内に騎士服の黒騎士さん二名に付いていただく事になりました。散策ですから甲冑は遠慮していただきました。おふたりとも三十代男性のようです。


 さて散策です、徒歩です。建物は石造りと木造ですね。平屋が多く三階建て以上は建ててはいけない法律になっているそうです。

 振り返ってお城を見ますと美しい白亜の城で、確かに周りの建物で隠したくないお城です。時折馬車を見かけます。


“黒騎士さんお薦めスポットはありますか?”


「城の周り一番区が貴族街、その周りに二番区商人街、外回りの三番区に一般商人、家庭街、組織特区になっております。治安はどこも問題ありません。どこへ行かれても大丈夫ですが、普段見られない物は三番区でしょう」


“そこへ向かいましょう。ところで組織特区とはなんでしょう”


「各商人や製造業、日雇い業などの組織が集まっております。商人や製造業の分野によって組織が違います」


 商工会やジョブセンターのような物ですね。

 組織特区まで徒歩で一時間位、四から五キロメートルという事、若返った身体には余裕でしょうか、余裕ですね。


“教会はどの辺りにあるのでしょうか”


「教会は貴族街に大教会が一堂、二番区商人街に四堂、三番区に七堂あります。余談ですが今日は説法の日ではありません。明日ですね」


“では明日に大教会へ行ってみましょうね。日雇い業はどんなお仕事があるのでしょう”


「日雇いは王都内業と王都外業にわかれ、内業は製造業や商人からの依頼で製品製造、店番、また身体の不自由な方の手伝いなどがあり子供や女性、外業を引退した者が請け負っております。外業は各都市までの商人の護衛、野獣退治があります。王都外では野獣が出ますので間引きですね、戦闘に向いた青年からの仕事になります」


 内業は工場勤務、店員、介護士と……、外業は警備系という事でしょうね。

 野獣というのは気になりますが、日雇い業の組織にまずは行ってみましょう。


 街の中をそれほど広くはない川が流れており、川に沿ってしばらくのんびり街の様子を見ながら歩いて行きます。

 通り沿いの雑貨店のようなお店を覗いてみますが、文化的には以前の世界より少し遅れているようです。

 ただ魔法があるようですし、どちらが便利かという事は一概には言えないでしょうね。



 石造りのしっかりした建物が見えてきました。二階建てで入口が二つ、両手の手のひらを広げたマークの看板と、剣と盾のマークの看板ですね。内業と外業という区別でしょう。扉はありません。内業の方を入口からのぞくと閑散としていました。


「内業は日の出る前にほぼ仕事が行き渡ります。今頃の時間に人がいる事は少ないでしょう」


 そういう事ですか、では外業の方は……、いますね、います。軽装な方から甲冑を着けた方まで、かたや魔法士のような格好の方、八名ほどいらっしゃるようです。

 早速入ってみましょう。



「おいおい、おぼっちゃんよ。あんたが来るようなとこじゃ『跪け!』」


 騒がしかった中の様子がしんと静まりかえり皆さん私に跪いて下さいます。

 職員と思われる方も全員のようです。



『主は唯一神であらせられる。改心せよ!』



 全員身体を震わせて教戒を受け入れて下さっています。喜ばしい事ですね。

 やがて教典が行き渡るとそのまま祈りを捧げるようになりました。


 二階から一人の中年男性が降りて来られました。


「外業組織長です」


 黒騎士さんが教えてくれます。この方の資質は……ダメでしょうね。


「おい、どうしたこれは……何があった!」



『跪け!』


「ぐっ……」


 一瞬抵抗されましたが、おずおずと外業組織長は跪いてくれました。



『主は唯一神であらせられる。改心せよ!』


 身体が震え教典を取り込もうとしておりますが、やはり入っていかないようです。



『断罪せよ!』


 その場にいた外業専門の方々から囲まれ、剣を杖を向けられ眼を見開いています。

 四方から切りつけられあえなく断罪が終わりました。

 武器は持っていませんでしたし、元々知り合いだった方が多かったのでしょう、まさかという思いがあったかもしれません。


 組織の職員の方に、遺体処理と急死した事の辻褄合わせは全てお任せします。

 外業の方々は……、ああ、いいですね魔法。

 返り血はもうすでにありません。



 教戒は終わりましたし、近くの方から野獣についてお聞きし、実際に見に行く事にしました。黒騎士さんは王都周辺の野獣ならば二人で対応できると、頼りになる事を言ってくださいます。



 日雇い業組織の建物から五分ほど歩くと壁が見えてきます。城壁でしょうね。高さは五メートルほどで張り出しやぐらや王都門が見えてきました。王都門ではしゅつもん待ち、にゅう待ちの方々が列をなしています。


 黒騎士さんが出門の手続きをしてくださり、出門待ちの方より先に出られるよう便宜を図って下さいました。ありがとうございます。


 待っている方々からの視線を気にせずに王都門を出ると、目の前には先の見えない長い長い馬車道があり、左手にうっそうとした限りなく続く森、右手には王都へ流れ込む川があります。



 さて、目の前には私の前で伏せている獣が二匹。

 兎のような獣とそれを追っていた犬のような獣。主の教典は獣にもわかりやすいのでしょう。以前の世界でもそうでしたしね、襲われる不安はありませんでした。


 ただ少し違うのは、獣の姿が教戒前からすると若干大きくなったようです。心理を得た喜びでしょうか、喜んでいますね。きっと頭の回転が良くなっている事でしょう。



『二度、日が昇り同じこの時に獣を集めここに集結せよ!』


 二匹の獣は一瞬身体を震わせて森の奥へと向かって行きました。

 黒騎士さんによるとどこまで森が続いているのかわからないそうです。


 年に一人二人獣人の方が見つかる事があるようですが、森に慣れている獣人の方には追いつけず、また途中で襲ってくる野獣達がおり、捕まえた事はないとか。

 捕まったら大変でしょうね。生活はどうしているのでしょう。森の奥に獣人の街や村があるのでしょうか、あるのでしょうね。

 行ってみたいですね、行かなければなりませんね。



 今日は散策という事でこの後、貧民街や商人街を見物しながらお城へ戻りました。


 夕食をお断りし今後も食事は要らない旨を伝え、今晩も王都を散策し糧を得て朝を迎えました。

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