第2話 排除します


ひざまずけ!』


 そうお願いするとマリスさん、黒騎士さん、侍女さん達はひざまずいてくださいます。

 抗えないはずです。

 マリスさんは頬を赤く染め今にも昇天しそうなお顔で眼は白目です。

 老人男性のそういう顔をまた見る事になるとはぎょうこうです。ありがとうございます。



『主はゆいいつしんであらせられる。改心せよ!』


「はうっ!」

 マリスさんが身体を揺らしながらイイ笑顔で涙を流し、祈りを捧げております。黒騎士さん、侍女さんも身体を震わせております。


 私のきょうかいはいつもシンプルすぎるとよく言われておりました。シンプルイズベストという良い言葉があるのを知らないのでしょうかね。


 今マリスさん達には主の教典が頭に流れ込んでいる所です。


 私の右手親指がじゅごんで黒く染まり、制約が解放されていきます。声を発する度にそうなり、全身浸蝕されると制約が解けます。

 制約を解くも解かぬも自分次第ですが、せっかく主に頂いた今の心を壊さないようにしなければいけませんね。


 教戒を終えたマリスさん達は主の教えに触れ幸福の中にいる事でしょう。


「オーリス様! 陛下も改心して貰わねばなりませんな! 貴方様が王ですか! そうですね!」


“いいえ御使いです”


 落ち着いてきたマリスさん達は、私の服を用意して下さいました。黒く浸蝕された指を隠す為、手袋も用意して貰います。


 私と似た背格好の騎士服をいただける事になり、早速それを着てきょうこうふくは預け洗濯をして貰います。

 キャソックを私に仕立てて貰うようお願いをしました。普段着用に着るキャソックは、神父さんの黒い服というのがわかりやすいでしょう。


 湯浴みを勧められましたが、私の身体は汚れません。味わう事、眠る事は出来ますが飲食、睡眠さえ必要ありません。教典を取り込んだマリスさん達もいずれそうなるでしょう。

 主は食糧不足さえ解決済みなのです。なんて尊いのでしょう。



 陽が陰り始め薄暮が訪れる頃。ノックの音が聞こえ、侍女さんが対応して下さっています。


「オーリス様。夕食の用意が調ったそうです。ご案内させていただきます」


 一礼しこちらをうかがっております。

 食事は要りませんが王と王妃、殿下達が同席されると言うことではいえつがてら案内をお願いします。



「さぁゆうだ! 座って食え! お、その前に嫁と子供達だ、よろしくな! こちらは御使いのオーリスだ、口が利けん」


 私が最後に席に着いたことは気にせずに、変わらない口調でヴォルブ様が紹介して下さり、王妃、殿下達は丁寧な挨拶を交わして下さいました。

 ミーナ王妃、アルブ殿下、ミージン王女、皆様金髪ですね。

 ご子息方は十五歳から二十歳くらいでしょうか、そうでしょうね。アルブ殿下がちょうだそうです。

 あまり見つめると不敬だと思いますので瞳の色はわかりません。ただ、美男美女家系ですね。


 食事を頂きながら皆様の様子を窺っていますと、ミーナ王妃がお声をかけて下さいました。


「オーリス様は御使い様であらせられるそうですね。神にお目にかかった事は御座いますか?」


“あります”

 ニコッ。


「神とはどのような存在であらせられるのでしょうか。無償で皆様を救ってくださるとか……。何かをしてくださいますのでしょうか。民にとって神は必要なのでしょうか?」


 ミーナ王妃は神という存在を信じられない、もしくは否定したいのでしょうか。怪訝なお顔をされていらっしゃいます。無神論者なのかもしれませんね。


“神には存在という概念はありません。何処にでもおわしますし、何処にでもいらして下さいます”


 ミーナ王妃のお顔により一層怪訝さが深まります。


“神を信ずる者しか救いません。無償ではありません、対価は信仰です。そして幸福をもたらして下さいます。民にとって神は必要なのか……そうですね、不敬ながら伺います。ヴォルブ様は世界を望むとおっしゃいましたが、なぜでしょう?”


「まぁオーリスにはさっきも言ったがな、世界がまとまれば国同士のでかい戦争はなくなる。それだけでも民にかかる負担、戦争での民の死はなくなる。結局しわ寄せは民にくるんだよ、それは見ていられないな! 統一したら国のひとつの方針で動かす事が出来るからな。民の暮らしは今よりは良くなるはずだ」


“ミーナ陛下、民にとって神は、信仰は必要でもありますが、世界にとって必要なのです。信仰こそが民の意思をひとつにし、差別のない不安のない不満のない世界をもたらす事が出来るのです。そして信仰のみが世界をひとつにする事が出来るのです”


「信仰しない者が出てくるはずです。その者はどうするのです」


“排除します”


「えっ? 今、何と……」


 ミーナ王妃は私の言葉を信じられなかったようで、聞き返されます。怪訝な顔が驚愕に変わりました。


“排除します。神敵は必要ありません”


「そ、それは無慈悲な……。父上はそれで良いのですか? 信仰しない民は殺すという事なのでしょう?」


 ミージン王女が泣きそうなお顔で王に問いかけます。

 ミーナ王妃も不安げなお顔ですね。


「毎年でやってる戦争で何人の民が死んでいくか、その戦争が何年続いているか知ってるか? 俺の国では戦争はないが、いつ他の国に目を付けられるかわからん。長い目で見ろ。戦争で死ぬより先の未来を見据えた方が民の為になるはずだ。理想は全民が誰も死なない方が良い。しかしそれは現実的に無理だ」


 ヴォルブ様は現実という物に目を向けていらっしゃいますね。戦争で亡くなる民と、私が排除する民。どちらが多いかはわかりませんが、世界がひとつになって戦争が無くなれば、戦争によって亡くなる民がいなくなる事は違いないでしょう。

 ただ単純にお互いに戦争をさせない、という事は出来ると思いますが今その方法は私にとって邪魔でしかありませんので黙っておきます。


「その統一には何年かかるのだ? 何十年か、何百年か? 到底出来るとは思えん」


 ご挨拶以降寡黙に徹していたアルブ殿下があからさまに私をいぶかしんでいるようで反応を見ていますね。

 私は怪しい存在でしょうか、怪しいでしょうね。


「ハッハッ! アルブよ、オーリスが何歳に見える?」


 ヴォルブ様がいたずらっ子の様な顔でアルブ殿下を覗き込みながらおっしゃいます。


「え、二十歳くらいだと思われます、父上」


「だよな! そう見えるよな! 千歳越えてるんだと、御使いすげーよな!」


 皆様絶句しておられます。一度生を終えておりますので零歳ですけれどね。


「それで実際、ここに来る前の世界では統一して来てるんだとよ!」


 皆様再絶句しておられます。


「そ、それは何年かかったのだ?」


 アルブ殿下が若干引き気味に聞いてこられます。


“百を越える国がありましたので九十年ほどかかりました”


「ひゃ、百……」


「百か! それは初耳だな。ここは五つしか国が無いからな、四、五年で出来るんじゃないか? ハッハッハッ!」


“布教の為だけに私が精力を傾ければそうかもしれませんが、まずは生きる事を楽しみたいと思いますので何年かかるか……”


「ああ、わかっている。いいさ好きに生きよ。その結果ひとつになれば儲けものだ」


 ヴォルブ様がそう言って下さいます。主と同じ言葉をいただきました。


「それでも信仰しない者を排除するとは……本当に神が成せと? 悪魔の所業では……?」


「ミージンよ、こんなうまい話があるかよ? 見方にとっては確かに悪魔だな。だがそれはどの神でもそうだろう。ガイア信仰教は不浄の者だとじゅうじんを排除しようとしてるな? 獣人の目線で見てみろ、悪魔の所業だろ? 為政者でさえ時にそう思われる場合がある。民さえ安全で幸福ならば、神でも悪魔でも構わん」


 ヴォルブ様、達観されていらっしゃいますね。ここまですんなり私の言う事を受け入れて下さった為政者はおりませんでした。


“ええ、民は安全で幸福に暮らせますとも。民から何も搾取する事はありません。「ただし……」という補足条件もありませんよ”


「何も民に求めないのですか? 教会は献金を求めてきます。それすら必要ないと?」


 再度ミージン王女が聞いてこられます。


“神にお金が必要なのでしょうか? 教会は聖職者達の生活の為、建物の維持補修の為、布教の為にお金が必要なのでしょう。私の主に教会は必要ありません。教会で祈らずとも普段の生活の中で祈れば良いのです。また全民が信徒となるのですからそれ以上の布教は必要ないのです”


 ミージン王女はそれ以上何もおっしゃらず、黙ってうつむいていらっしゃいました。


「統一出来ると簡単に言われるが、それは御使い様が個人でやられる事であろう? それは侵略とどう違うのだ? 我が国は必要なのか?」


 気を持ち直したらしくアルブ殿下がにらみながら聞いてこられます。


“統一にこの国は必要ありません。私はもし統一出来たのなら治める気はありませんので、どなたが王になっても構いません。私は信仰さえ皆がきょうじゅ出来ればそれでいいのです”


「無責任な! まとめるだけまとめておいて民を放り投げるのか!」


“はい、信仰の統一が成れば民がどうなろうと構いません。私はここでは為政者ではありません”


「アルブよ、ここはオーリスに乗っておくべきだと思うぞ。戦争も金も民も必要なく、統一出来るかもしれんと言うのだ。これはずるいのとは違うのだ。長い目で見よ。民の為だ」



 未だ納得しかねる様子の王妃と殿下達を後に貴賓室へ戻ります。

 侍女さんがを用意して下さり控え室へ戻られました。


 睡眠は私には必要ありませんのでに袖は通さずお城の散策に出ます。

 夜の間に、私が私である為に、人間の恐怖を畏怖を絶望を吸い尽くしてかてとしましょう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る